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その男、石作皇子

 かぐやは一人、自室で黙禱(もくとう)していた。


 胸の高鳴りが、襖の向こう側まで聞こえてしまうのではないかというほどバクバクしている。


 それもそのはず、殿方とは仕事上での会話がほとんどで、こういった見合いや恋愛の話など、人生で一度も面と向かってしたことがない。お酒でも入っていれば少しは緊張はほぐれるかもしれない。いや、悪酔いするだけか? うーん。そんな風に身を強張らせて考え事をしていると、襖の向こう側から声が聞こえた。



「失礼します」男性の声だ。



「は、ははははははははひぃっ⁉」


 いきなりすぎて声がうわずる。まだ心の準備ができていない。


「? あなたのお姿、一目この眼に映し出さんとすべく、京より参った石作皇子(いしづくりのみこ)と申す。この襖を開け、噂にきくあなたの荘厳美麗な容姿、拝見してもよろしいか?」


「あわわわわわわ」


 かぐやはパニックに陥っていた。なにをどうしたらいいのかわからない。障子からこっそりと様子を窺っている翁と(おうな)にヘルプの目線を送る。


(ど、どどどどうしたら……⁉)


(落ち着くのよかぐや、さっき教えたことを思い出すのよ……!)


 媼の目線での言葉に、かぐやは先ほど媼と二人で会話したときのことを思い出す。



『いい? かぐや。あなたはばっちゃと違って美人なんだから自信を持ちなさい。よほど性格ブスでなければ大半の男は落とせる。テンパってあることないこと言わないこと。ただ落ち着いてしっかりしていれば大丈夫』



 よし……。


 かぐやは頬を叩き気合を入れ、震える喉でやっと声を出す。



「どうぞ……」


「では、失礼する」



 そういわれて目の前の襖が左右に分かれ、開かれる。そこに立っていたのは凛々しい殿方だった。互いに目があう。よくみると、頬がほんのりピンク色だった。


「おや、これは噂に違わぬ麗人。お美しい」

「いえ、そんなことは……。あなた様も眉目秀麗かつ凛々しき佇まい。さぁ、こちらにおかけになって」


 緊張で手先が震えそうなのをぐっとこらえ、かぐやは目の前にある座布団に手を添えて促した。


「これは丁寧な心遣い、感謝致す」


 赤い座布団に腰を掛け、石作はかぐやの顔をくぎ付けにされたかのごとくみつめる。


「あの……なにか?」


「あっいえ、失礼した」


 咄嗟に石作は目線をそらした。


「…………」


「…………」


 突如現れる沈黙という名の気まずい空間。かぐやの心臓はそんな静寂な中でもばくばくと強く鼓動していたが、その空間は冷たく凍りつきそうなほど無音だった。


「こ、こういうとき俗世ではお互いのことを知るべく、趣味などを訊きあうものだそうだ」


 静止世界に耐えられず石作は愛想笑いをしながら乾いた口を動かした。


「お、おほほほほ。そうですの?」

「ええ。なんでも、合コン、などといって複数の男女で談笑しあうとか」

「それは、なんとも滑稽……じゃなくて面白そうですね」


 見合いを複数人でやるとは、俗世の人間は変なことを思いつく。しかし、複数人でやれば先ほどのような空気になっても自分から動くことなく、周りに任せられるのではないか?


――気づいてしまった。合コンという、一見おかしな体裁をもつ見合いが、実は理に適った男女交際を援助する確立されたシステムだということに!


 当然、かぐやは合コンなどというものに行ったことはない。今その存在を知ったのだった。


「それに倣ってみるのも一興。どうですかな?」


「ふふっ。面白そうですね。やってみましょう?」


 かぐやはそう微笑むと、自然と肩の力が抜けた。ちょっと緊張が解けた。その美しくも愛らしい笑顔に耽美的になりつつも、石作はかぐやが落ち着いたことを確認し、にこやかに会話を続けた。


「ありがとうございます。では、あなたのご趣味は?」


「趣味、ですか。そういわれると言葉に詰まりますね……」


「もっと砕けてもいいかと。いっそのこと、敬語をやめてお互い開放的になったほうがいいかもしれません」


「本当?」


「はい。もっと心の距離を近づけたく思う心持ち。かしこまり過ぎても如何かと。――それで、ご趣味は?」


「ふふっ。そんなこと言われたのはじめて……」


 かぐやの心は若干彼に惹かれはじめていた。堅実そうでいて、俗世のものにも頭ごなしに否定するのではなく、柔らかな思考で受け止め自分の考えを持っている。真面目で相手への気配りもできる。胸の中に先ほどとは違う高揚感が押し寄せてくる。ちょっとした幸福感。



 だがしかしそれは、かぐやを調子に乗らせてしまういたずらな感情でもあった。



「趣味? そうね。私は居酒屋でおっちゃんや渡上くんに絡んでいる時が一番楽しいわ。あそこのビールと厚揚げ、そのあとのあたりめが特に最高よ! この間なんか、渡上くんが焼き鳥にまぶす塩を砂糖と間違えちゃって大爆笑しちゃったわ! おいおいそんな古典的な間違いするんかーいって! 本当に楽しい気分になるわあの店。微分積分いいきぶ~ん、なんつって!」



 口を大きく開けてかぐやは大爆笑した。



「えっ」


 目の前の容姿端麗なる美人のデリカシーない姿に、石作は目を丸くした。


「あっ」


 その確実に引いているであろう彼の引きつった顔に気づき、かぐやの笑い声はラジオの電源がいきなり抜かれたように途絶えた。


「や、えっ。い、いまのは違っ」


 なんとか弁解をしようと手を振るかぐやだが、そのおっさんくさい内心を露呈してしまった事実は拭えなかった。


「あ、えっと……。よ、用事を思い出したので今日はこれで失礼する!」


「あ、ちょっ! ちょっと待って! 待っ――」


 ぱたん、と襖の閉まる小気味いい音が鳴る。



 石作皇子は、恥を捨てて逃げ去った。

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