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第3話 元天才の目覚め

 頭の中に鳴り響いた音が本当だったのか、確かめておきたい。

 

 そう考えた俺は朝食を食べ終えた後、タオル片手にリビングから庭へと外に出た。

 

 外に出ると、空気は冷たく澄んでいた。グローブもボールも使わず、一人きりの練習。


 タオルを手に持ち構え、振りかぶる。


「……っ、はっ!」


 ヒュッ、と軽快な音を立ててタオルが風を裂く。


 何回も、何十回も――ただ黙々と投げた。


 汗が背中を伝うころには、肩がじんわりと熱を持ち始めていた。


【肩力が1上がりました】


 唐突に、脳内に音声が鳴り響いた。


(……やっぱり、本当にゲームみたいな世界なんだな)


 前世の記憶が蘇ってから、ステータスが数字で見えるようになっていた。


 それでも、1という小さな進歩が妙に嬉しくて、俺はほっと息をついた。


 そのまま浴室へ直行し、さっと汗を流す。


 体を拭きながら、ふと鏡に映る自分の姿を見る。


(……こいつの人生、ちゃんとやり直さないとな)


 タオルを首にかけ、静かに自室へ戻った。


 机に向かいながら、ふと、引き出しに手を伸ばす。


(なんでだろう……開けなきゃいけない気がした)


 カタン、と乾いた音。中から、一冊のノートが姿を現す。


(これ……?)


 表紙に名前はない。ただ、どこか使い込まれたような、重たい気配がした。


 ページをめくる。


 ――もう、どうしようもない。どんなに頑張っても、俺は無力だ。

 ――嫌われて、笑われて、イジメられて……学校に行くのが怖い。


 一行一行が、胸に刺さる。


(……俺だ、これ)


 次第に確信に変わっていく。このノートの筆跡、文体、苦しみの色――すべてが、かつての俺そのものだった。


 ――せっかく高校受験で少し離れた学校に入ったのに、またアイツと同じ学校になって絶望した。

 ――ごめんなさい。本当に今までありがとう。


 最後のページ。そこに綴られていたのは、絶望の果ての、別れの言葉だった。


「……そっか、お前、逃げたかったんだな」


 涙が、勝手にこぼれた。


 思い出す。肩を壊して、何もできなくなった自分。夢を失い、誰にも相談できず、孤独の底で呼吸だけを繰り返していた、あの頃の俺。


(でも、もし――)


 もし、今ここにいる自分が、その少年の“続き”なんだとしたら。


(……俺が、もう一度生き直してやる)


 拳を握りしめた瞬間――脳内に、電撃のような音が鳴り響いた。


【前世と現在の体の繋がりが強くなりました】

【スキル『元天才』が発現しました】

【 元天才:前世の記憶を元に、野球に関する成長率へ補正がかかる 】


「なっ……スキル……?」


 目を見開いたまま、俺は呆然と立ち尽くした。


 野球――かつて命をかけて追いかけたもの。壊れて、諦めて、置き去りにしてきた夢。


 それが今、再び俺の元に返ってきた。


 ノックの音がした。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 妹の声。心配そうな響きだった。


 俺はノートをそっと閉じると、呼吸を整えて答えた。


「うん、大丈夫。……ありがとう」


 机の上のノートに目を落とす。


 ――あの日、夢を諦めた少年の続きを、今度こそ俺がやり遂げてやる。


「絶対に、やり直してやる。俺はもう逃げない」

 

 それが、新しい人生の、最初の決意だった。

お読みいただき、ありがとうございます!!


本日中に6話まで1時間ごとに更新予定です。


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