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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
第一章:都の小さな怪異

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第十三話「市での出会い」

秋晴れの朝、真白が外出の支度をしていた。侍女たちが慌ただしく動き回り、真白の着物を整えたり、髪を結い直したりしている。


我が名は玄丸。いつものように縁側で真白を観察していた黒猫である。


「今日は市に行くのよ」


真白が鏡の前で髪を整えながら、我に語りかける。


「母上の薬になる香木を探しに。それに、秋の果物も買ってこなければ」


真白の声は明るいが、その目には僅かな不安が宿っている。母の病状は相変わらず芳しくなく、少しでも良い薬草や香木があればと、真白は必死に探しているのだ。


「玄丸は、お留守番ね」


真白が我の頭を撫でる。


「すぐに戻るから、いい子で待っていてちょうだい」


我は「にゃあ」と鳴いて返事をした。だが、内心では別のことを考えていた。


市、か。都の市は、様々な物や人が集まる場所だと聞く。異世界でも市場は情報の宝庫だった。この世界の市も、きっと興味深いものが多いだろう。


それに、真白が一人で出かけるのは少し心配だ。真澄が護衛として付いていくとはいえ、何が起こるか分からない。


我は、真白の後を追うことにした。



真白が屋敷を出た後、我は慎重に後を追った。塀を越え、屋根を伝い、人目を避けながら進む。猫の体は軽く、身のこなしも素早い。誰にも気づかれずに移動するのは容易だった。


真白は牛車に乗り、真澄と侍女二人を伴って市へと向かっている。我は屋根の上から牛車を追い、時には道の脇を走り、時には木の枝を渡って進んだ。


都の街並みは、思いのほか賑やかだった。朝の陽射しの中、人々が行き交い、商人たちが声を張り上げて商品を売っている。異世界の都市とは違う、独特の活気がある。


やがて、牛車が市の近くで止まった。真白が牛車から降りる。真澄が周囲を警戒しながら、真白を導く。


市は、想像以上に大きかった。様々な店が立ち並び、布地、陶器、食べ物、薬草、装飾品など、ありとあらゆるものが売られている。人々の熱気と、物の匂いが混じり合い、独特の空気を作り出していた。


