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<第五話>船上の正月

 朝四時を少し過ぎた頃。東の水平線を染めながら朝日が顔を出す。北緯九度、東経一六七度という座標に位置するルオット島の日の出は日本と比べ遥かに早い。炉から取り出したばかりの鉄の様に真っ赤に燃える太陽が、世界に光をもたらす。


 海上に佇む純白の病院船「氷川丸」。彼女の船体にも朝日が神々しい光を投げる。純白の船体がそれを反射し、美しく輝く。その姿は天使か女神の様に見えた。


 その「氷川丸」船上。雄人は東から昇る朝日を眺めていた。起床時間まではまだ時間があるが、彼はそこに立っていた。


 「早いですね」


 背後からかけられた声に雄人が振り向く。そこには長い三つ編みを下げた少女が立っていた。


 「そう言う氷川丸もね。どうしたの?」


 「特に理由は。ただ、目が覚めたので」


 「僕も同じ。何故か分からないけど目が覚めちゃってね」


 氷川丸は雄人の隣に立つ。手摺に手をつき、朝日を眺める。


 「綺麗ですね」


 「そうだね。綺麗な初日の出だ」


 「雄人さん」


 雄人に向き直る氷川丸。昇り行く朝日を背に、彼女は言う。


 「あけましておめでとうございます」


 「うん。あけましておめでとう、氷川丸」


 「今年もよろしくお願いしますね」


 「こちらこそ。宜しく」


 初日の出を見ながら新年の挨拶を交わす二人。今日は一月一日。激動の昭和一六年は昨日で終わりを告げ、今はもう新たな年。昭和一七年が、始まろうとしていた。




 朝六時。起床ラッパが鳴り兵員たちが起き始める。布団を畳み、手早く身支度を済ませたらそこから日朝点呼、体操と続くのが普段の流れなのだが、今日は少し勝手が違った。


 七時一五分。「氷川丸」後部デッキに全乗組員が召集された。デッキに並ぶ兵員たちは皆、純白の第二種軍装に身を包んでいる。純白の船体を持つ「氷川丸」の上に、同じく純白に身を包んだ男たちが集まっている。正装をしているのはもちろん、新年を祝うためだ。天皇陛下が居られる宮城を遥拝した後、総員で記念撮影を行った。記念撮影の時には氷川丸も雄人の隣にひょっこりと入っていた。後日、写真が現像された時にそこに人影の様な物が見えるといって、ちょっとした心霊写真騒ぎになったのだが、それはまた別の話。


 記念撮影が無事に終わると、全員に雑煮が振舞われた。「氷川丸」は徴用にあたり、船と乗組員が一体で借り上げられる形式になっていたため、「氷川丸」固有の乗組員も多く乗っていた。日本郵船時代からの熟練の司厨員たちが作った雑煮は頬が落ちるほどに美味しく、誰もが舌鼓を打った。雑煮に入っている餅は「氷川丸」甲板で乗組員たちが搗いた冬餅ならぬ南国餅である。


 美味しい料理は心を和ませる。今が戦時中である事も、ここが戦地である事も忘れ、乗組員たちは互いに新年を祝い合った。この時ばかりは普段は厳しい上下の関係も些か緩み、階級を超えて互いに語り合った。


