第88話 バッテリー
ベンチに戻ると、金城先輩が軽くタオルを投げてくれた。
「ナイスピッチ、風間。あのインハイ、よく投げたな」
「ありがとうございます」
胸の奥にまだ熱が残ってる。ヒットは打たれた物の、俺は──春日と野球が出来てやっぱり、楽しかった。
春日が少し遅れてベンチに入ってくると、マスクを外しながら俺に近づいてきた。
「やっぱりさ。お前の球、面白いわ」
「……面白い、ってどういう意味だよ」
思わず笑ってしまった。春日はベンチの端に腰を下ろし、グラブを膝に置いて、真面目な顔で言った。
「ストレート、前より伸びてるし、あのジャイロカッター……。マジでエグい。打者が、完全に目線を持ってかれてた」
「今日、お前のサインがすげー分かりやすかった。なんか……タイミングが合うなって思った」
「俺も。同じこと思ってた」
ふたり、自然と笑い合った。騒がしい周囲の声が、少しだけ遠くなる。
「佐野先輩とは、比べられないけど……」
「違うタイプだからこそ、いいんだよ」
俺は、そう答えた。今の気持ちに、嘘はなかった。
──この試合、春日となら、きっと乗り切れる。
ふと視線を感じて顔を上げると、先輩達がこちらを見て、軽く親指を立てていた。
◇
2回表、再び俺たちの攻撃が始まる。
相手ピッチャーの表情は、既に初回とは違っていた。慎重で、呼吸が浅くなっている。初回に3点取られたプレッシャーがにじんでいた。
(まだ押し込める──流れはウチにある)
そして、打席は8番──俺。
(必ず、“芯”で打つ)
初球、外角低めのスライダー。見送り、ボール。
二球目、甘く浮いたストレートを叩く。バットに乗った打球はライト前にポトリと落ち、クリーンヒット。
「ナイスバッティング風間っちー!」
ベンチから猫宮先輩の声が飛ぶ。ノーアウト一塁。
続く打席は──9番、春日。
急遽一軍に昇格したばかりの春日にとって、ここは正念場。
(……お前なら打てる。焦らず行こう、春日)
春日は小さく深呼吸し、静かに構える。
初球、送りバントの構えからスッとバットを引き、見送ってストライク。
二球目、再びバントの構え。今度はしっかりと当て、ボールはピッチャー前へ転がる。
「バント成功!」
きっちり一死二塁の形を作って見せた春日に、ベンチから拍手が湧いた。
(春日……ナイスプレー)
ここで迎えるは一番、猫宮先輩。
「はいはい、僕の出番ね」と冗談めかしながらも、目は鋭く研ぎ澄まされている。
カウント1ボールからの二球目、外角スライダーを逆らわず弾き返す。
打球は三遊間を鋭く抜けた──!
「よっしゃ! 走れ!」
コーチの合図に従いホームへ駆け込むと──1点追加、スコアは4-0。
(……流れは完全にこっちだ)
ベンチが総立ちになる中、俺はベンチで拳を握る。




