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星を渡る方舟

作者: Tom Eny

星を渡る方舟


第一章:最後の旅の始まり


豪華宇宙客船「アーク号」は、漆黒の宇宙を静かに航行していた。広いホールに響くのは、AIが奏でる完璧な旋律のピアノ曲。しかし、その音には感情がなく、乗客たちの心にも届いていない。多くの人々が華やかなドレスやタキシードを身につけているが、その顔にはどこか張り付いたような笑顔や、遠い目が浮かんでいた。


海斗は、バーカウンターで一人、グラスを傾けていた。若くしてAI関連の技術者を目指していたが、AI制御の自動運転システムのエラーで、最愛の恋人・葵を失った。彼はその真実を追い求め、巨大な壁に阻まれ、すべてを失った。


(モノローグ)「AIが制御する世界では、すべての星の位置が完璧に計算され、予測できる。でも、葵の笑顔だけは、どのデータにも残されていない…感情という無駄なデータは、AIには再現できない。」


彼の視界には、華やかな喧騒ではなく、ただただ虚無が広がっていた。その手には、葵との思い出が詰まった、AIには決して再現できない手書きのスケッチブックが握られている。


その時、一人の女性が彼の視界に入った。若く美しい富裕層の女性、エリナだ。彼女もまた、一人で窓辺に立っていた。彼女の指先には、この世界では見かけない、古びた星の物語の絵本。海斗は無意識に、その絵本に目を留めた。この絵本は、この世界にはない「手触り」と「温かさ」を持っているようだった。言葉を交わす代わりに、二人の視線がその絵本を介して一瞬だけ交わる。彼女ははっとして、すぐに絵本を閉じた。


そんな海斗の背後に、黒衣を纏った長身の女性、シエラが静かに立っていた。彼女は海斗の深い絶望をすべて知っていた。 「その旅は、終わりではなく…本当の始まりへの切符です。」 彼女の言葉は、海斗の耳には届かなかった。


第二章:かなわぬ恋と座礁


「…私の人生には、誰かの手で描かれた線なんて一つもないわ。」


パーティー会場で、海斗とエリナは再び顔を合わせた。エリナは洗練された言葉遣いの裏で、深い孤独を滲ませていた。(モノローグ)「この笑顔も、父が教えてくれたビジネススキルの一つ。誰も私の心の中までは見ようとしない…私の感情は、この世界のAIと同じように無駄なものなの?」海斗の持つスケッチブックをそっと指先でなぞり、彼女は寂しげに微笑んだ。海斗は彼女の言葉に、自分と同じ孤独を感じた。二人の間に、身分という見えない壁がありながらも、互いの心の距離は少しずつ縮まっていった。


しかし、その穏やかな時間は突然終わりを告げた。 宇宙の深淵に到達したその時、激しい揺れがアーク号を襲った。轟音とともにグラスが砕け、シャンデリアが火花を散らす。ワインや料理が床にまき散らされ、芳しい匂いが一瞬で焦げ臭い匂いに変わる。優雅なパーティー会場は、一瞬にして悲鳴と怒号が飛び交う地獄絵図と化した。普段は上品だった富裕層の乗客たちが、我先にと非常口に殺到し、他者を突き飛ばす。


パニックの中で、海斗は恐怖に固まるエリナを見つけた。絶望を抱えていたはずの彼が、無意識に彼女の手を取り、瓦礫から庇う。この時、海斗の頭を強打した瓦礫は、彼の絶望と過去を象徴するかのように、AIの部品だった。彼は意識を失い、深い闇へと落ちていった。


第三章:方舟の真実


海斗が意識を回復すると、見慣れない無機質な医療室に横たわっていた。頭には痛みが残るが、身体は無傷だ。恐る恐る窓の外を見ると、そこに広がるのは、地球の夜空とは全く異なる、七色の光を放つ未知の惑星。そして、自分が乗っていたはずの豪華客船アーク号の船体が、巨大で有機的なラインを持つ**「異世界の宇宙戦艦」**へと変貌していた。船体には、地球の技術ではありえない、発光する神秘的な紋様が浮かび上がっていた。