 「はい、氷川丸」


 プロムナードデッキに立つ氷川丸へ雄人が雑煮を持って来る。氷川丸はお礼を言ってそれを受け取った。


 「本当にお正月なんですね」


 雑煮を食べながら氷川丸がしみじみと言う。雄人は怪訝な顔をした。


 「当たり前じゃないか。いきなりそんな事言って。どうしたの?」


 「ここの風景を見ていると、日付の上ではお正月だと分かっていてもなかなか実感が湧かなくて・・・。

お雑煮を食べて、ようやく実感が湧きました」


 「あはは。確かにそうだね」


 雄人はデッキからの景色を見て苦笑した。蒼い海にぎらぎらと照りつける太陽。椰子の木が生える島。正月というよりは、真夏だった。


 「おい、貴様暇か?」


 後ろから声がかけられる。雄人が振り向くと、中尉の階級章をつけた士官が数人の兵を引き連れてこちらに来ていた。


 「あ、はい。特にやる事はありませんが・・・」


 「そうか。それなら、少し俺達を手伝ってくれ」


 「手伝い、ですか?」


 「ああ。これから病室の奴らにも雑煮を配りに行くんだが、もう少し人手が欲しくてな。貴様も来い」


 「はい。分かりました」


 雄人は頷くと、氷川丸に場を離れる事に対する謝罪の視線を送った。氷川丸は「仕方ないですね」と言うように肩を竦めた。


 「よし、行くぞ」


 中尉を先頭に、雄人たちは雑煮を患者たちに配りに行った。




 「勇敢なる兵士諸君、新年あけましておめでとう!」


 大きな声で言いながら中尉が病室に入る。部屋の中の視線が彼に集まった。


 「君たちも知っての通り、今日は一月一日。元旦だ。そこで、我々から君たちに贈り物がある!」


 中尉の言葉を合図に雄人達が部屋へと入る。その手に持たれた物を見た瞬間、患者達から歓声が上がった。


 「おおっ!!」


 「新年といえば雑煮だ!たんと食え!」


 雄人達が患者に雑煮を渡していく。渡した途端に彼らは雑煮に食いつき、あっという間に平らげた。幸せそうなに雑煮を頬張る彼らを見ていると、心が温かくなるのを感じた。


 「あまり急いで食うなよ?餅を喉に詰まらせて死んだなんて、洒落にならんからな!」


 そう言って中尉はガハハと豪快に笑った。それにつられて他の兵たちも大きく笑った。


 患者たちに雑煮を配り終えた雄人はその後、別の士官に捕まり今度は島の野戦病院に氷を贈りに行く事になった。氷はもちろんの事、水さえ満足に手に入らない島の兵士たちにとってこの贈り物は何物にも勝る最高の贈り物だった。貰った氷を氷水にして飲んだ兵士たちは口々に生き返る心地がすると言い、感謝の言葉を述べた。




 南国の日の出は早い。それは同時に、日の暮れも早いという事を意味している。朝四時に日が昇るルオットでは、午後四時になる少し前には日が暮れる。西の海を薔薇色に染め上げて、赤く膨れた夕日が水平線に没する。やがて完全に日が沈み、南国の島に夜がやってきた。漆黒の夜天に、白銀の星屑が輝く。


 雄人と氷川丸は夜風に当たりながら星空を眺めていた。


 「こうして見ると、星って宝石みたいですね」


 「宝石かぁ。そう言われると、確かに宝石みたいだね」


 「あれを身につける事ができたら、きっと綺麗なんでしょうね」


 氷川丸はうっとりとした様子で溜息をつく。その姿はどこにでもいるような、普通の女の子だった。そんな彼女がこれから危険に満ちた海を駆けていかなければいけない事を思うと、雄人の胸は痛んだ。


 「あ!あれ、南十字星じゃないですか?」


 氷川丸が夜空の一点を指差して言う。雄人が視線を送ると、無数に光る夜空の中に一際輝く四つの星があった。


 「私、南十字星なんて初めて見ました。シアトル航路では絶対に見られない星座でしたから・・・」


 初めて見る星座に興味津々の氷川丸。雄人はそんな氷川丸を微笑みと共に見詰めていた。


 と、その時。


 「あっけおめ~っ!!」


 突然、二人の背後から光が生まれ、そこから飛び出した人影が氷川丸に後ろから抱きついた。突然の事に驚いた氷川丸はバランスを崩し、そのまま―――


 「きゃあぁっ!?」


 バッシャーン!!


