アストラルの信仰者-Part3
日が暮れ、夜の帳が降りるドゥナレス。
城門の前、大きな街路にて、
雑貨店の店主をポテス山まで救出に行くかどうかを
議論するフレンとヴィーナスであったが、
城門を潜り抜けようとした際に
衛兵に止められていたフードの男を見かける。
奇怪なその男は、
ヴォイドリアの異教徒であり、
アストラルの王、ヴェクターラの
信仰者であった。
「ドゥナレスとその民の安の為に止まれ!!」
城門の前で衛兵の声が大きく響き渡った。
その異様な光景は周囲の不安を煽る。
フードの男は衛兵に対して静かに告げた。
「私とヴェクターラは世を治めるのだ.....。」
フードの男が顔を露わにしたその途端、
衛兵に対して抵抗を始めたのだ。
ドゥナレスは一瞬にして混乱に満ちた。
衛兵はフードの男に複数で寄りかかるも、
男が持つ魔力で弾き飛ばされるが如く拒絶された。
「ノクタ・アステル.....。」
突然、男はそう唱え始めた。
「ヴィーナス!何が何なのか分かんないけど、早く逃げるぞ!!走れ!!」
俺はヴィーナスと共に別の管轄区域へ逃げる。
同時に、城門で暴れていたフードの男は
夜のエインウィルの暗闇へ逃げ去った。
周囲は逃げ惑う者達で埋め尽くされる。
いくら走っただろうか。
俺たちはさっきの尻尾串の店前に着いていた。
既に店は閉まっており、安心は出来ない状況だ。
「早めに宿を探すぞ。」
ヴィーナスは強引に言い切る俺に、
「宿なら近くにある!」
と返した。
ヴィーナスの言う通りここの区域には、
近くに宿があるらしい。
今晩はそこに泊まろう。
慌ただしい俺たちを見た宿のオーナーは、
既に満席の客室の代わりに、
宴会用の大広間を用意してくれた。
「今日はここに泊まっていってください。」
オーナーの優しさに感謝する。
大広間で俺はヴィーナスに視線を向ける。
「ヴィーナスのこと詳しく聞くのを忘れてた。ドゥナレスでは色々あったが、お前は俺を釈放するためにどうやってここまでやってきたんだ?」
ヴィーナスが円卓の騎士の関係者であることは明らかだ。エインウィルの西部に位置するミルドの水都から遥々やってきたと言うことは、少なくとも大陸を横断してきたと言う話になる。
ヴィーナスは黙り込んでいた。
自分が救いに来た人間が、関係もない垢の他人を救おうとしたことに嫌気が指したのだろうか?もしかしたら、もっと重要なことに俺が気付くべきなのか?
訳を解すまでも無く、ただ呆然としていた。
その時、ヴィーナスが重い口を開いた。
「故郷のミルドがドラゴンに襲われた。だから君を探しにここまで逃げてきたんだ。馬車も異教徒の襲撃に遭った。ドラゴンは巨大な鉤爪と翼を持ち、火を吹くんだ。あの竜は西の一帯を荒らしまわっている。幾つもの砦は大勢の命と共に焼かれた。討伐する者を集っていると聞くが、期待は出来ないだろう.....。」
俺は嫌な予兆を胸に感じていることを察知した。
ヴィーナスは故郷である水の都を追われ、
唯一の希望である円卓に身を寄せたんだろう。
ドラゴン.....。空想上の存在だと思っていた。
だが、物事を語り終えたヴィーナスの顔が
暗雲のように曇っていることに気付いた。
「ドラゴンはね。別の世界から来た悪魔なんだ。異世界ヴォイドリアにあるとされる、火の領域ネザリオンが竜の巣窟だと言われている。火と混沌の世界。果てしない絶望と苦痛が絶え間なく交差し続ける空間だと語られているんだ。奴も.....そこから来た。」
それにヴィーナスは続ける。
「分かるかい。あの世界の悪魔が干渉している。この世は再び混沌の世になってしまう。僕はフレンと旅をして、神聖を見つけたい。君という、円卓の騎士に見えるためにね。」
ヴィーナスによると、
この世は再び落胆の危機にあるらしい。
ヴォイドリアの使徒達が、
各領域の王と干渉し、
陰謀を働かせていると言う。
1世紀続いた混沌の世。
それが、再び再来するというのだ。
不穏が過ぎるままに就寝した翌日には、
ヴィーナスは部屋から居なくなっていた。
部屋の扉を開けると、
ヴィーナスが旅の支度を始めている。
宿のオーナーにも、
無償で大広間を譲ってくれた面、
朝飯まで頂いていく訳にはいかない。
ヴィーナスはオーナーに感謝の挨拶をした。
「あんたらはどこに行くんだい。」
オーナーからそう問いを投げられた。
「シルトマーです。晶石が欲しいので。」
ヴィーナスがそういうと、
いきなりだが、オーナーの表情が変わった。
「あんたら。お願いだ。俺の弟が居なくなってるんだ。ずっと帰ってこなくてさ。探してきて欲しいんだ。なあ頼むよ。1週間も姿を眩ましてるんだ。あいつ.....きっとポテス山を通ったんだ.....。」
弟.....。あの雑貨屋の店主のことだ!!
