第23話 確かな1打
七回表。再び俺の順番が回ってきた。
バットを手に、ゆっくりとバッターボックスへと歩いていく。足が、重い。息も少しずつ上がってきていて、胸の奥がヒュウッと鳴る。
……過去の経験を元に力の配分や正しいフォームの徹底はできているから痛みは無いけれど、まだ七回だってのに、体は言うことを聞かなくなってきている。
ピッチャーマウンドに立つ安藤が、俺を見てふっと笑ったのが見えた。
「いい加減、沈めよ」
そう呟いた唇が、はっきりと読めた。
挑発か、それともただの自信か。どっちにしても、今の俺には関係ない。目の前のボールを打つことだけを考える。
――来た。
一球目はストレート。見えてはいた。けど――体が、反応しなかった。
ブン、と振り抜いたバットは、虚しく空を切った。
(……くそっ、遅い)
わかってても、間に合わない。
安藤の笑みが深くなった。二球目は、鋭く曲がるスライダー。
また振った。だが――遅れた。
ギリギリでスイングしたバットが空を切り、俺は思わず歯を食いしばる。
安藤が確信に満ちた目をして、三球目のサインに頷いた。
ナックル、か――。
浮き上がるような軌道から、不規則に落ちる魔球。俺だけじゃなくウチのチームで誰一人としてまともに当てられていない。
でも、今――なぜか心の奥で、何かがともった。
(……まだ終わってない!)
俺の中に眠っていた“何か”が、静かに起き上がった気がした。
目の奥が澄み、鼓動がひとつ跳ねる。
【打撃センス○が発動します。試合時のミート力が+5向上します。】
【意外性が発動します。試合終盤で負けているか同点だと、パワーが+10向上します。】
ナックルが、浮かぶ。落ちる。その瞬間、俺の体が自然と反応した。
――バットが、走った。
カツン――と、芯を外した鈍い音。完璧とは言えない、されど想像以上のスピードで振られたバットは打球を高速ではじき返し、ショートとサードの間へと、吸い込まれるように飛んでいった。
「……!」
打球はそのまま左中間を深く切り裂き、外野の芝を滑るように転がっていく。外野手が猛然と追いかけるが、追いついたときにはすでに俺は一塁を蹴っていた。
「いけるっ……!」
足は重い。呼吸も荒い。けど、前に進む力だけは残っていた。
二塁ベースへ飛び込むと同時に、審判の右手が勢いよく横に広がる。
「セーフ!」
泥だらけのユニフォームで俺は立ち上がり、ベンチへガッツポーズを向けると、ベンチが湧き上がっているのが見えた。
「……くそっ!」
息を切らせながら声のした方へと顔を向けると、安藤がマウンドで顔をしかめていた。
……簡単には、終わらせない。
そして、バッターサークルから春日が立ち上がった。
「――あとは俺に任せろ」
堂々とした声。バットを担いで歩いてくる。
その顔は、やる気に満ちていた。
バッターボックスに立つ春日の姿を見ながら、俺は二塁ベース上で膝に手をついて、息を整えていた。
体力は限界に近い。けど――まだ、倒れるわけにはいかない。
春日のバットが、ゆっくりと構えられる。
安藤は、少し苛立ったように首をひねりながらサインを覗いた。焦ってる。こいつにしては珍しい。
(今なら――いける)
一球目、外角へのストレート。春日は動かない。
「ボール!」
二球目、甘めのスライダー。これにも手を出さず。
カウントはツーボール。ベンチからざわめきが起こる。
三球目――安藤が少し間を置いてから、投げた。
高めのストレート。春日がバットを出す。カキンッ、と乾いた音が響いたが、それは無情にもファウル。
四球目はインコースのシュート。ギリギリで避けて――ボール。
スリーボール・ワンストライク。
(歩かせるか……?)
そう思った矢先、五球目。
春日がタイミングを合わせ、フルスイングした。
鋭い打球が、ライト方向へと一直線に飛んでいく――!
「抜けたぁッ!」
ベンチから誰かが叫ぶ。
俺は反射的にベースを蹴って、三塁へと一気に走り、そのベースも即座に蹴った。
目の前にあるのは、ただ白いホームベースだけ。
視界の隅で、ライトから返球されるボールが飛んできてるのが見えた。
(……間に合え!)
