第4話 妹とバッティングセンター
部屋に戻ってからというもの、ひとまず机や棚の中を漁って、自分という存在を確認する作業を続けていた。
——この身体が、今は自分だ。
そう実感できるようになるには、やはり時間が必要だ。部屋に並ぶ漫画、ノート、昔の成績表。どれも“俺”のものではないけれど、今の“俺”には必要な情報だった。
そんな時、ドアがノックされた。
「お兄ちゃん、暇ならちょっと遊ばない?」
妹だった。声に覇気がある。俺の知っていた家庭では、そんな風に誘ってくれる相手はいなかった。
「んー……どこ行くんだ?」
「バッティングセンターとかどうかなって思って! あ、でも……お兄ちゃん、そういうの苦手だったっけ?」
「いや、行こう。そういうの、久しぶりでな。楽しそうだ」
そう答えると、妹はぱぁっと笑った。
「へぇ~、お兄ちゃんが運動する気になるなんて珍しい」
昔は左肩が壊れてから、全力で体を動かすこと自体が苦痛だった。だが、今の俺は——この体は、少なくともまだ壊れていない。
俺と妹は連れ立って、駅近くにある小さなバッティングセンターにやってきた。俺が前世の小学生だった頃に父親の気まぐれで一度だけ行った記憶があるような、昔ながらの施設だった。
「じゃあ、私が先にやってみるね!」
妹がバットを握り、打席に立つ。モニターで球速を選び、ゆっくりとしたボールが発射された。最初の数球は空振りしていたが、一球が芯を捉え、鋭くネットに突き刺さった。
「やった! 当たった!」
妹がこっちを振り向いて笑う。
「すごいな。よく見えてたな」
「えへへー。でもお兄ちゃんの番だよ。がんばってね!」
バットを受け取り、俺は打席に立つ。バットの感触、土の感覚、目の前のネット……すべてが懐かしくて、胸に熱いものがこみ上げる。
「お兄ちゃん、なんか構えが格好いいかも!」
そう妹に言われたが、肝心の体がそれに追いつくかは別問題だった。
——第一球。
ボールが来る……のが、見える。縫い目まではっきりと。
だが、バットは空を切った。タイミングも、スイングスピードも、まったく合わない。
(遅いはずなのに……全然、当たらない……!)
二球目。今度はスイングを早めて、ようやくバットにかすった。ゴロにもならないほどの当たりだったが、それでも感覚を探るには悪くなかった。
何球、何十球と打ち続けた。結果はほとんど空振り、たまにボテボテのゴロ。
——そのとき、不意に。
ピロリン♪
耳元で効果音のような音が鳴り、視界に光が走った。
《ミート+1》
「……!」
慌てて、脳内のステータス画面をイメージする。
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名前:風間 拓真
ミート:G(7)→G(8)
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「……マジか」
ちゃんと、上がってる。あのときの音は気のせいじゃなかった。
練習すれば、上がる。成長できる。
この現実がたまらなく嬉しくて、俺はもう一度バットを握り直した。
しかし、そこで自分のステータス画面にあるスキルが有る事に気が付く。
それは――
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ケガしにくさ× :疲労具合に応じて、練習時にケガをする可能性が3%上昇する。
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思わず上空を仰ぎ見る。
かつて、自分がケガで故障した因果だろうか?
そんなスキルが表示されている事に悔しさを覚えたが、同時にこれを機会に今度こそは自分の体を労わりながらトレーニングを積むことを固く誓う。
そんな事を考えていると、声がかけられた。
「お兄ちゃん、もう疲れちゃった?」
「……いや。もうちょっとやる。今度は、前に飛ばす」
もう一度バットを構える。肩の力を抜き、ボールに集中する。
——次の一球。
来る。今度は、しっかり見えた。体が自然に動く。
——ガキィィィィンッ!
乾いた金属音が響き、打球は真っすぐ天井へと伸びていった。ネットの上部に突き刺さり、跳ね返って戻ってくる。
「うそ……お兄ちゃん、今の……!」
妹が驚いた声を上げた。俺自身も驚いていた。芯を食った、完璧なスイングだった。
「……打てた」
自然と笑みがこぼれる。懐かしくて、新しい。震えるような感覚だった。
《ミート+1》
また、光と音。今度ははっきりと意識できた。
たった1本。でも、この1本は俺にとって特別な意味を持っていた。
「やったじゃん、お兄ちゃん! 今の、ホームランだったよ!」
弾んだ声が、心に染みる。
——たとえ一歩ずつでも。俺はまた、野球と向き合える。
そして、俺という存在を、ここからまた作っていくんだ。
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<ステータス>
名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:106km/h
コントロール:G(8)
スタミナ:G(3)
変化球:ストレート1
守備:G(2)
肩力:G(4)
走力:G(5)
打撃:ミートG(9)【↑】、パワーG(6)
捕球:G(3)
特殊能力: ・元天才 ・ケガしにくさ×
成長タイプ:元天才型
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お読みいただき、ありがとうございます!!
本日中に6話まで1時間ごとに更新予定です。