「ヴィーナス行くぞ。ポテス山に。大広間も貸してもらったんだ。恩を返さない訳にはいかない!」
ヴィーナスはそれに渋々賛同した。
「あんたら。本当にありがとう。あんたらを助けて本当に良かったよ。俺はティグター・カムレッグっていうんだ。弟の名前はカイザードだ。カイザードは優秀な学校を卒業している一流の魔術師でさ。このドゥナレスでも有名だったんだよ。」
俺たちはオーナーの感謝を受け取り、
すぐにドゥナレスの城門を後にした。
ポテス山はエインウィル大陸では
2番目に標高が高い山だ。
山脈は広大で、遭難も多いという。
山道は幾つかあるというが、
山賊や異教徒の襲撃に遭うことが
非常に多いということだ。
ポテス一帯はポテセイド山岳とも呼ばれる。
これは、自然の神であるポテセイドから
命名され、呼称されるようになったという。
そして、
ドゥナレスから15里ほど歩いたところで、
ポテス山脈一帯の山々が聳え立つ、
巨大な山道に来ることが出来た。
辺りは冷え込み、白い粉が降ってくる。
冷たい.....。これは何だろう。
ヴィーナスが用意していたのは
山岳地帯を通るための防寒着だった。
用意周到で有難いものだ。
「流石に寒いなヴィーナス。異教徒に注意を払わないといけねえな。城門の近くにいたアイツみたいな奴らがうじゃうじゃ居やがるんだろ?」
ヴィーナスは白い息を曇らせて言った。
「この山道、もっと進むと入り組むんだ。気を払わないと格好の餌だな。異教徒だけじゃなくて、魔物にも注意を払わないと。」
ヴィーナスの言った通り山道を進むと、
巨大なポテスの山々が覆い囲む入り組んだ
通路へと変わって行った。
ただひたすらに高い場所へ登り続け、
異教徒達のアジトを見つけようと
ヴィーナスは言っていた。
「流石に無謀だと思うけどな.....剣のいっこも持ってないんだぜ。助けに行くって言い出したのは俺なんだけどさ。もっと準備が必要だったんじゃねえか。」
雄大なポテスの景色に不安を抱いていると、
前から微かに人が歩いてくるのが見えた。
俺はその姿が見えるにつれ、目を凝らした。
さらにその容姿がはっきりしだす。
それは、門の前で暴れていた“あの男”だ。
「ヴィーナス!前に気をつけろ!おいアイツが見えるか!?ドゥナレスの門の奴だ!逃げるぞ!」
必死にヴィーナスに訴えかけるも、
ヴィーナスは真剣な顔をして止まっている。
「ヴィーナス!?止まってるんじゃねえ!!」
半ば強引にヴィーナスを引っ張った。
その次の途端、ヴィーナスの腰にある袋が、
綺麗に青めいた光を纏い出したのだ。
「フレン下がってろ。死ぬよ。」
ヴィーナスは俺にそう言って、
その袋を取り出したからと思えば、
前に進みだし、男と対峙した。
「ヴォイドリアの異教徒よ。または信仰者よ。お前はドゥナレスの民を傷つけた。ミルドの純魔、ヴィーナスがお前を許しはしない。この男に触るな。」
ヴィーナスは腰に取り付けた樺の木の杖に、
袋の中身を赤子を宥めるように優しく、
丁寧に不思議なパワーを付け始めた。
フードの男。ドゥナレスで暴れていた男。
そいつがこちらに近づいてくる。
男はフードを外し、顔を露わにした。
俺はそれを見た途端、あまりの驚きを隠せなかった。
その男の顔に見覚えがあったからだ。
雑貨店でカウンターに座っていた男.....
