パート19：忘れられた毛布の葛藤
部屋には再び沈黙が訪れた。カイトのキーボードのテッ、テッという音と、薄い壁を通して漏れてくる建物の冷蔵庫の絶え間ない低い唸りだけが、その重い静寂を破っていた。私は、オレンジ色の石棺の中で身動きが取れない状態であった。彼のモニターの青い光だけが照明の源であり、秘密の実験室のような雰囲気を醸し出していた。
疲労の地理学
私はカイトを観察した。コーヒーを飲んだ後、彼の作業ペースは上がったが、それはカフェインと純粋な意志力によって推進される人工的な効率であった。私は、彼の無造作に刈られた襟足、首筋の緊張の線に気づいた。彼が着ている灰色のTシャツは、コンビニで着ていたものではなく、首元が擦り切れた古いものだった。
彼の姿勢は、陣地を守る戦士のそれであった。彼の目はスクリーンから動かなかったが、その小さな空間に侵入してくる彼の疲労の放射、つまり疲労の波を感じることができた。彼は英雄だが、彼の戦場はコードの行であり、彼の敵は機械の非稼働時間であった。
彼を観察しながら、寝袋の中の私の手は、そっとティアラを押していた。鼓動は今や暖かく安定した電流であり、私の肌を通して静かに放射され、特に以前カイトの手があった領域に集中していた。これは直接的な繋がりであった。強制的な同居と物理的な境界線の侵害（倉庫、寝袋）によって生じた緊張が、魔法の触媒として機能していたのだ。
向こう見ずな詳細
私の注意はティアラからカイトの足元へと移った。彼は分厚く色褪せた靴下を履いていたが、決定的な詳細に気づいた。夜はすでに気温が著しく低下しているにもかかわらず、彼の机の近くには、毛布も、無造作に投げられた掛け布団すらなかった。
—プログラマー —私は、匿名の近隣住民を刺激しないように、声を低く抑えて呼びかけた—。 なぜ自分用の毛布を購入しないの？あなたの体は、平民のものとはいえ、適切な体温調節が必要よ。
彼は一瞬タイピングを続け、おそらく「重要な関数」を終えたのだろう。
—俺のホメオスタシスが心配か、公爵令嬢？ —彼は私を見ずに尋ねた。皮肉のニュアンスが彼の声に戻り、カフェインが効いていることを示した—。 買わなかったのは、部分的な暖房しか許されないからだ。そして、もし買ったら、君が寝袋に毛布をかけて眠るか、俺が椅子で毛布をかけて眠るか、決めなければならなくなる。俺は、より断熱性の高いオレンジ色の寝袋を選び、予算を食料のために残した。
彼の返答は、軍事的な攻撃のような力で私を打った。毛布。アストレアでは空気のようにありふれた物体が、ここでは予算の法則に左右される希少な資源であった。そして、彼は私の熱的生存のために、自分の快適さを犠牲にしていたのだ。
—それは兵站学的に非効率な決定よ。あなたのパフォーマンスは、睡眠不足と寒さによって影響を受けるわ —私は、罪悪感の痛みを隠そうとしながら非難した。
—生き残ることは、本質的に非効率だ。そして俺のパフォーマンスが落ちれば、君はまた路上で寝ることになる —彼は言い返し、今度は完全に真剣なトーンであった。
必要性のファンサービス
私は動いた。それはティアラのためではなく、戦術的な必要性による意図的な動きだった。私は寝袋のファスナーを約20センチほど開けることができた。片腕を外に出すには十分な隙間で、私の肩が露わになった。カイトのTシャツがわずかに滑り落ちた。
ナイロンの断熱性にもかかわらず、外の温度は冷たく感じられた。私はわずかに身を起こし、寝袋の上部を貝殻のように引きずった。
—カイト —私の声は、命令というよりもささやき声に近かった。
彼は完全に振り向き、今度は椅子が大きな音を立てて軋んだ。彼の表情は、純粋な苛立ちと、わずかな警戒心が混じったものであった。彼は私の顔ではなく、Tシャツがずり落ちた露わな肩のラインを見ていた。
—一体何をしている？ねぶくろから出るな。言っただろう、もし誰かに見られたら…
—出るつもりはない。しかし、この部屋の資源の配分は最適以下であると判断した。そして、あなたのパフォーマンスは極めて重要よ。したがって、 —私は言葉を止め、腕を完全に外に出し、かなりの努力をして、寝袋の余分な布地である上部を取り、彼に向かって差し出した。
—受け取りなさい。私の寝袋は大きすぎるの。あなたが作業中に肩の周りに断熱材の追加層としてこの素材を使うことができるわ。これは、ユニットの効率を確保するための強制的な貸し出しよ。
この行為は不条理だった。私の「ベッド」の鮮やかなナイロンの一部を彼に提供することは、意図しないラブコメディの最高の表現であった。青い光に照らされた彼の顔は、信じられない様子、苛立ち、そしてその後、彼の疲れた目にはほとんど届かない、わずかで危険な楽しさを帯びた。
—君の…君のベッドを俺が着るって言うのか？ —彼は尋ねた。おそらく笑いをこらえようとして、声がわずかに震えていた。
—それは空気よりも優れた素材よ。受け取りなさい、さもなければあなたのコードを台無しにするわ —私は、帝国の宝を提供するかのような威厳をもって答えた。
カイトはためらった。私の石棺から伸びるオレンジ色のナイロンの切れ端を見つめた。最終的に、彼は疲れた目にはほとんど届かない笑みを浮かべ、その生地を受け取った。
—ありがとう、公爵令嬢。この…熱戦略に感謝する。
—
彼はナイロンを自分の肩に巻き付けた。その光景は滑稽だった。デジタルな戦士が、オレンジ色の繭に包まれている。私は腕を元に戻し、以前には感じたことのない強さでティアラの鼓動を感じた。私は身体的な近接と自己犠牲のジェスチャーを効率のために使い、魔法はそれを重要な進展として記録したのだ。
夜は続き、キーボードのテッ、テッという音は、今や以前よりも暖かく響いていた。
