第29話 マウンドへ
六回裏の攻撃が終わった直後だった。
「風間!」
ベンチ裏のブルペンにいた俺に、低く太い声が飛んできた。
振り向けば、鬼島監督がこちらに歩いてくる。
「七回、投げろ」
……きた。心臓が跳ねた。
「はい!」
即答して歩き出すと、グローブを握る手に微かに汗がにじむ。
──このチャンスを、絶対に逃すわけにはいかない。
「風間!」
背後から声をかけられて振り向くと、春日が険しい顔で立っていた。
「お前なら絶対やれる! 今まで積み上げてきたもん、全部ぶつけて特待生達に見せつけてこい!」
「……あぁ、任せろ!」
拳を軽く合わせて、ベンチの方へと向かう。
マウンドへ上がる前に、キャッチャーの先輩──二軍の正捕手である2年の佐野さんが待っていた。
「よろしくな、風間。球種はストレートとカーブ、それとスクリューだったな?」
「はい、サインは一通り覚えてます」
「よし、軽くでいい。ストレートを三球投げて調子を見よう」
軽く頷いてマウンドで投げ込み開始。最初の一球は少し浮いたが、二球目、三球目でしっかり感覚を取り戻していく。
球に対する指のかかり方も問題ない。
「いけるな。行こう」
佐野さんの合図で、改めてロジンバッグを手に取る。
相手は、実力ある中堅校の三年生たち。9点差のリードはあるとはいえ、彼らにとっては最後の年の練習試合だろう。
──このまま7点差以上ついているせいで、コールドゲームを適用されて終わってたまるか。そんな気迫が、打席に立つ選手たちからビンビンに伝わってくる。
だが俺は、そんな彼らに飲まれるつもりはない!
試合中に見てきた、相手の癖。バットを握る位置、足の開き方、タイミングの取り方。
──全部、覚えてる。
集中しろ――そう考えていると、脳内でアナウンスが流れた。
【対強打者○が発動します。球速が+2、変化球の変化量が+1されます。】
「プレイ!」
一人目。4番を打っていた、どっしりとした構えの左バッター。
初球、渾身のストレートがうなりを上げて外角高めに決まる。
「ストライークッ!」
やや浮いた球だったが相手は見逃し、タイミングを取るために何度か素振りし直していた。
二球目、外角低めにカーブした球は――風を切りながらスイングされたバットの芯を外し、ファウルとなる。
三球目、今度は胸元に内角を意識させるストレートだったが、ボールふたつ分外れてボール。
そして、四球目っ──渾身の力を込めたスクリューは……相手バッターのタイミングを綺麗に外し、空振りに仕留めた。
「ストラーイク! バッターアウト!」
審判の声と同時に、相手バッターが悔しそうに顔を歪めると、ネクストバッターサークルの打者に耳打ちしていた。
「ナイスボール! やるじゃねえか、風間!」
「いいぞー風間ぁ!」
「もっと後ろに飛ばしてもいいぞ!」
ベンチから、そしてグラウンドから、先輩たちの声が飛んでくる。
高鳴る心臓を抑えながら、二人目へ。
相手は、右の強打者。初球からバットを振る気満々の打者だ。
……点差もあって焦ってるな。こういうタイプには、落ちる球が効く。
そう考えていると、先輩からも想像通りの球が要求される。
スクリューを低めに──ズバッ。
相手のバットが豪快に空を切る。
次はボール球のカーブで泳がせて、最後はスクリューをインサイド寄りに――。
――豪快に振られたバットがボールへ当たった瞬間、詰まったニブイ音がグラウンドに響き渡る!
「センターッ!」
打ちあがった打球を、佐野先輩の指示を受けて4番でセンターの山岡先輩がしっかりとキャッチして、ツーアウト。
ラスト一人。
相手の6番打者だが、さっきからベンチで異様に盛り上がっていた選手だ。どうやら、代打を出された三年らしい。
最後の意地、ってやつだろう。その眼にはやる気が満ちており、ベンチの声も未だ枯れてはいなかった。
そんな中、俺は佐野先輩の指示に従い落ち着いてカーブを選択。
初球、空振り。
次もカーブ。今度は見送られて、ストライク。
追い込んでから──外角へ緩く、浮かせすぎないようにッ!
