琥珀色の光
放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、私は逃げるように職員室を飛び出した。
同僚の教師に「急用ですか?」と聞かれ、曖昧に微笑んで誤魔化したけれど、顔が熱くて仕方なかった。
急用なんて言葉じゃ足りない。
これは、私の五百年の命運を分ける、一世一代の待ち合わせなのだから。
ヒールを鳴らして廊下を歩く。
すれ違う生徒たちの楽しそうな笑い声が、今日はやけに遠く、そして眩しく感じる。
彼らには未来がある。当たり前のように明日が来て、大人になり、誰かと恋をして、老いていく未来が。
私にはない、時間の輝き。
けれど、もし今日、彼が私の手を取ってくれるなら。
私も、その輝きの一部になれるのかもしれない。
学校を出て、慣れ親しんだ道を歩く。
心臓が、痛いほどうるさい。
怖い。逃げ出したい。
もし彼が来なかったら? もし「ごめんなさい」と言われたら?
そう考えると、足がすくみそうになる。
でも、それ以上に、彼に会いたいという想いが、私を突き動かしていた。
長い石段を登りきり、御饌神神社の境内に立つ。
西の空は燃えるような茜色に染まり、夜の帳が降りようとしていた。
誰もいない、静寂の聖域。
私は、拝殿の前に進み出ると、カラン、と鈴を鳴らした。
二礼、二拍手。
閉じた瞼の裏に、母の笑顔が浮かぶ。
(お母さん……)
私は心の中で語りかけた。
(私、見つけたの。あなたが言っていた『光』を)
ずっと、自分の髪の色が嫌いだった。
父に疎まれ、一族に蔑まれた、この琥珀色。全てを焼き尽くす業火の色だと、自分自身を呪っていた。
でも、彼は違った。
『暖かくて、どこか懐かしくて……暗闇を照らしてくれる、綺麗な色です』
そう言って、真っ直ぐに私を見つめてくれた。
その瞬間、わかったの。
この髪が光なんじゃない。
私を「光」だと呼んでくれる彼こそが、私にとっての唯一無二の光なのだと。
彼となら、生きていける。
永遠に近い孤独も、人間への憎しみも、全て乗り越えていける。
だから、どうか。
彼が私を選んでくれますように。
一礼をして顔を上げると、ふわりと風が吹いた。
頭上の木々がざわめき、まるで「大丈夫」と背中を押してくれているようだった。
私は、拝殿を背にして立ち、石段の方を見つめた。
夕日が沈み、空には一番星が輝き始めている。
待ちわびる時間は、永遠のように長く感じられた。
不安で、押しつぶされそうになる。
けれど、私はもう泣かない。
彼が来た時、最高の笑顔で迎えられるように。
――ザッ、ザッ。
微かに、砂利を踏む音が聞こえた。
心臓が跳ねる。
近づいてくる。一歩、また一歩と、力強い足音が。
間違いようがない。彼の足音だ。
私は、深呼吸を一つした。
震える手を握りしめ、顔を上げる。
琥珀色の瞳に、涙ではなく、希望の光を宿して。
さあ、幕を開けよう。
私たちの、久遠の物語を。
私は、愛おしい人の姿をその目に焼き付けるために、ゆっくりと振り返った。




