第98話 それぞれの朝
目が覚めた瞬間、脳の奥に澄んだ冷たい水を流し込まれたような感覚があった。
まっすぐに、今日という日を思い出した。
──旭丘戦。準決勝。全国への扉が、目の前にある。
胸が騒ぐわけじゃなかった。むしろ、静かだった。
不安も高揚も、昨日の時点で使い果たしたように思えた。
今あるのは、ただ「やるべきことがある」という確かな感覚だけ。
起きて、顔を洗って、鏡を覗く。
少し日焼けした顔。練習で擦り傷のついた指。
見慣れた風景の中に、ほんの少しだけ、“覚悟”の色が差している気がした。
(あの時の俺だったら──きっと、こんな気持ちでは立てなかったかもしれない)
ケガをして以後、何事も上手くいかずに、挫けてばかりの人生を過ごしていた――そんなあの頃のままの俺なら、こんな大舞台で“背負う”なんて、できなかった。
でも今は──違う。
春日がいる。仲間がいる。先輩たちが任せてくれる。
そして、俺自身が、マウンドに立ちたいと思ってる。
目を閉じると、昨日交わした春日とのサインがよみがえる。
ストレート、ジャイロカッター、インローのスクリュー。
たった一球で通じ合えた時の、あの確かな手応え。
(俺たちのバッテリーで、今日も勝つ)
ユニフォームに袖を通し、バッグを背負って家を出る。
朝の空気が、少しだけひんやりとしていて、肺にすっと入ってきた。
角を曲がると、同じようにバッグを背負った先輩たち、仲間たちが歩いている。
それだけで、不思議と背筋が伸びる。
まだ始まってもいないのに、手のひらに汗がにじんでいた。
でも、それは怖さじゃなかった。戦う前の、静かな興奮だった。
(……小春、見ててくれるかな)
ふと、昨日の彼女の笑顔がよぎった。
「すごかったよ」って言ってくれたあの言葉。
俺がどんなにうまく投げても、あの一言以上に嬉しい評価なんて、ないのかもしれない。
(今日も、ちゃんと“戦ってる”って思ってもらえるように──)
深く、息を吸った。
俺はもう、あの頃の風間じゃない。
自分の球を信じて、仲間と繋がって、前を向ける。
──だから今日、勝ちに行く。俺たちで、勝つ。
◇
朝、目が覚めて最初に思ったのは──「夢じゃなかったんだ」ってことだった。
風間くんが、春日くんとバッテリーを組んで、一軍の試合で勝った。
あのグラウンドで、堂々と投げて、勝利を引き寄せた。
……ほんとうに、すごかった。
布団の中、まだほんのり温もりの残る空気のなかで、昨日の光景が何度も頭の中をぐるぐるする。
スタンドから見た風間くんの姿。
春日くんとグラブをぶつけ合って笑ってた、あの横顔。
(“楽しかった”って、言ってたもんな)
ふと、胸がちくりと痛んだ。
昨日、私に言ってくれたその言葉は、心のどこかで嬉しくて。
けど、その奥に、少しだけ──届かない場所にいるような寂しさもあった。
──これが、風間くんの選んだ場所なんだ。
私とは違う場所で、私にはわからない緊張と責任の中で、それでも楽しそうに戦ってる。
きっと、風間くん自身も変わっていく。
それを見守るのが、こんなに心が揺れることだなんて、知らなかった。
制服じゃなくて、今日は私服。
昨日と同じように応援団の引率を手伝いながら、私はもう一度、心の中で言い聞かせる。
(……しっかりしなきゃ)
勝手に近づいて、勝手に不安になって、勝手に落ち込んで。
そんなのじゃ、きっと風間くんの隣にはいられない。
(応援するって決めたんだから。ちゃんと、最後まで見届けるって決めたんだから)
鏡の前で、髪をまとめる。
リュックの中には、昨日と同じ応援ボードとタオル。
だけど、昨日とは違う。今日の私は、少しだけ前を向ける。
(今日も、ちゃんと戦って。風間くん)
小さく呟いた声は、自分に向けたものでもあった。
ただの“同級生”でいたかったわけじゃない。
でも今は、ちゃんと「応援してる人」でいたい。
その先に、もし何かがあるのなら──
(……私は、ちゃんと伝えたい)
スタンドの最前列。
きっとまた、背番号1番のユニフォームが見える。
今日も、全力で応援する。どんな気持ちを抱えたとしても、心から。
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:135km/h
コントロール:C(66)【↑】
スタミナ:C(65)【↑】
変化球:ストレート2,
カーブ2,
スクリュー2,
ジャイロカッター4
守備:D(57)
肩力:D(57)
走力:D(55)
打撃:ミートD(51)、
パワーD(50)
捕球:D(55)
特殊能力:元天才・逆境○・
ピッチングの心得(Lv2)・
継続○・意外性・対強打者○・
打撃センス○・
ノビ◎・
強心臓・
スライディング・
未来への一歩・
選球眼・リベンジ・
負けないエース・
投打躍動・緩急◎
成長タイプ:元天才型
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