 抱きついた人影諸共、海へと落ちた。すぐに海面から光が生まれ、雄人の隣に氷川丸が瞬間移動して来た。


 「氷川丸、大丈夫・・・?」


 「・・・見て、大丈夫だと・・・・・・思いますか・・・?」


 落下した拍子に海水を飲み込んだらしい氷川丸は二、三回咳き込んだ。そして、隣にいる、自身を海に突き落とした人物に向けて怒鳴る。


 「青葉ッ!いきなり何するのよ!」


 「あっはは。ゴメンゴメン」


 悪びれた様子も無く笑顔で謝っているのは、青葉の形のヘアピンをつけたショートヘアーの少女。青葉型巡洋艦一番艦「青葉」艦魂の青葉だ。


 「あ、日高一曹。どうもこんばんは~」


 氷川丸を適当にあしらいつつ、青葉は雄人に挨拶する。雄人も挨拶を返す。氷川丸も何を言っても無駄だと思ったのか、静かになった。


 「・・・で、何の用なの?」


 「んー、特にないよ。遊びに来ただけ」


 「なら早く帰って」


 「ひどっ!?」


 「冗談よ。・・・・・・・・・多分」


 「多分なの!?」


 「嘘よ。本当に冗談」


 「うぅ・・・酷いよ氷川丸」


 「海に落とされたお返しよ」


 氷川丸が小さく舌を出す。青葉は膨れっ面を作るが、その表情は楽しげだ。昨日会ったばかりなのに、二人はすっかり打ち解けている。どうやら馬が合うらしい。


 「せっかくのお正月だっていうのに、こうも人数が少ないとつまらないなぁ」


 青葉が愚痴を零す。現在ルオット島に錨泊している艦艇は十指に満たない。「夕張」率いる第六水雷戦隊と「天龍」「龍田」は昨日の内にトラックへ向けて出港していた。ルオットに残っているのは「青葉」率いる第六戦隊(巡洋艦四隻)と敷設艦「沖島」を旗艦とする第十九戦隊(敷設艦四隻)程度だった。


