第十四話「盗人と猫」
翌日、真白はまた市に出かけることになった。昨日買い忘れた物があるとのことだ。
我が名は玄丸。昨日、真白に心配をかけた黒猫である。
「玄丸、今日は本当にお留守番よ」
真白が我に念を押す。
「昨日は本当に心配したのだから。もう、勝手に付いてきてはだめ」
真白の声は優しいが、少し厳しい。我は「にゃあ」と鳴いて返事をした。
分かっている、真白。今日は大人しく留守番をしよう。
だが、我の心の中には、昨日見た怪しい男の姿が引っかかっていた。
汚れた着物を着た、痩せた男。真白を狙うような目つき。
あの男は、何を企んでいたのだろうか。
結局、何もせずに去っていったが、油断はできない。もしかしたら、また現れるかもしれない。
我は少し迷ったが、結局、今日も真白の後を追うことにした。
真白を守るため、だ。
*
市は、今日も賑わっていた。昨日と同じように、様々な人々が行き交い、商品が売り買いされている。
我は屋根の上から、真白の様子を見守っていた。今日は昨日の教訓を活かし、真白から目を離さないようにしている。
真白は真澄と侍女を伴い、店を巡っている。布地を選んだり、装飾品を見たり、楽しそうだ。
我は安心して見守っていた。今日は、何も起きないかもしれない。
だが、その時だった。
我の目に、昨日の男の姿が映った。
同じ、汚れた着物を着た痩せた男だ。男は、真白の方を遠くから見ている。
我は警戒した。やはり、また現れた。
男は、真白が店に入るのを待っているようだった。そして、真白が店の奥に入った瞬間、男が動いた。
男は素早く真白の侍女に近づき、侍女が持っていた荷物を掴もうとした。
盗人だ。
我は即座に屋根から飛び降りた。
「にゃあ!」
我は大きく鳴きながら、男の前に着地した。
男が驚いて立ち止まる。
「な、何だ、猫か」
男が我を見下ろす。だが、我はそこで止まらない。
我は男の足元に向かって駆け、男の足に体当たりをした。
「うわっ!」
男がバランスを崩す。我は素早く男の周囲を駆け回り、男を翻弄した。
「くそ、邪魔をするな!」
男が我を蹴ろうとする。だが、猫の身のこなしは素早い。我は簡単に避けた。
そして、我は【金の理】鈴声を使った。
「にゃああああん!」
我の鳴き声が、高く響く。ただの鳴き声ではない。音の波動を調律し、周囲の人々の注意を引く術だ。
「何だ、あの猫の声は!」
「盗人だ!盗人がいるぞ!」
周囲の人々が騒ぎ始めた。我の鳴き声が、人々の警戒心を呼び起こしたのだ。
男が焦る。
「ちっ、まずい」
男が逃げようとする。だが、我はそれを許さない。
我は男の足元に駆け込み、男の足に絡みついた。男がバランスを崩し、地面に倒れる。
「うわああ!」
男が大きな音を立てて倒れた。その音に、さらに人々が集まってくる。
「盗人を捕まえろ!」
「あの黒猫が、盗人を止めたぞ!」
人々が男を取り囲む。男は逃げようとするが、すでに周囲は人で埋まっていた。
「離せ!離せ!」
男が暴れるが、複数の男たちに押さえつけられる。
我は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
これで、安心だ。盗人は捕まった。
その時、真白が店から飛び出してきた。
「玄丸!」
真白の声が響く。真白が我を見つけて、駆け寄ってくる。
「玄丸、あなた、また付いてきていたの!」
真白が我を抱き上げる。その顔には、驚きと安堵が混じっていた。
「でも、あなたが盗人を止めたのね」
真白の声が、誇らしげだ。
周囲の人々が、我と真白を見ている。
「あの黒猫、賢いな」
「盗人を止めるなんて、すごい猫だ」
「福猫に違いない。あの猫は、福をもたらす猫だ」
人々の声が、口々に我を褒める。
福猫、か。
我は少し気恥ずかしくなった。褒められるのは、悪い気分ではない。
