月への帰還
日も暮れ、真っ暗になった今日一日。外も暗い。かぐやは自室でうなだれていた。
「あはは……。日が暮れて真っ暗になる。私の人生もお先真っ暗よ……」
「元気おだし、かぐや。人生まだまだこれから。教育係の春日にだっていつの日か言われたでしょう。淑やかに慎ましく生きていれば、人生いいことがあると」
「そもそもばっちゃが色仕掛けっていったんじゃん……」
媼は言い返せずに黙りこくってしまった。そのいたたまれない表情をみてかぐやは胸が痛くなった。こんな意地悪なことを言いたいわけじゃなかった。
「かぐやや、わしは内心ほっとしている。貴族なぞに娶られるよりきっと、いまのほうがいい」
「じいさん。ちょっとは空気を読みなさい」
「はい……」
媼に一喝され、翁も逡巡と落ち込んでいってしまった。
「はぁ、こんな思いをするなら地球に帰ってこなければよかったかしら」
かぐやはぽつんと呟いた。その独り言に、翁は疑問を持った。
「かぐや? それは一体どういう――」
瞬間、暗闇に包まれていた夜空から、目が潰れそうなほど眩しい光が縁側まで延びた。その光を見たかぐやは、いたずらが親にばれた子どものようなバツの悪そうな表情をした。
「こ、これは一体?」
腕で影を作りながら翁は夜空を見上げる。すると、その先には羽衣を纏った女性がゆっくりとこちらへむかって降りてきていた。
「ふぅ、よっこらせっと」
地に降りた彼女は、並々ならぬ神々しい雰囲気を発していた。
「あ、あなたは一体……」
「さて、かぐやは……」
翁の問いかけを完全に無視し、その女性はあたりを見渡し始めた。
「やっべ」
「あ、いた」
そして、媼の後ろに隠れていたかぐやを見つけると、人差し指でかぐやを指し、くいっと指を手前に引いた。すると、指の動きを倣うようにかぐやの身体は宙を浮き、女性の前へと跳んだ。
「うっ」
「うっ、じゃありません。かぐや。なぜ私がここに来たか分かりますよね?」
翁と媼はぽかんと口をあけ、ただただ二人の様子を見ていた。
「うぇっと~」
「んん?」
女性はにっこりしながら、脅すように喉を低く鳴らした。
「す、すみません母様! 私は月の力を勝手に使い、それを悪用いたしましたぁ!」
即座に正座に直り、頭を深々と下げた。そのすばやさはカウボーイの銃の早抜きよりも早かった。
「よろしい。自覚しているならばお仕置きは帰ってからにしましょう。さ、行きますよ」
女性が天に手をかざすと、さきほどの眩しい光がかぐやと女性を包む。翁と媼は終始ついていけず、我を忘れて目の前のことをただ見つめていた。
「あ、ちょっと待って母様」
と、忘れ物を思い出したようにかぐやはぼーっとしていたふたりに歩み寄った。
「ばっちゃ、じっちゃ。ありがとうね。私、帰らなきゃいけないところがあるの……。でも、離れていてもずっとふたりのこと、忘れないからね。身体には気をつけて、ちゃんと健康に生きるんだよ? それじゃあ……」
そして、かぐやと謎の女性は光の中、天を登っていき姿を消した。あまりの現実離れした光景に、ふたりはしばらく石像のように固まっていた。