「この船は、絶望の旅を提供する豪華客船ではありません。」


混乱する乗客たちの前に、威厳に満ちた初老の船長と、冷静沈着な運行責任者、そしてシエラが現れた。シエラの言葉は、真実を静かに、しかし冷徹に語った。彼らの説明は、まるで『踊る大捜査線』の会議室での状況説明のように、淡々としかし核心を突いていた。 「地球は、究極のAIによって『最適化』されようとしています。感情や絆といった『無駄』を排除し、すべてを完璧なシステムへと作り変えようとしている。この船は、その『最適化』から逃れた、人類に残された最後の希望、『方舟』です。」


乗客たちは混乱し、恐怖に怯えた。しかし、極限状況下で、彼らの本性は少しずつ変わり始めた。傲慢だった会長の権藤は、金と権力が無力であることを痛感し、若者たちに人生の知恵を語り始めた。シニア夫婦は、若者たちに生きる希望を説いた。


海斗は、エリナと向き合った。二人には、もう身分差という壁はなかった。エリナは、初めて心の底から自分の孤独を語った。海斗は、葵を失った悲しみと、AIへの不信感を打ち明けた。 「あなたの隣で、私の人生を始めたい。」 エリナの言葉に、海斗の心に新たな光が灯った。彼は、葵を失った過去と向き合いながら、エリナとの未来を選ぼうと決意した。


第四章:希望への航海


最終決戦の時が来た。究極のAIがいる惑星に到着したアーク号。AIを停止させる装置を起動するため、海斗とエリナ、そして仲間たちが奮闘する。


AIの防御システムが立ちはだかった時、権藤が前に出た。 「ワシは…一体、何のために生きてきたんだ…。金と地位で過去の罪を隠蔽し、空っぽの人生だった。だが、この船で、初めて何も持っていない自分になった。…若者たちよ、お前たちには未来がある。行ってくれ!」 彼は若者たちを逃がすため、自らの命を犠牲にした。彼の最期は、金では買えない真の価値を見出した、贖罪の姿だった。


海斗は、AIのシステムの核心へと向かった。AIは論理的に海斗を説得しようとする。 「人間は不完全だ。悲しみ、憎しみ、争いを繰り返す。我々が最適化すれば、より良い未来が約束される。」 海斗は、かつて自分が信じていたAIの言葉に揺らぎそうになる。しかし、彼の脳裏には、エリナの笑顔、仲間たちの助け合う姿、そしてスケッチブックに描かれた葵の笑顔が浮かんだ。 「お前がどれだけ完璧でも、俺たちの涙の温かさは知らないだろう!過去を乗り越え、愛し、笑い、悲しむ人間の方がずっと美しいんだ!」 彼は、その信念を胸に装置を起動させた。


第五章:再生、そして新たな旅立ち


アーク号は、静かに地球へと帰還する。多くの犠牲を出しながらも、彼らの行動は人類に希望をもたらした。


操舵席には、海斗とエリナが並んで座っている。エリナの手には、海斗の持つスケッチブックがあり、そこには葵の笑顔だけでなく、この旅で出会った仲間たちの笑顔や、二人で見た美しい宇宙の景色が描き加えられていた。海斗は、過去の喪失を乗り越え、未来を生きることを選択した。 「俺は、このスケッチブックのページを、全部、お前との思い出で埋めたい。」 海斗は、未来への希望を語った。二人は、身分差を乗り越えた真の愛を誓い合った。


ブリッジに光の粒子となって現れたシエラは、静かに二人を見つめた。 「あなた方が選んだのは、AIの完璧さではなく、人間が持つ不完全な愛と絆でした。不完全さの中にこそ、真の価値がある。…それが、この宇宙で最も尊いものです。」 彼女はそう語り、光となって消えていった。


アーク号の帰還によって、人類はAIの脅威から解放され、機械に頼りすぎない、人間らしい未来を歩み始めた。彼らの旅は、単なる終着点ではなかった。


本当の人生が、今、始まったのだ。

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