琥珀色の賭け、そして降伏
私は、臆病な賭けをしていた。
賑やかな茶屋の喧騒を背に、隣を歩く小さな狐姿の彼に、「人間の醜さ」や「妖怪の斜陽」について語りながら。
私の心臓は、涼しい顔の下で、早鐘のように警鐘を鳴らしていた。
(怖がってくれれば、いい)
(理解できないと、拒絶してくれれば、いい)
そうすれば、私はここで引き返せる。彼をただの「生徒」に戻し、私もただの「教師」に戻れる。これ以上踏み込めば、もう二度と後戻りはできないと、本能が告げていたからだ。
だから私は、あえて残酷な歴史を語り、私たちの存在がただの「現象」に過ぎないと突き放した。
けれど。
彼は、私の予想を――いや、期待を、いとも容易く裏切ってみせた。
――『怖いとは思いませんでした』
――『不思議な納得感がありましたから』
その言葉を聞いた瞬間。
私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。それは、五百年の時をかけて築き上げてきた、人間への警戒心という名の壁だったのかもしれない。
私の正体を、恐怖ではなく「納得」で受け入れる人間。
ああ、負けた。
私は、心の中で白旗を上げた。これは、私の完敗だ。
そこからの時間は、まるで魔法にかかったようだった。
私は、「先生」であることも、「大妖狐」であることも忘れ、ただの「月夜」という名の女になって、彼の手を引いた。
湯豆腐を食べて「熱い」と笑い合う顔。
骨董品屋の人形に追いかけられて、息を切らして逃げる高揚感。
路地裏で肩を並べて座り込んだ時の、彼の体温。
楽しい。
愛おしい。
終わらせたくない。
五百年以上を生きてきて、こんなにも時間が過ぎるのを早く感じたことがあっただろうか。
夜空に浮かぶ月を見るたびに、胸が締め付けられるような焦燥感に襲われた。
このまま、この楽しい時間の中にずっと浸っていたい。彼の無邪気な笑顔だけを見ていたい。
けれど、そう思えば思うほど、私の中の別の感情が首をもたげる。
(……だからこそ、見せなければ)
彼がこれほどまでに私を受け入れてくれたからこそ。
私が彼との時間をこれほどまでに大切に思ってしまったからこそ。
私の「綺麗な部分」だけを見せて終わらせるわけにはいかない。
私という存在の根底にある、暗くて、冷たくて、どうしようもない「孤独」と「罪」。
それも含めて、私なのだと。
彼にだけは、知っていてほしいと思ってしまった。
「……さて。随分と遊んじゃったわね」
私は、名残惜しさを振り切るように、夜空を見上げた。
デートは、終わりだ。
ここからは、私の過去への、巡礼の時間。
「最後は……『あそこ』に行こうか」
その言葉を口にした時、私の手は微かに震えていたかもしれない。
もし、あそこを見せて、彼が幻滅したら? 重すぎると引いてしまったら?
恐怖はある。
でも、それ以上に、私は彼を信じてみたかった。
ぎゅっ、と繋いだ手に力を込める。
彼が握り返してくれたその強さが、私の背中を押してくれた気がした。




