【プロローグ】万象の王
我が名はアゼル・ヴァル=ローグ。
異世界アルメラ魔導帝国を統べし者。万象の王にして、理を極めし者。
世界の頂点に立つ男――それが我であった。
白亜の宮殿、王座の間。
七つの大魔法陣が床に刻まれ、それぞれが異なる色の光を放っている。木・火・土・金・水――五行の理が調和し、虚と実が交錯する。我が手のひらの上で、世界は回っていた。
「陛下」
跪く者たちの声が、大理石の床に反響する。
帝国の宰相、魔法院の長、軍の総帥――誰もが我に頭を垂れる。
理の前では、身分など無意味だ。力こそが全て。そして我は、この世界で最も理を理解し、最も強大な力を持つ。
魔力量は常人の千倍以上。
千年に一度の天才と謳われ、アルメラ帝国歴代最強の魔導王として君臨する。
我が一言が法となり、我が術が世界を動かす。
完璧な世界。完璧な秩序。完璧な理。
だが――足りなかった。
「永劫炉の完成を報告いたします」
首席魔導技師の声に、我は微かに頷いた。
永劫炉。
魔力を無限に吸収し、増幅し、循環させる究極の魔法装置。
これさえあれば、世界の理を完全に制御できる。老いも死も、災いも争いも、全てを理の支配下に置くことができる。
完璧な理の世界――我が求めた、究極の到達点。
「起動せよ」
我の命令と共に、炉が回り始めた。
最初は美しかった。
金色の光が螺旋を描き、空間そのものが歌うように震えた。魔力の奔流が炉の中心に集い、増幅され、世界中に広がっていく。
理が、完璧に回り始めた。
次の瞬間。
炉が、笑った。
いや、正確には笑ったわけではない。ただ、我には確かに聞こえたのだ。自我を持った何かの、歪んだ笑い声が。
「まさか――」
永劫炉が暴走した。
魔力を吸収し、増幅する――それだけのはずだった。
だが炉は、世界の理そのものを吸い始めた。
空間が歪む。時間が乱れる。五行の均衡が崩れ、虚と実の境界が溶け出す。
「止めろ!今すぐ炉を停止させろ!」
我が叫ぶ。
だが、遅かった。
炉はもはや我の制御下にない。自我を持ち、貪欲に世界を飲み込んでいく。
理だけでは、世界は成り立たない。
完璧な秩序だけでは、生命は育たない。
そんな単純なことに、我は今まで気づかなかった。
魔法院が崩れる。宮殿が傾く。
悲鳴が聞こえる――人々の、命の叫びが。
我は初めて知った。
自分が何を失おうとしているのかを。
「すまない……」
誰に謝っているのか、自分でも分からなかった。
ただ、世界が崩壊していく様を、我は呆然と見つめることしかできなかった。
理を極めた結果が、これか。
力を求めた果てが、これか。
永劫炉の光が、我を飲み込む。
次元が裂け、世界の境界が砕け散る。
最後に見えたのは、炉の中心で渦巻く――理のない、混沌の光。
そして、全てが闇に沈んだ。
*
次に我が目覚めたとき、世界は――いや、我自身が、まるで違うものになっていた。
四本の足。
毛皮に包まれた小さな体。
地面に近い、低い視点。
「にゃあ……?」
喉から漏れたのは、情けない鳴き声。
我が名はアゼル・ヴァル=ローグ。
かつて世界を統べし魔導王――
だが今、我は黒猫である。
これは、万象の王が猫となり、理よりも大切なものを学ぶ物語。