我は市の端にある木に登り、真白の姿を追った。真白は香木を扱う店に入っていく。我は木の上から、じっと見守った。


しばらくして、真白が店から出てきた。手には小さな包みを持っている。香木を買えたようだ。真白の表情は、少し安堵したように見えた。


次に、真白は果物を売る店に向かった。秋の果物が山積みになっている。柿、栗、梨。どれも美味しそうだ。


真白が果物を選んでいる間、我は周囲を観察した。市には様々な人々がいる。商人、貴族、僧侶、子供たち。そして、その中に、怪しげな人影も混じっている。


我の目が、一人の男に止まった。


汚れた着物を着た、痩せた男だ。その男は、真白の方をじっと見ている。その目つきには、何か良からぬ意図が感じられた。


我は警戒した。あの男、何か企んでいるのではないか。


だが、真白は気づいていない。果物を選ぶことに夢中で、周囲への警戒が薄い。真澄は近くにいるが、人混みの中で全てを見通すのは難しいだろう。


我は木から降り、真白に近づこうとした。


その時、人混みの中で我を見つけた子供が叫んだ。


「猫だ!黒猫がいるぞ!」


子供の声に、周囲の人々が我を見る。我は慌てて人混みの中に隠れた。


まずい。目立ってしまった。


我は店の影に隠れ、真白の様子を窺った。真白は果物を買い終え、次の店へと向かっている。真澄が後ろに付き従い、侍女たちが荷物を持っている。


我は慎重に真白の後を追った。だが、人混みの中で真白を見失わないようにするのは、思いのほか難しい。


そして、その時だった。


我が一瞬、真白から目を離した隙に、真白の姿が見えなくなった。


我は慌てて周囲を見回した。どこだ。真白はどこに行った。


人混みをかき分けて探す。だが、真白の姿が見当たらない。


しまった。見失ってしまった。


我は焦りを感じた。真白を一人にするわけにはいかない。あの怪しい男もいる。何か起きたら、大変だ。


我は市の中を駆け回った。真白を探して、必死に。



真白は、ある店の前で立ち止まっていた。薬草を扱う店で、様々な香りが漂っている。


「真澄、この店も見てみましょう」


真白が店に入ろうとした時、ふと気づいた。


「あれ……玄丸は?」


真白が周囲を見回す。


「玄丸!玄丸!」


真白の声が、市の中に響く。だが、返事はない。


「姫君、どうなさいました」


真澄が尋ねる。


「玄丸がいないの。さっきまで、確かに近くにいたのに」


真白の声が、不安に震える。


「姫君、玄丸殿は屋敷でお留守番のはずでは」


真澄が言う。


「いいえ、付いてきていたわ。気配で分かるもの」


真白が必死に周囲を探す。


「玄丸!どこにいるの!」


真白の声が、だんだんと切迫してくる。侍女たちも慌てて周囲を探し始めた。


「姫君、落ち着いてください。玄丸殿なら、すぐに見つかりましょう」


真澄が真白を落ち着かせようとする。だが、真白の不安は募るばかりだった。


「玄丸……どこにいるの……」


真白の目に、涙が浮かぶ。


「もしも、誰かに連れて行かれたら……」


真白の声が震える。


我は、その声を聞いた。


真白が、我を探している。我を心配している。


我は真白の方へ駆けた。人混みをかき分け、必死に。


「玄丸!」


真白の声が、また聞こえた。


「にゃあ!」


我は大きく鳴いた。真白に、ここにいると知らせるために。


「玄丸!」


真白の顔が、我を見つけて輝いた。


我は真白の元へと駆け寄った。人の足の間をすり抜け、障害物を飛び越え、ただひたすらに真白の元へ。


「玄丸!」


真白が屈んで、我を抱き上げた。


「良かった……本当に良かった……」


真白の腕の中で、我は真白の顔を見上げた。真白の目には、涙が溢れていた。


「心配したのよ、玄丸。もしも、あなたがいなくなったらと思うと……」


真白の声が震える。


「もう、勝手に付いてきてはだめよ。でも……」


真白が我を強く抱きしめた。


「無事で良かった」


真白の温もりが、我を包む。我は、胸が熱くなるのを感じた。


真白は、我をこんなにも心配してくれるのか。


我は、ただの猫だというのに。


「姫君、玄丸殿は無事でございましたな」


真澄が近づいてくる。その顔には、微かな笑みが浮かんでいた。


「ええ、見つかったわ。良かった」


真白が涙を拭う。


「玄丸、あなた、本当に心配させないでちょうだい」


真白が我を見つめる。その目は優しく、そして少し怒っているようでもあった。


我は「にゃあ」と小さく鳴いた。すまない、真白。心配をかけた。


「もう、あなたったら」


真白が微笑む。その笑顔を見て、我は安堵した。


真白は、笑ってくれた。


それが、何より嬉しかった。



その後、真白は市での買い物を続けた。だが、今度は我を抱いたままだ。


「もう、離しませんからね」


真白が我を抱きしめながら、店を巡る。


我は真白の腕の中で、市の様子を観察した。こうして高い位置から見ると、市の全体像が良く分かる。


様々な人々が行き交い、商品が売り買いされ、活気に満ちている。異世界の市場とは違う、独特の雰囲気だ。


そして、我はあの怪しい男の姿も見つけた。男は、真白から距離を取って立っている。真澄がいるため、近づけないのだろう。


我は男を睨んだ。もしも、真白に何かしようとしたら、容赦はしない。


だが、男は結局、何もせずに人混みに消えていった。真澄の存在が効いたのだろう。


真白は、薬草や果物、それに美しい布地などを買い終え、満足そうだった。


「良い買い物ができたわ」


真白が我に語りかける。


「母上も、きっと喜んでくださるわ」


真白の声が、明るい。我は「にゃあ」と鳴いて答えた。


「さあ、帰りましょう。玄丸も疲れたでしょう」


真白が牛車の方へと歩き始める。


我は真白の腕の中で、今日のことを思い返していた。


市での出会い。真白の心配そうな顔。そして、再会の喜び。


我は、真白にとって、どれほど大切な存在なのだろうか。


真白の温もりが、我の心を満たしていく。


かつて、我は一人だった。誰も信じず、誰にも頼らず、ただ理だけを追い求めていた。


だが、今は違う。


真白がいる。真白の温もりがある。


それが、我にとって、何よりも大切なものになっていた。



屋敷に戻ると、真白は母の部屋へと向かった。我も、真白と共に。


「母上、良い香木が手に入りましたわ」


真白が包みを開ける。中から、上質な香木が現れた。


「まあ、良い香りね」


母が微笑む。


「ありがとう、真白。あなたは本当に優しい子ね」


母の手が、真白の手を握る。


「そして、玄丸も一緒だったのね」


母が我を見る。


「ええ。玄丸は、市まで付いてきてくれたの」


真白が我を撫でる。


「でも、途中で見失って、とても心配したわ」


真白の声が、また少し震える。


「だって、玄丸がいなくなったら、私……」


真白の目が、また潤む。


「真白」


母が優しく言う。


「玄丸を、大切にしてあげてね」


「はい、母上」


真白が頷く。


「玄丸は、私の大切な……」


真白が言葉を探す。


「家族、よ」


真白がそう言って、我を抱きしめた。


家族、か。


我は、その言葉の重みを感じた。


家族。血の繋がりはないが、心で繋がっている存在。


真白にとって、我はそういう存在なのか。


ならば、我も、真白を家族だと思おう。


守るべき、大切な家族だと。


我は「にゃあ」と小さく鳴いた。


そうだ、真白。お前は、我の家族だ。


母が、優しく微笑んでいた。


「良い子ね、玄丸。真白を、よろしくね」


母の手が、我の頭を撫でる。


我は、また「にゃあ」と鳴いた。


承知した。真白を、必ず守る。


それが、我の使命だ。


秋の陽射しが、部屋を優しく照らしていた。

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