体中が悲鳴を上げる中、最後の力を振り絞ってスライディング。
――土煙が舞った。
「セーフ!」
審判の右腕が広がる。
その瞬間、張り詰めていたグラウンドの空気が、パッと弾けた。
ベンチからの歓声が、耳に届く。
俺は仰向けに倒れたまま、空を見上げた。
汗で滲んだ空は、少し眩しかったけど――
それよりも、打った春日が二塁ベース上で小さくガッツポーズする姿の方が、ずっと眩しく見えた。
(ナイスだ、春日……)
それだけを心の中で呟いて、俺は大きく息を吐いた。
【スライディングを獲得しました。】
スライディング:ベースにきわどいときタイミングですべり込む際に走力が+5される。
◆◆◆
――クソッ。
打たせるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
七回。風間はスタミナ的にももう限界が近いだろうと思ってた。実際、奴のスイングは一球目、二球目ともに完全に遅れていた。ナックルなんて当てられるはずがない。あんな、落ちるかどうかすら読みづらい魔球を。
でも――打たれた。
しかも打球は意外にも鋭い当たりだった。そのせいでショートとサードの間。守備のタイミングが一瞬遅れて、反応しきれなかった。
まぐれか? いや……違う。
あいつの顔を見て、わかった。狙ってたんだ。というより、感覚で……対応してきた。
(くそ……こいつ、まだ折れてねぇのかよ)
マウンドから二塁へ向かって走る風間の姿を見て、無性に腹が立った。体力がないくせに、全力で走ってやがる。
そして、次のバッター。春日。
こいつもまた、しぶとい。
俺は捕手としての春日を軽く見てた。正直、打撃なんて期待してなかった。けど、あの構え――自信のある奴の構えだ。迷いが一切ない。
最初のストレートは見送られた。スライダーにも手を出さない。カウントがどんどん悪くなる。
(焦るな……冷静になれ)
自分にそう言い聞かせた。でも、指先が言うことを聞かなくなってくる。思い通りのコースに決まらない。シュートもわずかに浮いて、ボール。
三ボール・ワンストライク。――追い込まれてるのは、俺の方だ。
そして、五球目。
俺が選んだのは、高めのストレートだった。押し込めると信じてた。だけど――春日は振った。迷わず、振り抜いた。
――カキーンッ!
打球音が、マウンドの奥に響く。嫌な音だった。完璧に捉えた、そんな音。
打球はライトへ一直線。ラインぎりぎりに落ちたそれを、外野が必死に追いかける。
(止めろ! 返せ! 頼む……!)
俺はグラブを握りしめ、ライトの返球を睨むように見つめていた。
けど――間に合わなかった。
風間が、砂煙を巻き上げてホームに飛び込む。スライディングの衝撃で舞い上がった土の向こうで、審判の右手が――大きく、横に広がった。
「セーフ!」
その言葉に、俺の心のどこかが、プツリと切れた。
マウンドに立つ俺の足元から、地面が崩れていくような感覚。体の奥が冷え、呼吸が浅くなる。
(……なんでだよ)
俺は、ずっとトップでいたはずだ。実力でも、実績でも、誰にも負けてなかった。なのに――なんで、こんな奴らに、押し込まれる?
目を上げると、2塁で春日がガッツポーズをしていた。風間はスライディングしたままの姿勢で、嬉しそうに空を見てる。
――勝った気でいやがる。
歯を食いしばる。拳を握る。マウンドの上で、俺はただ唇を噛み締めていた。
……けど、その悔しさの奥に、小さな焦りがあった。
(これ以上やられたら、俺の“格”が崩れる)
そう思った時、ようやく俺は気づいたんだ。
あいつらが“追いかける側”じゃなくなってることに。
――もう、追いかける側なのは、俺の方だった。
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:122km/h
コントロール:E(43)
スタミナ:E(48)
変化球:ストレート2,カーブ1,
スクリュー1
守備:E(42)
肩力:D(54)
走力:E(43)
打撃:ミートE(42)、パワーE(43)
捕球:E(40)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ×・逆境○・
ピッチングの心得(Lv2)・継続○・
意外性・対強打者○・
打撃センス○・ノビ〇・
対ピンチ〇・
スライディング【new】
成長タイプ:元天才型
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