琥珀色の泡沫、久遠の恋
神社の石段を降り、アスファルトの舗装路へと足を踏み出す。
カツ、カツ、と響くヒールの音が、ここが人間たちの支配する「現世」であることを冷徹に告げていた。
夜風が頬を撫でる。
先ほどまで繋いでいた彼の温もりは、夜気に冷やされ、もう幻のように薄らいでいた。
(……浅はかなことをした、かもしれないわね)
街灯に照らされた自分の影を見つめながら、私は心の中で自嘲した。
浮かれていた。それは認めよう。
五百年もの間、誰にも触れさせなかった心の柔らかい部分を、たった十七歳の少年に暴かれ、受け入れられた。その甘美な喜びに、私は酔っていたのだ。
けれど、熱が冷め始めた頭で、あやかしとしての私が冷ややかに囁く。
――お前は、何を望んでいるのだ、と。
人間とあやかし。
その決定的な違いは、「力」や「姿」ではない。「時間」だ。
彼らにとっての一生は、私たちにとっては瞬きするほどの一瞬に過ぎない。
彼は老いていく。皺が増え、背が曲がり、やがて土へと還る。
けれど、私は変わらない。彼が翁になっても、私は今の若い娘の姿のままだろう。
その残酷な未来を、あの優しい少年はまだ知らない。
知らずに、私の孤独を背負おうとしてくれている。
(エゴね。これは、私の醜いエゴだわ)
彼を愛せば愛すほど、私は彼を、あやかしという異界の理に縛り付けることになる。
普通の人間と恋をして、普通の家庭を築き、普通に老いていく。
そんな、彼が得られたはずの「当たり前の幸福」を、私が奪うことになるのかもしれない。
それでも。
それでも、私は手を離したくないと願ってしまった。
マンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗る。
鏡に映る自分を見る。
そこには、五百年の時を経た妖怪ではなく、ただ恋に落ちて不安げに揺れる、一人の女の顔があった。
(……滑稽ね)
人間を憎んでいたはずの妖狐が、人間に恋をして、その短すぎる命の輝きに縋ろうとしているなんて。
でも、もう遅い。
私は知ってしまった。あの琥珀色の瞳を「綺麗だ」と言ってくれる、彼の声を。
あの温もりを一度でも知ってしまったら、もう二度と、あの凍えるような一人の夜には戻れない。
ガチャリ、と鍵を開け、静まり返った部屋に入る。
ヒールを脱ぎ捨て、ふらつく足でリビングへと向かった。
刹那でもいい。泡沫の夢でもいい。
彼が私の光になってくれるなら、私はこの身が朽ちるまで、彼の影になろう。
例えそれが、あやかしにとっての禁忌だとしても。
ソファに身体を預け、深く沈み込む。
幸福感と、背徳感。そして、いつか訪れる別れへの根源的な恐怖。
それらが混ざり合い、私の意識を泥のように重くしていく。
(……明日の放課後……)
彼の答えを聞くのが、待ち遠しい。
そして、たまらなく怖い。
そんな矛盾を抱えたまま、私は深い微睡みの底へと落ちていった。
――そして、あの幸福で、残酷な夢を見る。




