第2話 温かい朝
「……スキル?」
目の前に浮かぶ、ゲームのステータス画面のような文字。
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《ストレートLv.1》を習得しました。
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一度まばたきしても、それは消えない。
試しに手を振ってみるが、変化はなし。だが、意識を向けると何となく「スキルの詳細が見える」感覚があった。
(なんだこれ……? 本当に、ゲームみたいにスキルがあるってことか?)
さっきの投球フォームだけでスキルが手に入った? いや、そもそも俺はなぜこんな体に――
「お兄ちゃん!」
突然、勢いよく扉が開かれた。
「うわっ!」
咄嗟に身構える。だが、そこに立っていたのは、不良でも誰でもなく――まだ幼さの残る少女だった。
「え……?」
肩ほどまでの黒髪、ぱっちりした瞳。パジャマ姿の彼女は驚いた表情を浮かべ、目を見開いている。
「お兄ちゃん、もう起きてるの!?」
「……お、お兄ちゃん?」
俺のことを……?
混乱する頭を整理する間もなく、妹らしき少女は続けた。
「珍しい……いつも起こしてもなかなか起きないのに」
そう言って、驚きながらもホッとしたような笑みを浮かべる。
「えっと……朝ごはん、もうできてるよ?」
「……朝ごはん?」
耳を疑った。
朝ごはんが、できている?
そんなこと、俺の人生で一度でもあっただろうか。
高校時代は野球のために寮生活。だが、それ以前も家庭は崩壊していた。父親は仕事とパチンコに明け暮れ、母親は男漁りばかり。家事なんて誰もしない。
俺は、いつも一人でコンビニのおにぎりやカップ麺を食べていた。温かい手料理なんて――
「お兄ちゃん?」
「あ、ああ……」
呆然としたまま、俺は立ち上がる。
「とりあえず……行くか」
階段へ向かう。
足元から聞こえる家族の話し声。
(これが……俺の家?)
ありえない。こんなの、俺の人生じゃなかった。
だが――
階段を下り、視界が開けた瞬間、俺は言葉を失った。
「おはよう、お兄ちゃん!」
さっきの妹が駆け寄る。
「おはよう、もう起きたのか?」
ダイニングテーブルに座る男性。仕事に行く前だろうか、スーツ姿だ。
「おはよう、今日は早起きね?」
優しげな笑みを浮かべる女性。エプロンをつけ、朝食をテーブルに並べている。
父親。母親。そして妹。
「……嘘だろ……」
目の前の食卓に並ぶのは、シンプルな朝食。
焼きたてのパン。目玉焼き。サラダとスープ。
(……こんな食卓もあるのか)
胸が、強く締めつけられる。
「……え?」
視界が滲んでいる。何かが頬を伝い、ポタリとテーブルに落ちた。
「お、お兄ちゃん!? ど、どうしたの!?」
「え、えっ、ちょっと……泣いてるの?」
母親も驚いたように俺を見る。
自分でも訳がわからなかった。だが――
「あ、ああ……」
俺は、気づいてしまった。
こんな普通の朝が、俺にはなかったんだ。
こんな当たり前の幸せすら、俺の人生には一度もなかったんだ。
「……なんでも、ない……」
涙を拭いながら、俺は椅子に座った。
そして、目の前の朝食を見つめる。
(俺は……本当に、転生したんだな……)
静かに、手を伸ばし、パンをちぎって口に運ぶ。
――温かい。
心の奥まで染み渡るような味がした。
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