 「ああ、早くトラックに戻ってみんなと騒ぎたいな~」


 澄んだ漆黒を眺めながら青葉は言う。口が寂しくなったのか、おもむろにラムネを出現させて栓を開けた。


 「ねえ氷川丸、何か面白いものない?」


 「面白いもの、ね・・・。ちょっと待ってて」


 そう言って氷川丸は暇を潰せそうな物を探しに行った。戻って来た氷川丸が手にしているのは、輪投げの道具一式。それを見た青葉はむっとした表情を作る。


 「氷川丸。私のことバカにしてるでしょ」


 「そんな事ないわよ。青葉こそ輪投げのこと馬鹿にしてるみたいけど、輪投げは客船の船客たちにも提供されていたれっきとした娯楽なんだからね」


 目標となるピンを置きながら氷川丸が言う。


 「そうなのかぁ。ってことは、それは氷川丸が客船だった頃に使ってたやつ?」


 「ご名答。雄人さんもどうですか?」


 「うん。やらせてもらうよ」


 棒を置き終えた氷川丸は雄人と青葉がいる所まで戻るとルールを説明した。


 「ルールは簡単。この九本の輪を投げてピンに入れる。投げ入れたピンに書かれた数字の合計が多い方が勝ち。重複した場合はそれも計算に入れる。分かった?」


 「ああ」


 「もっちろん!」


 三人の立つ位置から目標である棒までの距離は八メートル強。まずは青葉が輪を投げる。


 「いっけえぇっ!」


 勢い良く投げられた輪が空を切り、ピンへと向かう。そしてそれは「3」の数字が書かれたピンに入った。


 「よしっ、3点ゲット!」


 青葉がガッツポーズをとる。残る八本の輪の内、さらに三本がピンに入り、合計得点は16点になった。


 「次は僕だね」


 雄人が輪を投げる。九本の内、四本が入り得点は12点。


 「うーん、12点かあ・・・」


 「私の方が上だね」


 ピンに入った輪の数は共に四本。しかし、雄人が入れたピンは点数が低いピンだったため、青葉の点数には及ばなかった。


 「最後は私ね」


 二人の横から氷川丸が一歩、前へ出る。その瞳には遊びを楽しむ子供の様な輝きと、獲物を狙う鋭さが宿っている。


 「ちょっと間が空いちゃったけど・・・・・・それっ!」


 氷川丸が輪を投げる。力み過ぎず、かといって弱すぎず。絶妙な力の入れ具合で投げられた輪は的確にピンを射止めた。


 「まずは9点、っと」


 涼しい顔をして言う氷川丸。彼女はさらに点数を伸ばし、結果は命中六本、合計27点。


 「私の勝ちね」


 「うー・・・。もう一回!」


 11点差をつけられて敗れた青葉が再戦を申し込む。デッキの上に輪を投げる音と、それに合わせて一喜一憂する少女たちの声が響く。


 「氷川丸、投げるの上手いなぁ。・・・・・・それっ!」


 「当たり前よ。太平洋を往復してる間、何回やったと思ってるの?・・・・・・えいっ!」


 会話を挟みながら輪投げをする二人。雄人はその様子を壁に背を預けながら眺めている。


 一頻り輪投げを楽しんだ青葉は自艦へと戻っていった。帰る間際、古鷹の説教が待っていると言って顔を青くしていた。なんでも、戦隊旗艦の職務をほったらかしにして遊びに来ていたらしい。艦魂にも人間と同様に階級や役職があり、第六戦隊旗艦の青葉は大佐の階級を持っている。といっても、ざっくばらんな性格の彼女は階級は飾り程度にしか考えておらず、階級の関係無しに誰にでも気軽に話しかけている。そして、艦魂たちにも各々の階級に応じて書類整理などの職務がある。連合艦隊旗艦ともなれば、それこそ山の様な書類に目を通さなければならなくなる。戦隊旗艦の青葉が目を通さなければならない書類はそれほど多くはなかったが、それでも遊び好きな彼女にとって机に縛り付けられるその行為は苦行であった。


 「ああ、憂鬱だなぁ~・・・。氷川丸、私の代わりに書類片付けてくれない?」


 「イヤ。そういうのは自分でやるべきよ」


 氷川丸はぴしゃりと言った。青菜に塩をかけた様に青葉が萎れる。


 「ほら、落ち込んでても書類は減らないんだから。早く片付けちゃった方がいいわよ」


 青葉の背中を叩く氷川丸。その様子は、宿題を嫌がる生徒に注意する学級委員のようだった。


 「面倒くさいなぁ・・・」と呟きながら青葉は自艦に帰る。それを見送った二人はそれぞれの部屋に戻った。

 

 慌しくも平和な一日が過ぎ去り、戦場の元旦は終わりを告げた。嵐の前の静けさか・・・夜闇の中、船体に打ちつける波は不気味なほどに静かだった。

 氷川丸「『蒼海の天使』第五話。あとがきコーナーの始まりです」

 青葉「ねえねえ氷川丸」

 氷川丸「何?青葉」

 青葉「・・・あれ、なに?」

 作者「orz」

 氷川丸「ああ、あれね。サッカーのW杯で日本が負けちゃったから落ち込んでいるらしいわ」

 青葉「そーなのかー」

 氷川丸「そうなのよ。普段はスポーツにはあまり関心がない作者さんも、今回は興味を持っていたみたい」

 青葉「・・・それって、にわかファン?」

 作者「そんな言い方はないだろっ?確かに、にわかファンかも知れないけど!日本チームを応援する気持ちはしっかり持っていたんだから!」

 青葉「うわっ!?復活した!」

 氷川丸「ようやく起きましたね」

 作者「さて。今回の話、如何だったでしょうか?」

 氷川丸「今回は前回までと比べて少し長いですね」

 作者「少しね。いつも三千文字ちょいのところが五千文字くらいになった」

 氷川丸「それに見合った質はあるんですか?」

 作者「頑張ってはいる。でも、まだまだ精進する必要性は感じている・・・」

 氷川丸「では精進して下さい」

 作者「はい・・・」

 氷川丸「それでは、締めましょうか」

 作者「この作品を読んでくれている全ての読者様に心からの感謝を送ります」

 氷川丸「次回もお楽しみに」

 青葉「意見・感想も受付中~」

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