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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
第一章:都の小さな怪異

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第十一話「消えた飼い猫」

秋の深まりとともに、屋敷の周辺でも様々な変化が起きていた。木々の葉が色づき、虫の音が静かになり、日が暮れるのも早くなってきた。季節が移ろうのと同じように、人の営みもまた移り変わっていく。


我が名は玄丸。黒猫の姿で藤原家の屋敷に暮らす元魔導王である。


この日、我はいつものように庭で日向ぼっこをしていた。秋の陽射しは夏ほど強くなく、体を温めるのにちょうどいい。真白は母の看病で部屋にこもりがちだったが、今日は少し気分転換にと、縁側で本を読んでいた。


そこへ、隣家の侍女が慌てた様子で訪ねてきた。


「真白様、お聞きになられましたか」


侍女の声が、切迫している。真白が本から顔を上げた。


「まあ、どうなさったのです。そんなに慌てて」


「それが、この辺りで飼い猫が消えているのです」


我は耳をぴくりと動かした。猫が消える、だと?


「消える、とは?」


真白が眉をひそめる。


「はい。三日前に、北の山田家の猫が姿を消し、昨日は東の橘家の猫も行方不明に。そして今朝、南の清水家の猫まで消えてしまったそうです」


侍女の説明に、真白の表情が曇る。


「それは……心配ですわね」


「ええ。皆様、妖怪の仕業ではないかと噂しておられます。猫又が人を化かしに来たのではないか、と」


猫又、か。


我は尻尾を揺らした。猫又は、猫が長く生きて妖怪化したものだ。この世界にも、そういった存在がいるのだろう。だが、猫又が猫を攫うというのは、いささか奇妙な話だ。


「玄丸」


真白が我を見た。


「あなた、大丈夫かしら。屋敷の外には出ないでね」


真白の声には、心配が滲んでいる。我は「にゃあ」と鳴いて答えた。心配するな、真白。我は簡単に攫われるような存在ではない。


侍女が帰った後、真白は不安そうな顔で庭を見ていた。


「玄丸、本当に気をつけてね。あなたがいなくなったら、私……」


真白の声が震える。我は真白の膝に飛び乗り、顔を擦り寄せた。大丈夫だ。我はどこにも行かない。


だが、我の心の中には、別の考えが芽生えていた。


猫が消える事件。妖怪の仕業という噂。


放っておくわけにはいかない。この屋敷の周辺で起きている怪異ならば、いずれ真白にも害が及ぶかもしれない。


我は、調査を始めることにした。



夜。


真白が眠りについた後、我は静かに屋敷を出た。障子を僅かに開け、庭に降り立つ。月明かりが白砂を照らしている。


秋の夜は冷える。肉球に伝わる冷たさが、我の感覚を研ぎ澄ませた。


まずは、消えた猫たちの家を訪ねてみよう。そこに何か手がかりがあるはずだ。


我は塀を飛び越え、屋敷の外へと出た。猫の体は軽く、身のこなしも敏捷だ。塀や屋根を伝って移動するのは、思いのほか容易い。


最初に向かったのは、北の山田家だった。小さな屋敷で、庭には柿の木が植えられている。


我は庭に降り立ち、周囲を観察した。


匂いを嗅ぐ。猫の匂いが、微かに残っている。だが、それ以外に何か異質な気配も感じられた。


妖気、ではない。もっと別の、人為的な何かだ。


我は庭の隅に、小さな札が落ちているのを見つけた。呪符の類だが、陰陽師が使うような正式なものではない。手製の、粗雑な作りだ。


ふむ。式神の残滓か。


我は次に、東の橘家へ向かった。ここも同じように、庭に猫の気配が残っている。そして、やはり小さな札が落ちていた。


同じ手口だ。


最後に、南の清水家を訪れた。ここは今朝、猫が消えたばかりだ。気配がまだ新しい。


我は慎重に庭を探った。すると、塀の向こうから、微かな声が聞こえてきた。


「にゃあ……にゃあ……」


猫の鳴き声だ。だが、その声は弱々しく、どこか怯えているようだった。


我は塀を越えて、声のする方へ向かった。


そこは、廃屋だった。誰も住んでいない古い屋敷で、庭は荒れ果てている。


そして、その庭の隅に、小さな檻があった。


檻の中には、三匹の猫が閉じ込められていた。


「にゃあ……」


猫たちが我を見て、救いを求めるように鳴く。


我は檻に近づき、観察した。檻の周りには、小さな札が幾つも貼られている。式神を使って猫を集め、ここに閉じ込めているのだろう。


だが、誰が、何のために?


