その男、あべっち
「うわあぁぁぁぁぁあん!」
自室。かぐやは媼の膝でまた泣いていた。そんなかぐやの頭を媼はまた優しく撫でる。
「よしよし。いい女だったよぉ。ばっちゃ、年甲斐もなくどきどきしてトキメいてしまったよ」
「ううぅぅぅぅう! 今度はいけると思ったのにいぃぃぃ! なによ生涯を共にすると決めた者っでえぇ! うらやまじいぃ!」
「まぁあの手の純愛は入り込む余地ないからなぁ。仕方ない」
「わだじとげっごんじだぐでぎだんじゃないのおぉぉ」
「あらあら。鼻水すごいねぇ。はい、ちーん」
媼はかぐやの鼻に紙をあてがいながら、どうしたものかと考えていた。
「もう少し軽そうで現実味のある相手がいたらいいのにねぇ」
「うん……。でも私、変わるって決めたの。こんなことでへこたれてる場合じゃないわ」
ひときしり泣いたかぐやは、上体を起こして自分で鼻をかんだ。
そう、自分は大人にならなくてはいけない。一人の足でちゃんと立って、もう甘えなくても大丈夫なんだと翁と媼にみせつけて安心させたい。こんなことでめげていたら今までの自分と同じだ。
「かぐや……! 失恋を乗り越えて強い女へと成長したのね……!」
真剣な面持ちをしているかぐやをみて、媼は感動した。
「次よ! 私は新しい恋に生きるの。まだ三人も残っている。余裕よ余裕!」
「その意気で頑張りんさいかぐや」
媼はかぐやを部屋に残し、例のごとく翁とともに障子の隙間から様子を窺う。
広い空間にひとり残されたかぐやは、正座をして瞑想を始めていた。次にどんな殿方が現れようと、いままで二人を相手にして学んできたことを最大限に生かし、必ず心を落としてみせる。
大きく鼻から息を吸い、小さく口から吐き出す。それを交互に繰り返しながら、いままでの反省点を考える。石作さんは完全にかぐやの気の緩み。おっさんを捨てて乙女になりきれなかった自分が悪い。殿方相手が初めてということで緊張していたが、それを踏まえても自制心が足りなかった。反省しよう。学んで賢くなるの私。
次に、車持皇子だが、これはいい女を演じすぎたかもしれない。まぁ許嫁がいる時点で、試合前にすでに敗北しているようなものだが。チャンスはあったかもしれない。最後に帰してしまったのがいけなかったか。反省しよう。失敗して強くなるの私。
これで反省はした。瞼を開いて襖をまっすぐに捉える。かぐやの気は熟している。次はどんな殿方が現れるのか、期待と不安を膨らませながらじっと待っていると、襖が開いた。
そこには髪をぼさぼさに生やし、ぼりぼりと頭をかきながら襖を開く男がいた。服を着崩しすぎておへそが見えている。その男はけだるそうに声を出した。
「う~っす。あべっちでっす。あ、本名は右大臣阿倍御主人つって、長ったら――」
かぐやは猛スピードで襖を閉めた。
「却下!」
安倍御主人の見合いは敢え無く終わった。