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<第三話>南陽の訪問者

横須賀を出港して一週間後の十二月三十日。「氷川丸」はマーシャル諸島を目前にしていた。傷病兵たちが収容されているルオット島への到着予定日は翌日である。


 「氷川丸」デッキ上。そこには三つ編みを風に靡かせる氷川丸の姿があった。水平線を見詰める彼女の表情には若干の緊張が浮かんでいる。


 「やあ、氷川丸」


 この一週間で聞き慣れた声に氷川丸が振り返る。声の主である雄人が氷川丸に歩み寄る。


 「いい天気だね」


 よく晴れた空を仰ぎながら雄人が言う。氷川丸は無言で頷いた。


 「気持ちいいね」


 「・・・そうですね」


 答える氷川丸の声は硬い。雄人は首を傾げた。


 「・・・氷川丸、何かあった?」


 「え?」


 「今日の氷川丸は何かいつもと違うというか・・・硬い感じがする」


 雄人の言葉に氷川丸は驚いたような表情をした。


 「やはり、そう見えますか。・・・確かに、私は少し緊張しています。顔には出していないつもりでしたが・・・ばればれでしたね」


 「・・・明日の事?」


 「はい。初任務ですから。正直言って、不安です」


 硬い表情のまま氷川丸が言う。それを聞いた雄人は意外そうに言った。


 「へぇ、氷川丸でもそんな気持ちになるんだ」


 「・・・今、さらりと失礼な事を言いませんでしたか?」


 氷川丸が鋭い視線を雄人に送る。雄人は慌てて弁解した。


 「あっ、違う違う。氷川丸に繊細さが無いって意味じゃなくて、えっと・・・ほら、氷川丸は真面目で何でもそつなくこなせるイメージがあったから意外だなぁ、って思って」


 「・・・そういう意味でしたか。ですが、次からは誤解を招くような言い方は謹んで下さい」


 「気をつけます・・・」


 「でも」


 「?」


 先ほどとは一転した柔らかい口調。肩を落としていた雄人が顔を上げると、そこには氷川丸の穏やかな微笑があった。


 「雄人さんに話したら、心の中が少しすっきりしました。ありがとうございます」


 「どういたしまして」


 微笑む氷川丸に雄人も笑い返す。その後、二人は氷川丸の部屋でお茶を楽しみ、明日から始まる怒涛の日々までの束の間を過ごした。




 翌日の十二月三十一日。「氷川丸」はついにルオット島に到着した。


 赤道付近の強烈な日差しが肌を焼き、蒼い海がぎらぎらと光る。前方に見えるルオット島にはドイツ領時代に植えられた椰子の木が立ち並んでいて、典型的な南国の島という印象を与える。常夏の海の気温は十二月といえども高く、じっとしていても汗が滲み出てくる。


 真っ白な船体を陽光に輝かせる「氷川丸」。その船上で雄人が汗を拭った。


 「暑い・・・」


 太陽が照りつけるデッキの上で雄人が呟く。その隣では同じように氷川丸がハンカチで汗を拭っている。


 「本当に、暑いですね。横須賀を出て三、四日間はまだ寒いくらいだったというのに・・・さすが赤道ですね」


 言い終えて氷川丸は手を空中にかざした。すると、淡い光と共に二本のラムネが現れた。念じたものを具現化させる艦魂の力を使って出現させたものだ。


 「飲みますか?」


 「うん」


 差し出されたラムネを雄人が受け取る。暑さで乾いた喉にラムネの炭酸が染み渡る。


 「いよいよ到着だね」


 「はい」


 雄人の言葉に氷川丸が頷く。「氷川丸」は現在、島の沖に停泊するための投錨作業を行っている。前方に見えるルオット島にはウェーキ島攻略作戦に参加した艦艇が錨を落としている姿が見える。


 「うわぁ、凄いなぁ・・・」


 停泊する艦隊の威容に雄人は感嘆の声を漏らす。この時、雄人の目に映っていた艦は第四艦隊の「夕張」「天龍」「龍田」といった軽巡や、応援に駆けつけた第六戦隊の「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」だった。


 「氷川丸」の投錨作業が完了するや否や、それらの在泊艦艇から下ろされた内火艇が次々と「氷川丸」へと向かってきた。


 「うわっ!な、何だ!?」


 突然の出来事に驚く雄人。彼は他の兵たちと一緒に慌てて舷梯を下ろしにいった。舷梯を登って内火艇から人が移って来る。彼らはデッキに上がるなり口々に医薬品の支給を求めた。


 「俺は『青葉』から来た。医薬品を補充したい。病院長に会わせてくれ」


 「俺は『衣笠』からだ。俺の所にも分けてくれ」


 「え、えっと・・・取り敢えず、こちらへ」


 雄人は逸る人々を抑え、受付のある先任伍長室へと連れて行った。


 「ふぅ、びっくりした・・・」


 氷川丸の所に戻って来た雄人は溜息をついた。氷川丸が彼に労いの言葉をかける。その時、二人の目の前に光が生まれ、一人の少女が現れた。


 光の中から降り立った少女は、幼い容姿をしていた。歳は十代前半。髪はそれほど長くなく、大きな丸い瞳が眼鏡のレンズ越しに覗く。服装は軍服ではなく、科学者が着ているような白衣だった。


