第9話 目標と確かな進歩
春が、ゆっくりと近づいていた。
まだ冷たい朝の空気を、肺いっぱいに吸い込む。空が薄暗い時間、俺は今日も走る。町の路地を抜け、公園を通り抜け、ただ無心に――。
走ることは、もう日課じゃない。俺の中では“日常”になっていた。
二週間前、本格的なトレーニングが始まってから、俺の毎日は一変した。
ケガのしにくさ×というスキルに怯えながらしていたトレーニングを、永井さんの指導の下で適切な量をこなしていく事で確かな手ごたえと、成長を感じられた。
「フォーム、だいぶマシになってきたな」
ランニングを終え、永井さんの家のトレーニングルームで素振りをしていると、彼がぽつりとそう言った。
「お、珍しいですね。褒めました?」
「褒めてねぇよ。……いや、ちょっとだけ褒めてやる」
永井さんはニヤリと笑い、俺のスイングを横目に続ける。
「初日なんか見てられなかったからな。振るたびにグラグラ、バットに振られてるようなスイングだったのが、今じゃ芯を振れてる」
「毎日振ってますからね。一日千本、昨日は千三百までいけました」
「バケモンか、お前……。いや、違うな。バケモンになりかけてる、か」
彼の目が少しだけ鋭くなる。けれど、そこに宿る光は、ほんの少しの期待だ。
最初は、腕立てもスクワットも10回が限界だった。それが今では、30回を5セット。素振りもフォームも改善されてきた。
何より、体が軽い。昨日までの俺を、今日の俺が追い越していく感覚。
「けどな、ただの努力じゃここまで来れねぇ。お前、なんでそんなにやれる?」
唐突な問いだった。俺は一瞬、言葉に詰まる。
……けれど、それでも答えは、心の奥にずっとある。
「あの日、笑われたグラウンドで。……ボールを打ち返された音が、今でも耳から離れないんです」
俺は静かに続けた。
「あいつらに“無理”って言われたのが、悔しくてたまらない。だから、止まったら負ける気がして……」
「それだけか?」
「……いいえ。実は、もうひとつ、どうしてもっていう理由があるんです」
心の底から湧き上がる、もうひとつの“想い”。
――この体は、俺のものじゃない。
本当の風間拓真。あの少年が、どんな夢を見て、何を思っていたのか、すべてはわからない。
けれど、この体に宿った瞬間、確かに感じた。
悔しさ、悲しさ、折れた誇り。それでも、手放せなかった“何か”が、この胸に残ってる。
「俺は、あいつの分まで未来を見たいんです。風間拓真が諦めた未来を、俺が掴む」
しばらく沈黙が落ちた。けれどそれは、重くも、暗くもなかった。
「……いい目をしてるな」
永井さんが、ぽつりと呟き、俺の肩を叩いた。
「なら、そろそろ次の段階に進むぞ。明日からは、バッティングだけじゃねぇ。ピッチングもやる」
「ピッチング……!」
「ああ。お前のフォーム、そろそろ“投げる”準備はできてる。体幹ができて、肩と股関節の使い方も覚えた。球速も……109。あと1キロで110だ」
「マジですか!?」
「マジだよ。で――目標は、これだ」
永井さんが手にしていたメモを差し出してきた。
『第一目標:早実野球部に入部』
「……っ!」
「知ってるだろ? 早実の野球部に一般で入るのが、どんだけ狭き門か。特待生以外は、よっぽどの実力か根性がないと続かない。けど、そこに入ることができたら――見返せる。堂々と、胸張ってグラウンドに立てるぞ」
「……やります。絶対、入ってやります!」
拳を握った。その目標が、俺の中でひとつの炎になった気がした。
走るだけだった毎日が終わる。今度は、投げるために、打つために――本物の戦いが始まる。
この身体を借りた以上、過去も未来も背負ってみせる。
“風間拓真”はもう、過去じゃない。今を走る、俺自身だ。
――そして、そのときだった。
脳裏に、何かが走った。
青白い光が視界の端で弾ける。
次の瞬間、俺の中に何かが満ちた感覚があった。
【スキル『継続○』を獲得しました】
《一定期間、トレーニングを継続することで全成長値が1.2倍になる。》
――成長が、始まる。
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)球速:109km/h
コントロール:F(20)
スタミナ:F(32)
変化球:ストレート1
守備:G(12)
肩力:F(23)
走力:F(25)
打撃:ミートF(39)【↑】、
パワーF(35)【↑】
捕球:G(13)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ×・逆境○
ピッチングの心得Lv1・
継続○【new】
成長タイプ:元天才型
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