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<第一話>邂逅

 第一話投稿です。タイトルの通り今回は物語の始まり、出会いの話です。どうぞお楽しみください。

 一九四一年十二月八日、空母「赤城」を旗艦とする機動部隊が真珠湾に奇襲攻撃を行い、太平洋戦争の火蓋が切って落とされた。


 それから約二週間後の十二月二十一日。一隻の船が一ヶ月に渡る改装を終え、新しく生まれ変わった。


 横須賀海軍工廠の艤装岸壁に係留されている一隻の船。改装を施されたその船体は純白に塗られ、日の光を浴びて輝いている。純白の船体には緑色の線が帯の様に巻かれ、赤い十字架が描かれている。万国共通の塗装を施されたその船は、病院船であった。


 塗りたての白い船体を輝かせる船の名は、「氷川丸(ひかわまる)」。元はシアトル航路に就役していた日本郵船の貨客船である。


 「氷川丸」は一九三〇年竣工の貨客船で、姉妹船に「日枝丸(ひえまる)」と「平安丸(へいあんまる)」がある。総トン数は一万一六二二トン。全長一六三.三メートル、全幅二〇.一二メートル、吃水九.二メートル。二機のディーゼルエンジンを備え、最高速力は十八ノット。長女の「氷川丸」と同様に「日枝丸」と「平安丸」も海軍に徴用され、特設潜水母艦への改装を受けている。


 「氷川丸」が海軍に徴用されたのは一九四一年の十一月。シアトルから在米邦人を乗せて横浜に帰港した直後の事だった。「氷川丸」が横浜に帰港したのは十一月十八日。三日後の二十一日には横須賀に回航されて改装が始められた。一ヶ月という短期間で行われた改装は、正に突貫工事だった。


 病院船となった「氷川丸」は直ちに中部太平洋方面の防備を担当する第四艦隊に配属され、新たな乗組員を迎えた。その中の一人、日高雄人(ひだかゆうと)一等兵曹は岸壁に係留される「氷川丸」を見て感嘆の声を漏らした。


 「綺麗な船だな・・・」


 日光に照らされる「氷川丸」の白い船体は美しく光り、優美な姿を海面に浮かべている。その姿は雄人に白鳥を連想させた。こんなに美しい船にこれから自分が乗り組むのかと思うと、雄人はわくわくした。


 「っと、いけない。見惚れている場合じゃなかった」


 足を止めて「氷川丸」に見入っていた雄人は我に返ると、再び歩き出した。間近に迫ってくる「氷川丸」を見上げながら雄人は不思議な高揚感を覚えていた。


      ◆               ◆               ◆


 期待に胸を膨らませて「氷川丸」へと乗り込む雄人。その様子を、一人の少女が見ていた。歳は十代の中頃。大人びた顔つきはともすれば十代後半の様にも見えるが、まだあどけなさを残している。服装は純白のナース服。帽子の赤十字が白い生地の上でその存在を大きく主張している。


 デッキの上に立つ少女は手摺に掴まり、近付いて来る人物を眺めている。景色を映す彼女の双眸は吸い込まれる様な漆黒。伸ばした黒髪は三つ編みに纏められ、肩から下げられている。


 こちらに向かって来る青年の足が止まり、それを追っていた少女の目の動きも止まった。静止する青年を見ていた少女はくすっと笑った。


 「ふふっ。あの人、私のこと綺麗だって」


 微かに頬を赤らめながら少女は嬉しそうに言った。船から離れた所にいる者の呟きを船上から聞き取る事など常人には成し得ない業である。しかし、この少女はしっかりと青年の呟きを聞き取っていた。


 「・・・あの人は、『私』を見たら何て言ってくれるかな?」


 少女は一人呟き、楽しそうに笑った。


      ◆               ◆               ◆


 「・・・・・・はぁ」


 それから数十分後、「氷川丸」のデッキの上で溜息が零れた。溜息の主は雄人だった。さっきまでの元気はどこへいったのか、雄人は暗い表情で海面を眺めている。頭上に広がる青空とは対照的に、雄人の表情は浮かない。


 なぜ、雄人はこんなに落ち込んでいるのか。その理由は・・・・・・


 「病院船とはいえ、元は客船なのに部屋が船倉だなんて・・・。あんまりだ・・・」


 ぶつぶつと愚痴を零す雄人。その背後から、声が聞こえた。


 「こんなにいい天気なのに、暗い顔していたらもったいないですね」


 声を聞いた雄人は背後に視線を向けた。そこにいた人物を目にし、雄人は驚きの表情をみせた。


 「・・・え?」


 雄人の視線の先には、一人の少女がいた。ナース服に身を包んだ十代中頃の彼女は、先ほどデッキの上で雄人の事を見ていた少女だった。


 「・・・女の子?」


 雄人は信じられないといった表情で少女を見る。無理もない。大日本帝国海軍の艦艇に女性が乗り組む事などあり得ないからだ。病院船も例外ではなく、看護婦は乗船していない。ましてや、年端もいかない少女が乗っている事など絶対にあり得ない・・・筈だった。