 「私は第六水雷戦隊旗艦『夕張』艦魂の夕張です。ウェーキ島攻略部隊本隊の旗艦として挨拶に参りました」


 科学者の格好をした少女―――夕張が敬礼する。氷川丸も答礼して自己紹介する。


 「海軍特設病院船『氷川丸』艦魂、氷川丸です。ウェーキ島攻略作戦の負傷者の収容を行いに参りました」


 「遠路はるばるご苦労様です。負傷者は後ほど輸送船で送るので、よろしくお願いします。では、私はこれで」


 そう言って夕張が立ち去ろうとした、その時。新たな光が生まれて二つの人影が現れた。


 「病院船の艦魂にお知らせだよ~・・・って、うわぁっ!!」


 ドンッ!!


 光の中から飛び出した片方の人影が自艦へ戻ろうとしていた夕張に激突した。もの凄い勢いでぶつかった人影は夕張諸共デッキに転倒して停止した。


 「痛たた・・・」


 ぶつけた額をさすりながら夕張にぶつかった少女が立ち上がる。歳の頃は氷川丸と同じくらい。髪型はショートヘアーで、綺麗な青葉の形をしたヘアピンで前髪を留めている。彼女は自身の下敷きになってのびている夕張に気づくと、慌てて抱き起こした。


 「ゆ、夕張っ!大丈夫!?・・・酷い。誰がこんな事を」


 「貴女ですよ・・・」


 「え゛っ!?」


 氷川丸の嘆息混じりの言葉に少女が衝撃を受ける。氷川丸は愕然としている少女に話しかける。


 「私は病院船『氷川丸』艦魂の氷川丸です。・・・貴女は?」


 「私?私は青葉型巡洋艦一番艦『青葉』艦魂、青葉だよ。ついでに言っておくと第六戦隊旗艦。よろしくッ!」


 「はい。よろしくお願いします。青葉さん」


 「ダメダメ!『さん』付けなんて余所余所しいよ。呼び捨てでOK!あ、そうそう。氷川丸にお知らせが・・・」


 「青葉、少し落ち着いて」


 機関銃のように話し続ける青葉をもう一人が遮る。彼女は氷川丸に向き直ると口を開いた。


 「私は古鷹型巡洋艦一番艦『古鷹』艦魂、古鷹です。青葉が騒がしくてごめんなさい」


 「いえ、お気になさらずに。元気があって良いと思いますよ」


 「そう言ってもらえると助かるわ。ありがとう」


 黒い長髪を流して古鷹が微笑む。古鷹は氷川丸より少し年上、十代後半頃の容姿。落ち着いた雰囲気を持つ女性である。


 「ねえねえ、氷川丸」


 「なに?青葉」


 「氷川丸にお知らせ。ウチんトコの乗組員たちが薬貰いに押し寄せてくるから気をつけて・・・って、もう来ちゃってるみたいだね」


 「うん・・・。次からはもっと早く来てね。大変だったから」


 青葉が言葉の途中で下ろされた舷梯とそこに群がる内火艇を見つけ、苦笑した。氷川丸は懇願するような口調で言った。


   ◆          ◆          ◆


 「僕、完全に忘れられてるよね・・・」


 三人が賑やかに会話をしている中、雄人は日陰で夕張を寝かせていた。船内から調達してきた氷袋を夕張の額に載せる。


 「う・・・ん・・・」


 氷の冷たさに刺激されたか氷川丸たちの声が聞こえたか、夕張が薄っすらと瞼を開いた。その瞳が雄人を映す。


 「気がついた?」


 「あなたは・・・?」


 「僕は日高雄人一等兵曹。『氷川丸』の乗組員だよ」


 「・・・艦魂が見えるんですか?」


 「うん。見えるよ」


 夕張の問いに雄人が頷く。夕張はどんぐりのように大きい瞳を見開き、驚きの表情を見せた。


 「艦魂が見える人なんて、初めて会いました。・・・・・・あれ?」


 段々と意識がはっきりとしてくるにつれ、夕張は自身の置かれた状況に気づいた。デッキの日陰で横に寝かされている夕張。彼女は雄人の足を枕代わりにしていた。要するに膝枕。