あの男と同じ顔をしているじゃないか!
「御丁寧にどうも。ヴィーナス君。君はこの少年を庇っているのかい?いいや。君達に用はない。黙ってそこを退いてくれ。私は“アストラルの信仰者”だ。」
俺の目が四白眼のように大きくなる。
まじまじと見つめることしか出来ない。
相手が魔法使いだ。人生で見たことがない。
男が言ったことにヴィーナスは答えた。
「ヴォイドリアの王に心酔しているようだな。雑貨店でフレンが飛び出した時、俺達に利用価値がないと思ったお前は話を深掘らなかった。お前は.....店主が捜索される事を防いでいたな?」
ヴィーナスの杖が青白く光る。
目を眩むほどの明るさと共に、
魔力の玉が結成されていく。
次の瞬間、魔力の玉は男の方へ
閃光のように飛んでいく!
男の前で爆発した音がする。
雄大な山々にさえ轟くほどの轟音だ。
しかし、男はその魔力の玉を
受けてもなお生きているのだ!
「ミルドの魔術.....神聖が込められている。お前は王族のようだな.....素晴らしい。だが、私のヴェクターラの加護はね。魔力を物理概念へと変換する素晴らしい魔術なんだよ。直接的でない攻撃を受けた時に身体ごと消失するんだ。君の策が尽きたら悪いね。」
そう言って男は平然と笑って見せる。
これが魔術師の戦い.....
俺じゃ手も足も出ない。
俺なんかが騎士になれるのか.....?
こんな時に這いずり回ってて、
ヴィーナスの援助も出来ない.....。
「策はまだある。ならこれはどうだ。」
そう言い放ったヴィーナスから出たのは、
巨大な光を帯びる魔法陣だった。
無数の剣が同時に作り出される。
一目で分かる.....高度な魔法だ.....。
無数の剣が相手に向かっていく。
相手がそれを防ごうとするが、
剣が次々と相手の体を突き刺していく。
すると、男は血反吐を吐き始めた!
表情からは余裕が消えて、
目が虚になったのが分かる。
男はふらつく間も無く地面に前倒しになる。
「ヴェクターラの加護は魔力を吸収するんだな。ミルドの魔法は物理的な攻撃を作り出せる。お前は僕にその弱点を自分から教えたんだよ。」
ヴィーナスが男に再び言い放つ。
男は顔をこちらに向け出した。
血色が悪い.....相当の出血だ.....。
もうじき彼は死んでしまうだろうな。
「フレン!無理するな!大丈夫か。」
ヴィーナスがうつ伏せになった俺に話しかける。
「大丈夫.....」
俺は状況が読み取れなかった。
ヴィーナスが魔法を使うことも、
初めて知ったからだ。
静けさが辺り一帯に戻り、
ポテスの山々の吹雪が聞こえる。
再び、寒さを肌身に感じるようになった。
「フレン。もう彼は倒れたんだ。後戻りは出来ないことが分かっただろ?先に進むよ。この山道を進めば、この男のアジトが見つかると思う。先へ進もう。」
そう言うと、ヴィーナスは踵を返した。
ポテスの山々は厳しい吹雪に吹き荒れている。
次回:アストラルの信仰者を倒したヴィーナスは、フレンと共に山道を進んで、店主がいると思われし異教徒のアジトへと向かっていく。ポテスの山々は吹雪を吹き荒らし、より一層厳しくなっていく。
ヴォイドリアの王と信仰者たち。この双方にどのような関係があるのか。ヴィーナスの故郷である水の都ミルド、そしてヴェクターラの加護とは....