「カキンッ!」
ニブイ音と共に飛んだ打球は、フラフラと上がって、セカンドの後方へ。
「セカンド、バーック!」
佐野先輩が大声を上げる中、セカンドの先輩が落ち着いてキャッチしてみせた。
それを見て、思わずガッツポーズする。
──ゲームセット。
「ナイスピッチ!」
「やったな、風間!」
先輩たちに笑顔で称えられながら、俺は肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
……投げきった。
気づけば、指先に力が入っていた。緊張のせいか、それとも――達成感のせいか。
「風間、ナイスピッチング!」
「しっかり抑えたな、上出来だ!」
ベンチへと戻る俺に、出場していなかった先輩たちも笑顔で迎えてくれる。
嬉しかった。単純に、それが素直な気持ちだった。
佐野さんが俺の背中を軽く叩きながら言う。
「一人目のスクリュー、よくあそこに決めたな。球筋見た時、ゾクッとしたぜ」
「ありがとうございます!」
「お前さ、もうちょい自信持ってもいいぞ。あの三人を無失点で抑えたのは、マジで大きいからな」
……うん、自分でもそう思いたい。
だけど、まだ浮かれてる暇はない。今日一日だけじゃ、何も変わらない。
ただ、これが“始まり”になればいい。
そんなふうに考えていたとき――
「……おいおい、あれで本当に一般生かよ?」
「……チッ、俺が出ていたら、バットに当てさせることも無かったぜ」
ベンチの端、東大寺と安藤がそんな話をしていた。
そして、安藤は腕を組みながら、渋い顔でこっちを見てくる。
「……勝敗が決まりきってる中、ちょっと投げただけで調子乗るなよ。俺たちは最初から一軍でやる事しか考えていないからな」
安藤がそう口にすると隣にいた春日が、笑った。
「はっ、見てただけのくせによく言うよ。実際の試合で結果出したのは、風間の方だろ」
「チッ……」
安藤は不機嫌そうに視線を逸らすと、ベンチの奥へと引っ込んでいった。
東大寺も、どこか気まずそうにベンチの奥と目線を行き来させている。
……別に構わない。認めろなんて言わないし、媚びる気もない。
だけど――
「風間!」
鋭い声が飛んできた。
振り向くと、鬼島監督が腕を組んで俺を見ていた。
「次の練習試合、もう一度同じような場面があったら……お前を途中で使うかもしれん」
「え……!」
思わず声が漏れる。
けど、すぐに背筋を伸ばして頭を下げた。
「はい! 全力で応えます!」
監督はふんと鼻を鳴らして、整列に向かっていった。
春日が、俺の肩をポンと叩く。
「やっぱお前、やるときはやるな! 俺の見る目、間違ってなかったわ」
「そっちこそな。次は春日の番だ」
「へへ、楽しみにしとけって」
二人で笑い合うと、どこからか視線を感じてそっと振り向いた。
──そこには、大野がいた。
黙ったまま、目を細めてこちらを見た後、「ナイスピッチ」と小さくつぶやいた後に親指を立てていたので、親指を立て返しておく。
今日、俺は選手として立つことが出来る場所を、自分で掴んだ。
まだ小さな一歩かもしれない。でもそれは、成長を実感する確かな一歩だった。
【練習試合、完了】
【評価:A】
【鬼島二軍監督の興味を引きました】
【スクリューが2に上昇しました】
【球速が1上昇しました】
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:126km/h【↑】
コントロール:E(47)
スタミナ:D(54)
変化球:ストレート2,カーブ2,
スクリュー2【↑】
守備:E(46)
肩力:D(56)
走力:E(46)
打撃:ミートE(42)、パワーE(43)
捕球:E(44)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ△・
逆境○・ピッチングの心得(Lv2)・
継続○・意外性・対強打者○・
打撃センス○・ノビ〇・
対ピンチ〇・
スライディング・
未来への一歩
成長タイプ:元天才型
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