 「・・・ふ、ふぇぇええぇぇえぇぇぇっっ!?」


 叫び声を上げながら夕張が飛び上がる。その拍子に額の氷袋が落ち、中身がこぼれた。夕張は顔を真っ赤にして固まった。


 「夕張・・・どうしたの?」


 「っ!いえ、何でもありましぇんっ!」


 雄人の問いに答える夕張の顔は、赤い。舌が回らずに言葉を噛んだ。


 「~~~~~~ッ!!」


 言葉を噛んだ事により恥ずかしさが上乗せされ、夕張はさらに顔を赤くする。そこへ、叫び声を聞いた氷川丸たちがやって来た。


 「夕張どうしたの!?顔真っ赤だよ?」


 「雄人さん、何があったんですか?」


 青葉が夕張に、氷川丸が雄人にそれぞれ聞く。固まって答えない夕張に代わって雄人が答える。


 「それが・・・よく分からないんだよ。日陰で寝かせていて・・・起きたと思ったら赤くなってまた固まって・・・」


 「ふうん。・・・って、キミ、私たちが見えるの?」


 「うん。僕は日高雄人。『氷川丸』の乗組員だ。因みに階級は一等兵曹」


 自己紹介した雄人に青葉と古鷹も再び自己紹介する。


 「日高一曹、か。よろしくね」


 「雄人で良いよ」


 「う~ん、それでもいいんだけど・・・・・・ねぇ?」


 氷川丸の事を横目で見ながら青葉は意味深な笑みを浮かべる。雄人は頭上に疑問符を浮かべ、氷川丸は微かに頬を朱に染めた。


 「ま、とにかく。私と姉さんは日高一曹って呼ぶよ」


 「分かった。宜しく」


 雄人と青葉、古鷹が互いに握手をする。


 「挨拶も済んだ事だし、私達はそろそろ御暇(おいとま)するわ。また会いましょうね」


 「またね~」


 硬直した夕張を連れて古鷹と青葉が瞬間移動する。デッキの上に静寂が戻った。


 「賑やかでしたね、雄人さん」


 「そうだね」


 「一旦部屋に戻りましょうか」


 氷川丸が言った時、船内に放送が流れた。負傷者を乗せた輸送船「海平丸」が接舷する。手の空いている者は負傷者を「氷川丸」に移乗させよ、と。


 「・・・どうやら休んでいる暇は無いみたいだね」


 「頑張って下さい、雄人さん。冷たい飲み物を用意して待っていますね」


 「うん。ありがとう。行ってくるね」


 「行ってらっしゃい」


 雄人は氷川丸に手を振り、作業に向かった。

 氷川丸「前回の更新から間が空きましたね」

 作者「はい。学校の定期試験が近付いてきたもので・・・」

 氷川丸「確かに、試験は疎かにはできませんね。ただ、こちらの更新も忘れないで下さいね?」

 作者「承知しております」

 氷川丸「では、今回はこの辺りで・・・」

 青葉「ヤッホーッ!!お邪魔しまーすっ!」

 氷川丸「っ!?」

 作者「ああ、青葉。いらっしゃい」

 氷川丸「びっくりした・・・。青葉、いきなり大声出さないでよ」

 青葉「あはは、ゴメンゴメン」

 作者「あれ?夕張と古鷹は?二人も呼んだ筈だけど」

 青葉「姉さんは固まったままの夕張に付き添い中。二人とも来れないよ」

 作者「了解」

 青葉「それにしても、豪華な部屋だね。ここどこ?」

 氷川丸「私の一等社交室だよ(後書き内では『氷川丸』は貨客船の状態です)」

 青葉「氷川丸のかぁ。さすが客船。ウチとは比べ物にならない豪華さだね。・・・お、ソファーもふかふか♪」

 氷川丸「青葉、お茶淹れようか?」

 青葉「うん、よろしく~」

 作者「では、今回はこの辺りで。この作品を読んでくれている全ての方に心よりの感謝を申し上げます」

 青葉「意見・感想もよろしくね~」




 ◆登場人物紹介◆

 夕張(ゆうばり)

 夕張型巡洋艦一番艦

 身長:138cm

 外見年齢:11歳

 姉妹艦:なし

 夕張型軽巡洋艦の一番艦。実験艦であるため、姉妹艦はいない。科学者の様な白衣が特徴。幼い外見の通り、純真無垢な性格。好奇心も強く、自称「ノーベル科学賞ものの実験(実際は小学校の理科実験程度)」を度々行っている。




 青葉(あおば)

 青葉型巡洋艦一番艦

 身長:160cm

 外見年齢:17歳

 姉妹艦:衣笠

 古鷹型重巡洋艦を改良した青葉型重巡洋艦の一番艦。明るさが取柄の元気娘。ざっくばらんな性格で、誰にでも気軽に話しかける。余りに話しすぎるため、周りから注意される事もしばしば。青葉型は本来、古鷹型として計画されていたため、古鷹型の二人を姉と呼んでいる。歳の近い氷川丸とは馬が合う様子。



 古鷹(ふるたか)

 古鷹型巡洋艦一番艦

 身長:165cm

 外見年齢:19歳

 姉妹艦:加古

 古鷹型重巡洋艦一番艦。髪は長く、落ち着いた雰囲気を漂わせている。誰にでも丁寧な言葉遣いで接し、優しいと評判。一方で、怒ると鬼も逃げ出す程に怖いという噂があるが真偽は不明。

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