第95話 夕焼けと小春
着替えを終え、ロッカールームからグラウンド脇の裏道に出ると、夕方の風が少しだけ火照った頬を冷ましてくれた。
試合に勝った。準決勝進出。
それなのに、不思議と実感が湧かなかった。勝った、というより「まだ実力不足だ」と思ったからかもしれない。
そんなことを考えていると──
「風間くん!」
名前を呼ばれて振り向くと、スタンドの通路のほうから、小春が走ってくるのが見えた。
ユニフォーム姿じゃない、私服の彼女。
応援団の引率でも手伝ってたのか、背中にはタオルと応援ボードが抱えられている。
「お疲れさま!」
「……小春」
俺が声をかける前に、小春は立ち止まり、少し息を切らしながらも笑った。
「すっごかったよ。バッテリー、めちゃくちゃ良かった」
「……ありがとう」
その一言が、妙に心に響いた。
「春日とバッテリー組んだの、ちゃんとした試合じゃ初めてなんだけどさ。……楽しかった」
「うん、見ててわかった」
そう言って、小春は目を細めた。
「風間くんの球、前よりずっと伸びてたし、春日くんとのテンポも良くて……なんか、“戦ってる”って感じだった」
その言い方が、なんだか不思議と嬉しかった。
「……あ、えっとさ」
小春が急に視線を逸らして、タオルの端をぎゅっと握った。
「試合前に話せなかったから……終わって、ちゃんと伝えようと思って」
顔を上げる小春の目が、まっすぐ俺を見ていた。
「風間くんが、今すごく注目されてること、知ってる。今日だって、取材受けてたでしょ?」
「……まあ、少し」
「でも、それで……急に距離ができたら、やだなって思ってた」
「……」
「今日の風間くんを見て、やっぱり思ったんだよ。すごいなって。でも、それと同時に──」
一度言葉を止めて、笑いながら首を振る。
「……私、馬鹿だなあって思って」
「え?」
「だって、すごいすごいって応援してるくせに、それでちょっと寂しくなったりもして。……ほんと、勝手だよね」
その“泣き笑い”みたいな顔が、妙に胸に刺さった。
何かを言おうとしたけど、上手い言葉が出てこなかった。
「……でも、ちゃんと応援してる。だから、次の試合も、絶対見に行くからね」
それだけ言って、小春はほんの少しだけ俺の袖を引っ張って──すぐに手を離した。
「がんばって、風間くん」
そして、ふわっと笑ってスタンドへ戻っていった。
夕焼けが、スタンドをゆっくりと赤く染めていく。
次の試合は、もっと強い相手だろう。
でも──もう、何も迷わない。