その時、背後から気配を感じた。


我は振り返った。


そこには、小さな人影があった。


いや、人ではない。人の形をしているが、体が透けている。式神だ。


式神は、幼い子供の姿をしていた。年の頃は六つか七つ。寂しげな顔で、我を見つめている。


「猫……」


式神が、か細い声で言った。


「猫が、欲しかった……」


その声には、深い悲しみが込められていた。


我は、理解した。


この式神は、猫を攫っていたのではない。猫と遊びたかったのだ。だが、式神である自分には、誰も近づいてくれない。だから、式神の力を使って猫を集めていたのだろう。


「お前、誰に作られた」


我は式神に尋ねた。もちろん、言葉は通じない。我は猫の姿なのだから。だが、式神は我の意図を理解したようだった。


「お母さん……お母さんが、作ってくれた……」


式神の目から、涙が零れた。


「でも、お母さんは、もういない……一人で、寂しくて……」


式神の姿が、揺らぐ。主を失った式神は、やがて消えてしまう。それまでの間、この式神はずっと一人で、寂しさに耐えていたのだろう。


我は、少し考えた。


この式神を消すのは簡単だ。檻の札を剥がし、猫たちを解放すれば、式神は力を失って消えるだろう。


だが、それでいいのか。


この式神は、悪意があって猫を攫ったわけではない。ただ、寂しかっただけだ。


我はかつて、理だけを追い求めた。感情など、無意味だと思っていた。


だが、今は違う。


真白と過ごす中で、我は少しずつ、感情の意味を理解し始めていた。


寂しさも、悲しみも、そして優しさも。


「お前、猫と遊びたいのか」


我は式神に問うた。式神が頷く。


「なら、もっといい方法を教えてやろう」


我は檻に近づき、肉球で札を剥がした。檻が開き、猫たちが飛び出してくる。


「にゃあ!」


猫たちは喜びの声を上げて、それぞれの家へと駆けていった。


式神が、悲しそうな顔をする。


「猫……行っちゃった……」


「待て」


我は式神を見上げた。


「猫と遊びたいなら、攫うのではなく、仲良くなればいい」


「仲良く……?」


「そうだ。猫は、優しくしてくれる相手になら、自分から近づいてくる」


我はそう言って、式神に近づいた。


「お前が寂しいのは分かる。だが、猫を攫っても、本当の友達にはなれない」


式神が、我を見つめる。


「どうすれば……」


「まずは、お前自身が、誰かに受け入れられることだ」


我はそう言って、式神の頭に肉球を乗せた。


式神の目が、大きく見開かれる。


「猫……優しい……」


式神の体が、温かく光り始めた。主を失った式神は、やがて消える運命にある。だが、消える前に、少しでも温もりを感じられたなら、それでいい。


「ありがとう……猫……」


式神の体が、光の粒になって消えていく。だが、その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「さようなら……」