 しかし、その認識を打ち砕く光景が目の前に存在している。混乱する雄人を他所に、少女は雄人に話しかける。


 「あの・・・もしかして、貴方は私が見えるんですか?」


 「え?あ、うん。見えるけど・・・」


 混乱しつつも雄人が答える。すると少女は感慨深そうに言った。


 「・・・久しぶりです。私が見える人に出会うなんて」


 「・・・え?え?」


 奇怪な質問とその答えに対する反応。少女の言動が寸分たりとも理解できず、雄人はますます混乱した。


 「君は・・・?」


 少女はハッと気付くと、慌てた様子で自己紹介をした。


 「申し遅れました!私は氷川丸といいます。この船、『氷川丸』の艦魂(かんこん)です」


 氷川丸と名乗った少女はそう言ってお辞儀をした。雄人は首を傾げた。


 「・・・艦魂?」


 「艦魂をご存じないのですか?」


 驚いた様子で少女が聞く。雄人が頷くと、少女は説明を始めた。


 「艦魂というものは、文字通り、船に宿る魂の事です。艦魂はどんな船にも一隻に一人、必ず宿っています。そして、全員が例外なく若い女性の姿をしていて、民間船では航海安全の守り神、軍艦では武運長久の女神などとして祀られています。ですが、その姿を見る事ができる人間はごく僅かで、一隻の船に一人いるかいないかです。・・・大雑把に説明すると、こんな感じです。分かりましたか?」


 「とすると、君がこの『氷川丸』の・・・」


 「はい。私がこの『氷川丸』艦魂の氷川丸です」


 「・・・・・・」


 「・・・もしかして、疑ってます?」


 「・・・うん」


 少女の問いに、雄人は肯定の返事を返した。


 「確かに、にわかには信じがたいですよね。・・・それでは、私がこの『氷川丸』の艦魂である証拠をお見せします」


 「・・・証拠?」


 「はい。艦魂は一種の瞬間移動能力を持っていて、自分や近くの艦艇に自由に移動する事ができます。それをこれからお見せします」


 そう言うと少女は雄人の腕を掴んだ。次の瞬間、二人は光に包まれ、デッキから姿を消した。


 「・・・・・・え?」


 雄人は自らの身に起こった事を理解できなかった。少女に腕を掴まれた次の瞬間、自分は船内に移動していた。しかもここは機関室。船の最下層だった。一瞬で移動する事など、不可能だ。


 「どうですか?」


 声を聞いて我に返ると、微笑を浮かべる少女が立っていた。


 「屋外デッキから機関室への瞬間移動。これが艦魂の力です。信じてもらえましたか?」


 少女の問いに答える言葉も出ず、雄人はただ黙って頷いた。その腕を掴み、少女が言う。


 「それでは、デッキに戻ります。行きますよ」


 二人は光に包まれると一瞬の内にデッキの上に戻った。


 「驚いた。君は、本当に艦魂なんだね・・・」


 「だから最初に言ったじゃないですか。私は『氷川丸』の艦魂です、って」


 少女はふてくされた様に口を尖らせる。しかし、その表情はどこか楽しげだった。


 「それでは、改めて自己紹介を。私は病院船『氷川丸』の艦魂、氷川丸です」


 「僕は日高雄人。階級は一等兵曹だ」


 「よろしくお願いします、日高一曹」


 「日高一曹だなんて、かしこまった呼び方しなくて良いよ。雄人で構わない」


 「そうですか?では・・・雄人さん、これからよろしくお願いします」


 「うん。宜しく、氷川丸」


 差し出された少女の手を雄人が握る。抜けるような青空の下、二人は互いをしっかりと見据え、固く手を握り合った。


 青年、雄人と少女、氷川丸はこうして出会った。知り合った二人が初の任務に出発するのは、これから二日後の事だった。

 第一話、如何だったでしょうか。今回は氷川丸と雄人の出会いの話でした。序章から日を空けずに投稿したいと思っていたのに日が空いてしまいました・・・。どのくらいのペースになるかは分かりませんが、定期的に投稿していきたいと思います。

 ご意見・ご感想、お待ちしております。

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