第九話「半妖の守護者」
真澄と出会ってから、数日が経った。
我が名は玄丸。黒猫として真白の屋敷で暮らす元魔導王だ。葛上真澄という半妖の家令、彼との出会いは、我にとって大きな意味を持つものだった。
何故なら、彼もまた、真白を想う者だったからだ。
*
秋の午後。
我は真澄と共に、屋敷の裏手にいた。
真白は母の看病をしている。その間、真澄が「少し話がある」と、我を連れ出したのだ。
「玄丸殿」
真澄が、木陰に座って我を見る。
「貴方には、話しておきたいことがある」
真澄の表情が、いつもより柔らかい。
恐らく、自分の過去を、語るつもりなのだろう。
「私が、まだ子供だった頃の話だ」
真澄が、遠い目をする。
「葛上の血を引く者は、人からも妖からも疎まれる」
真澄の声が、静かに響く。
「人の里では、妖の子として恐れられた。妖の世界では、人の血が混じった穢れた存在として蔑まれた」
真澄の拳が、僅かに握られる。
「居場所が、なかった」
その言葉に、我は、共感した。
我も今、似たような立場だ。人でも、猫でもない。どちらにも完全には属せない。
「ある冬の日、私は、死のうとしていた」
真澄が、苦しそうに続ける。
「どこにも居場所がないなら、いっそ消えてしまおうと」
我は、じっと、真澄を見つめた。
「だが、その時、一人の男性が声をかけてくださった」
真澄の目に、温かい光が宿る。
「藤原家の先代当主、真白姫君の祖父だ」
真澄が微笑む。
「『お前は、何故そこにいる』と問われた」
真澄が当時を思い出すように、空を見上げる。
「私は答えた。『居場所がないから、です』と」
真澄が静かに笑う。
「すると、その方は言われた」
真澄の声が、優しくなる。
「『では、ここがお前の居場所だ。我が屋敷で、共に生きよう』と」
その言葉を聞いて、我の胸が、熱くなった。
真白の祖父、良い人物だったのだろう。
「以来、私は藤原家に仕えている」
真澄が我を見る。
「そして、真白姫君が生まれた時、私は誓った」
真澄の目が、真剣になる。
「この方を、命に代えても守ろうと」
その眼差しに、深い決意が宿っている。
「姫君は、私にとって、全てだ」
真澄が、静かに言う。
「だから、玄丸殿。貴方にも理解していただきたい」
真澄が我を見つめる。
「私は、姫君のためなら、何でもする。たとえ、この妖の血が暴走しようとも。たとえ、自分自身が姫君の敵になろうとも」
真澄の目に、覚悟が宿っている。
「その時は、貴方に頼む」
真澄が、我に向かって頭を下げた。
「私を、止めてくれ」
我は、驚いた。
真澄は、自分が暴走した時のことを考えているのか。そして、その時は我に、自分を止めてほしいと。
「貴方なら、できる」
真澄が顔を上げる。
「貴方は、ただの猫ではない。何か、特別な力を持っている」
真澄が微笑む。
「だから、頼む。もし、私が姫君を傷つけようとしたら、私を止めてくれ」
我は、少し考えた。そして、「にゃあ」と鳴いた。
承知した。もし、その時が来たら、我は、お前を止める。真白を守るために。
真澄が、安堵したように微笑んだ。
「ありがとう」
真澄が我の頭を撫でる。
「頼もしい仲間だ」
*
真澄との話が終わり、屋敷に戻ると、真白が迎えてくれた。
「玄丸、どこに行っていたの?」
真白が心配そうに我を抱き上げる。
「真澄が連れ出したのね。ごめんなさい、心配したでしょう」
我は「にゃあ」と鳴いた。心配には及ばない。ただ、真澄と話をしていただけだ。
「玄丸」
真白が、我を見つめる。
「真澄も、あなたのことを信頼しているのね」
真白が微笑む。
「二人とも、私を守ってくれる」
真白が我を抱きしめる。
「私、幸せ者ね」
その言葉を聞いて、我は、思った。
幸せなのは、我たちの方だ。真白を守れる、という幸せ。真白の傍にいられる、という幸せ。
それは、何にも代えがたい。
*
夜。
我は窓辺に座り、月を見ていた。
今日、真澄から聞いた話を思い返す。
半妖として生まれ、居場所を失い、そして、真白の祖父に救われた。真澄の人生は、苦難に満ちていた。
だが、今は、居場所がある。藤原家という、真白という、居場所が。
我も、同じだ。
かつては魔導王として世界の頂点にいたが、孤独だった。だが、今は、真白という居場所がある。
居場所、か。
それは、何よりも大切なものかもしれない。
力も、地位も、全てを失っても。居場所があれば、生きていける。
真白の部屋から、優しい声が聞こえた。
「玄丸、おいで」
真白が、布団の中から呼んでいる。
我は、真白の元へ駆けていった。
真白が、我を抱き上げる。
「今日も、真澄と仲良くしてくれたのね」
真白が微笑む。
「真澄は、本当に優しい人なの。でも、時々、寂しそうな顔をするわ」
真白が、少し悲しそうに言う。
「きっと、辛いことがたくさんあったのよね」
真白が我を見つめる。
「玄丸、真澄のことも、よろしくね」
我は「にゃあ」と鳴いた。
承知している。真澄は、我と同じだ。真白を守る者として、共に戦う仲間だ。
「ふふ、ありがとう」
真白が我を抱きしめる。
「玄丸がいてくれて、本当に心強いわ」
真白の温もりが、心地よい。
「おやすみなさい、玄丸」
真白が、優しく呟く。
我は、真白の腕の中で、眠りに落ちた。
今日も、良い一日だった。
真澄という仲間を得て、真白を守る決意を新たにした。
そして、何より、真白の傍にいられる。
それが、幸せだ。
いや、誇らしい。
真白の守り人として、生きる。それが、今の我の、使命だ。
「玄丸」
真白が、我を見つめる。
「あなたには、何か秘密があるのよね」
真白の目が、優しく問いかける。
「でも、それでもいいの。あなたが私を守ってくれる。それだけで、十分」
真白が我を抱きしめる。
「真澄も、あなたも、私の大切な家族よ」
我は、真白の温もりに包まれながら、誓った。
ああ、真白。
我は、ずっとお前の傍にいる。守り人として。家族として。そして、それ以上の何かとして。
たとえ、この想いに名前がなくても。たとえ、言葉にできなくても。我は、お前を、守り続ける。




