第16話 確かな一歩
渡井が姿を現した瞬間、胸の奥がズンと重くなった。
あの、投げかけられた言葉。「その身体で……俺より上なわけねぇだろが!」という声が、頭の奥でリフレインする。
「おい、お前はもう帰っていいぞ」
渡井が俺を呼び出したクラスメイトに声をかけると、ビクリと肩を震わせた。
「えっ、でも……風間君を呼び出したら、貸してたお金返してくれるって……」
「うっせぇな! さっさと消えろって言ってんだよ!」
顔を歪めながら渡井が恫喝すると、クラスメイトは俺の顔を見て目を伏せた後、逃げるようにして去っていった。
「……カツアゲをしてんのか?」
「あ? お前には関係ねぇだろ。ちょっと借りてるだけだよ。それとも、また中学の時みたいにお前が貸してくれんのか?」
大声を上げて顔を歪ませながら近づいて来る渡井だったが、不思議と今はそれほど恐ろしさを感じなかった。
「こんな事見つかったら、停学になるぞ」
そう告げると、渡井はカッと目を見開き胸倉を掴んできた。
「うるせぇ! てめぇのせいで俺は終わりだ! 本当ならこの学校の野球部に入って、レギュラー入りして甲子園出て、プロになる予定だったってのによ! 何でてめぇみたいなカスが受かって、俺が落ちなきゃいけない!」
叫んでいる渡井の目には欲望と怒りがない交ぜになった濁った色をしており、生理的な嫌悪感を抱かせた。
「お前が落ちたのは、ただ実力が足りなかったからだろ」
「っ……てめぇ!!」
怒りに任せ渡井が手を振り上げ、その拳の行先を目を閉じずジッと見ていると――パシャリと、カメラの乾いた音が聞こえて来た。
「はいはい、そこまでにしてくれ。ソイツは今後俺の相棒になる予定なんだ、万が一にもその腕に傷なんかつけられたらたまんねぇ」
そう言いながら割って入って来たのは春日と――両手でスマホを構え、震える指を必死に押さえながらカメラを向けた小春だった。
「なんだ? お前ら」
渡井が手を振り上げた姿勢のまま尋ねた。
「そ、その手を下ろさないと、すぐに先生たちが来て大変な事になるんだからね!」
「ふざけんな糞アマ!」
声を震わせながらスマホを掲げる小春を見た渡井が、拳を振り上げながらそちらへと向かおうとしたのを見て、咄嗟に渡井の足を引っかけると――渡井は前のめりに倒れ、顔面を床に強打した。
同時、鈍い音があたりに響く。
頬を打ったのか、鼻を打ったのか、一瞬遅れて「ぐっ……」と濁った声が漏れた。しばらくの間、渡井は床に倒れたまま動かなかった。
「っつ……てめぇ!」
痛みからか羞恥からか、顔を真っ赤にして歪ませながら渡井がこちらを睨み上げてくるが、その姿はかつての威圧感とは違い、酷くちっぽけに見えた。
そんな彼に警戒を向けたその瞬間――バタバタと人の足音が聞こえて来た。
「おい、お前ら、そこでなにやってる!」
「この状況は一体?」
2人の男性教師が困惑しながらも現れたのを見て、最初に動いたのは小春だった。
「今そこで倒れている人が、風間君を呼び出して殴ろうとしていたんです!」
そう言いながら小春が見せたスマホの写真を見て教師たちは頷きあうと、倒れている渡井の元へと向かい、強制的に立ち上がらせた。
「君たちはもうすぐ昼休みが終わるから、取り合えず先に教室へもどってなさい」
教師の内の1人が手短にそう告げると、渡井を2人で挟みこむようにして立たせながら、その場から去っていった。
「……こ、怖かったー」
教師たちの背中が見えなくなったあたりで小春が気の抜けた声でそう言うと同時に、緊迫していた空気が弛緩した。
「……ありがとう。ただ、2人ともなんでこんな所に?」
そう尋ねると、春日は苦笑いした。
「あー、それはな。風間を嘘の呼び出しした奴が教えてくれたんだよ。風間が渡井って奴に呼び出されて暴力を受けるかもって伝えられてな」
そう告げられて、目を伏せながら去っていったクラスメイトの事を思い出す。
「風間君大丈夫だった? ケガとかしてない?」
恐る恐ると言った調子で尋ねて来る小春に、首を軽く曲げた後に頷き返す。
「二人のタイミングが良かったから、ギリギリ大丈夫だったよ」
「そいつは良かった。来る途中に小春が気を利かせて教師に叫んだのも役に立ったな」
「別に叫んだって程じゃないよ! ただ廊下を歩いてた先生に助けを求めただけだし!」
顔を赤くしながら小春がそう言った直後、スピーカーから予鈴が響き渡った。
――キンコーンカンコーン……。
乾いたその音色が、これまでの空気を一気に現実に引き戻す。
「マジか、そろそろ午後の授業始まっちまうな」
そう言いながら春日が腕時計を見て頭をかく。
小春はというと、自分が拳を向けられたのもあってかまだ少し顔が青ざめていたけど、ふぅっと息を吐いた。
「とりあえずさ、教室戻ろ? 風間君、もし体調悪かったらあとで保健室寄った方がいいからね! ちょっとでも痛かったら絶対だよ!」
その言葉に、俺は少し微笑んだあと、心からの感謝を込めて口を開いた。
「……小春、よくあの場面でカメラ向けてくれたな。怖かっただろ?」
「えっ、う、うんちょっとは……でも咄嗟に何かしなきゃって思って」
「ありがとな、本当に勇気あるよ。あの一枚で助かった」
そう感謝を告げると小春の頬がほんのりと赤く染まり、視線が泳いだ。
「そ、そんなの当然だよっ……!」
「はいはい、そろそろ行くぞ。授業サボることになったら後から小春に説教されそうだしな」
「えぇ!? わ、私そんなキャラじゃないしっ!」
慌てて否定する小春を見て、思わず笑いが漏れた。春日も「バッチリそういうキャラだろ」とニヤニヤしている。
そんな2人と一緒に俺は薄暗かった階段下から、明るい廊下へ向けて階段を登り始めた。
【スキル『対ピンチ〇』が発現しました】
対ピンチ〇:ピンチの時に、投手能力が上がる。
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:121km/h
コントロール:E(41)
スタミナ:E(45)
変化球:ストレート2,カーブ1
守備:E(40)
肩力:D(52)
走力:E(41)
打撃:ミートE(42)、パワーE(43)
捕球:F(36)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ×・逆境○・
ピッチングの心得(Lv1)・継続○・
意外性・対強打者○・
打撃センス○・ノビ〇・
対ピンチ〇【new】
成長タイプ:元天才型
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