第91話 降板
三回裏。マウンドに上がった俺は、ベンチからの視線を背に立った。
追加点は奪えなかった。だけど、まだリードは4点ある。ここをしっかり抑えれば、流れを渡すことはない。
(落ち着け……春日がいる)
キャッチャーミットが静かに構えられる。いつも通りの春日。何も言わずとも、そこにある安心感。
バッターは一番。初回に抑えたが、警戒は怠れない。
一球目、アウトローへストレート。バットは振らず、ボール。
二球目、スクリューでタイミングをずらす。空振り。
三球目、ジャイロカッター。バットに当てられたが、セカンドゴロ。倉田先輩がしっかり捌いて、一塁へ。
「ワンアウト!」
まずは先頭をしっかり切った。春日が軽く頷いて、俺にサインを送る。
二番打者。先ほどヒットを打たれている。甘く入れば危険だ。
初球、カーブ。高めに浮いてしまい、打球はライト線へファウル。
二球目、インコースの速球で詰まらせる。打球はファースト方向へのライナー──神宮寺先輩がダイビングキャッチ!
「ナイスプレー!!」
スタンドから拍手が起こる。ベンチも湧いた。俺は、グラブを軽く掲げて神宮寺先輩に感謝を示した。
(守備にも支えられてる……気を抜くな、あと一人)
三番。クリーンナップの中心。ここは絶対に抑えたい。
春日がサインを出す。初球、外角スライダー。
しかしバッターが反応し、強烈な打球が三遊間を襲う──
「先輩っ!」
ショートの猫宮先輩が軽快に飛びつき、一回転して一塁へ送球──アウト!
美技だった。スタンドの応援がひときわ大きくなる。
ベンチに戻ると、猫宮先輩が肩を軽くすくめて言った。
「1年生コンビが頑張ってるんだ、二年生の僕も頑張んないとだろ?」
俺は笑って、首を振った。
「助かりました。めちゃくちゃ派手でしたよ」
春日が横で笑いながらマスクを外す。
「……なあ風間。今の守備、アレ絶対甲子園に出たら映えるやつだろ?」
「たしかにな」
余裕を取り戻した空気の中、俺たちは静かにベンチに腰を下ろした。
◇
3回裏を無失点で切り抜け、俺と春日はベンチに戻った。観客席からも拍手が起こり、ベンチの空気もどこか落ち着きを取り戻していた。
その流れに乗るように、攻撃陣もじわじわと調子を上げていく。
5回表、先頭の神宮寺先輩が鋭いライナーで右中間を破るツーベースを放ち、矢代先輩が送りバントで繋ぎ、一死三塁。ここで7番の新しい二塁手の先輩が落ち着いて犠牲フライを打ち上げ、1点を追加。
6回表には、猫宮先輩がショートの頭上を越すタイムリーヒットを放ち、さらに1点。スコアは6対0となった。
──そして6回裏、俺が打者を打ち取りベンチへ戻ると、コーチ陣から7回からはリリーフ投手である三年の先輩が登板することに決まった。
同時に、俺とバッテリーを組んでいた春日は、ここでベンチに下がることに。代わって、笹原先輩がマスクを被る。
「交代だ。春日、いい仕事だった」
「はい。……ありがとうございました」
ヘルメットを脱いで一礼した春日は、深呼吸してからベンチに腰を下ろす。それを見て俺は、笑いながら小さくガッツポーズを見せる。
「上出来だったな」
「……ああ。だが、まだ終わってない。ちゃんと勝って、俺らの“次”に繋げたいな」
その言葉に、俺は静かにうなずいた。