式神が完全に消えた後、我は静かにその場を離れた。


事件は、これで解決だ。


猫たちは家に戻り、式神も成仏した。


我は屋敷へと戻る道を歩きながら、ふと思った。


真白は、我が夜中に出歩いていることを知ったら、心配するだろうな。


まあ、黙っておこう。



翌朝。


真白が驚いた顔で庭に出てきた。


「玄丸、聞いて!消えた猫たちが、みんな戻ってきたそうよ!」


真白の声が、嬉しそうに響く。


「昨夜、それぞれの家に戻ってきたそうなの。皆様、とても喜んでおられるわ」


真白が我を抱き上げる。


「良かったわね、玄丸。これであなたも安心ね」


我は「にゃあ」と鳴いた。そうだな、安心だ。


「でも、不思議ね。どうして急に戻ってきたのかしら」


真白が首を傾げる。


まあ、それは誰にも分からないだろう。猫たちも、何が起きたのか理解していないはずだ。


「きっと、神様が守ってくださったのね」


真白がそう言って微笑む。


神様、か。まあ、そういうことにしておこう。


真白が我を抱きしめる。その温もりが、心地よい。


事件は解決した。だが、我の心には、あの式神の最期の笑顔が残っていた。


寂しさを抱えた存在。温もりを求める魂。


それは、かつての我自身でもあったのかもしれない。


理だけを追い求め、感情を置き去りにしてきた我。


だが、今は違う。


真白の温もりが、我を変えていく。


「玄丸」


真白が我の名を呼ぶ。


「あなたは、私の大切な家族よ」


真白の声が、優しく響く。


我は目を細めた。


家族、か。悪くない響きだ。


秋の陽射しが、二人を優しく照らしていた。

【妖怪図鑑】


式神しきがみ・迷い子の式


【分類】術生妖怪(人造霊体)

【危険度】★★☆☆☆(中)

【レア度】★★★☆☆(やや珍しい)

【出現場所】主を失った後は、主の思い出の地や執着のある場所に留まる


【特徴】

陰陽師や呪術師が札や呪文によって作り出す人造の霊体。本来は主の命令に従い、使い走りや見張り、簡単な術の補助などを行う存在。主の意志が強く反映されるため、主が優しければ穏やかに、主が荒々しければ攻撃的になる。

主を失った式神は、やがて消えていく運命にある。だが、消えるまでの間、主の残した命令や想いに従って行動し続ける。この個体は、亡くなった母親が「寂しくないように」と我が子のために作った式神で、母の死後も子供の姿のまま彷徨っていた。


【得意技】

・物品移動:小さな物を動かしたり、運んだりできる

・簡易幻術:札を使って簡単な幻を見せる

・探索:主の命令に従い、目的の物や人を探す


【弱点】

・主を失うと徐々に力が弱まり、最終的には消滅する

・自我が薄く、複雑な判断ができない

・強い霊力や魔力の前では無力

・物理的な実体が薄く、強い風や光で揺らぐ


【生態】

式神は「生きている」わけではなく、術によって維持されている霊体。主の魂や意志と結びついており、主が生きている間は安定して存在できる。食事や睡眠は不要だが、主の魔力や精神力を消費する。主を失った式神は、残留した術の力だけで動いているため、時間とともに消えていく。

この個体は、母親の愛情によって作られたため、「寂しさを紛らわす」という目的を持っていた。そのため、猫を集めて遊び相手にしようとしていたが、本質的には無害で純粋な存在だった。


【玄丸の評価】

「式神、か。異世界でも似たような術はあったが、この世界の式神は主の感情がより強く反映される。この個体は母の愛情で作られたがゆえに、寂しさを抱えていた。力で消すことは容易かったが、それは正しいことではなかったであろう。温もりを与えて成仏させる。それが、この式神にとっての救いだった。術とはいえ、そこには確かに『心』があった。理だけでは測れぬものだ」


【遭遇時の対処法】

主を失った式神は基本的に無害だが、主の残した命令によっては予測できない行動を取ることがある。攻撃するのではなく、優しく語りかけて成仏を促すのが最善。陰陽師に依頼して正式に供養してもらうこともできる。


【豆知識】

式神には様々な種類があり、動物の姿を取るもの(式神動物)、人の姿を取るもの(式神人形)、完全に霊体のみのもの(純粋式神)などがある。高位の陰陽師は、複数の式神を同時に操ることができ、中には十二体の式神を使役する者もいるという。式神は主の力量によって強さが変わり、名のある陰陽師の式神は妖怪と渡り合えるほどの力を持つこともある。

この物語に登場した式神は、亡き母が我が子を想って作った「愛の結晶」であり、消える間際まで、その愛を体現し続けていた。

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