「玄丸」
真白が我の頭を撫でる。
「あなたは、本当にすごいわ」
真白の声が、温かい。
「私の誇りよ」
真白がそう言って、我を強く抱きしめた。
我は、真白の腕の中で目を細めた。
誇り、か。
真白にそう言ってもらえるのは、嬉しい。
我は、ただ真白を守りたかっただけだ。それが、こんなに褒められるとは。
「姫君」
真澄が近づいてくる。
「玄丸殿、見事でございました」
真澄が我に頭を下げる。
「拙者も、あの盗人の気配には気づいておりましたが、玄丸殿の方が早かった」
真澄の声には、敬意が込められていた。
「玄丸殿は、真に姫君の守護者でございますな」
真澄がそう言って微笑む。
守護者、か。
我は、その言葉の重みを感じた。
そうだ。我は、真白の守護者だ。
真白を守ること。それが、我の使命だ。
*
盗人は、市を管理する役人たちに引き渡された。男は、以前から市で盗みを繰り返していたらしい。ようやく捕まって、人々は安堵していた。
「あの黒猫のおかげだ」
「福猫が、市を守ってくれた」
人々は、我に感謝の言葉をかけてくる。中には、我に食べ物を差し出す者もいた。
我は、少し困惑した。こんなに注目されるのは、予想外だった。
真白は、誇らしげに我を抱いている。
「玄丸は、私の大切な家族なの」
真白が人々に言う。
「本当に、賢くて勇敢な猫よ」
真白の声が、嬉しそうだ。
我は、真白の腕の中で、少し恥ずかしくなった。
褒められるのは、悪くない。だが、少し照れくさい。
我は、尻尾を揺らして、気持ちを誤魔化した。
「ふふ、玄丸。照れているのね」
真白が笑う。その笑顔が、とても眩しかった。
*
市での買い物を終え、真白は屋敷へと戻った。
牛車の中で、真白は我を膝に乗せている。
「玄丸」
真白が我に語りかける。
「今日は、本当にありがとう」
真白の手が、我の背を優しく撫でる。
「あなたがいてくれて、私は守られている」
真白の声が、静かに響く。
「あなたは、私にとって、かけがえのない存在よ」
真白の言葉に、我の胸が温かくなった。
かけがえのない存在、か。
我も、真白にとって、そういう存在なのだな。
ならば、我は、もっと真白を守ろう。
どんな危険からも、真白を守る。
それが、我の使命だ。
「玄丸」
真白が我を抱きしめる。
「これからも、一緒にいてね」
真白の声が、我の耳元で囁く。
我は「にゃあ」と小さく鳴いた。
当然だ、真白。
我は、どこにも行かない。
ずっと、お前の傍にいる。
それが、我の誓いだ。
牛車が、ゆっくりと屋敷へと向かっていく。
秋の風が、心地よく吹いている。
我は、真白の膝の上で目を閉じた。
真白の温もりが、我を包んでいる。
この温もりを、我は守り続ける。
それが、我の生きる意味だ。
*
屋敷に戻ると、真白は母の部屋へと向かった。
「母上、今日も良い買い物ができましたわ」
真白が母に報告する。
「それに、玄丸が盗人を捕まえたのです」
真白が嬉しそうに話す。
「まあ、玄丸が?」
母が驚いたように我を見る。
「ええ。市で盗人が侍女の荷物を盗もうとしたところを、玄丸が止めてくれたのです」
真白が誇らしげに語る。
「人々は、玄丸を福猫と呼んでいました」
真白の声が、弾んでいる。
「まあ、玄丸。あなたは本当に賢い子ね」
母が微笑む。
「真白を守ってくれて、ありがとう」
母の手が、我の頭を撫でる。
我は「にゃあ」と鳴いた。
礼には及ばない。これが、我の務めだ。
「玄丸は、私たちの守り神ね」
真白が我を抱きしめる。
「これからも、ずっと一緒よ」
真白の声が、優しく響く。
我は、真白の腕の中で目を細めた。
守り神、か。
悪くない呼び方だ。
我は、真白を守る。真白の家族を守る。
それが、我の使命であり、我が生きる理由だ。
秋の陽射しが、部屋を優しく照らしていた。




