第13話 マウンドからの景色
一塁ベースの上で、俺は拳をぎゅっと握り締めた。
あの一打は偶然なんかじゃない。永井さんとの練習の成果。ここまで来た証だ。
「ナイスヒットだ」
ベースコーチが俺に声をかけてきたが、俺は小さく頷いただけだった。
気を緩めたら、すぐ足をすくわれる。これは試験――しかも、紅白戦のような実戦形式。結果がすべてだ。
チラッとマウンドを見ると、相手ピッチャーが何度か肩を回していた。
(……疲れてるな)
同点の終盤、緊張の糸が緩んだせいか、少し球威が落ちているように見えた。
しかも――登板してからずっと見ていたが、モーションが単調だ。牽制も少ない。
(……いける)
次の一球が変化球だった。投球モーションに入った瞬間、俺は迷わずスタートを切った。
スパイクが土を蹴り、風を切る。あの走り込みの日々が、一歩ごとに身体を押してくれる。
捕手のミット音と同時に、俺の足が二塁ベースに滑り込んだ。
「セーフ!」
審判の大きな声に、周囲がざわついた。
「おい……マジかよ、あの風間ってやつ、盗塁まで決めたぞ……!」
「さっきのヒットといい、ただの人数合わせじゃなかったんだな」
ベンチからの視線が、明らかに変わっていた。
しかし、その後のバッターが凡退し、チャンスは潰えた。
ベンチに戻った瞬間、どこか気まずそうな目線を向けられた。
「……悪ぃ、俺、打てなかった」
「気にしなくていいさ、次打てば良い」
そう言っても、勝ち越しのチャンスを逃したことで空気が少し重くなる。
だが、その時だった。
「風間!」
グラウンドの隅で、2軍監督が立ち上がった。
「次、43番マウンドいけるか?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……えっ、俺、ですか?」
「やりたくなければ、他の選手を選ぶが?」
監督は仏頂面のまま言ってきたが、身体の奥が熱を帯びる。
「……行きます! 行かせてください!」
急いでグローブをはめ、ブルペンからボールを受け取ると、マウンドへと向かった。
その背中に、さっきまで俺を知らなかったはずの選手たちの視線が突き刺さっていた。
期待と、不安と、半信半疑が混じったその空気を、俺はバチバチと肌で感じていた。
「おい、43番」
キャッチャーミットを片手に、16番のゼッケンを着けた男――春日が俺の前に現れた。
分厚い胸板と落ち着いた眼差し。周りの選手いわく、シニアで全国出場した捕手らしい。
「投げられる球種を確認させろ。変化球は? コントロールはどの程度だ?」
ぶっきらぼうにそう聞かれた。
俺は少しだけ息を整え、はっきりと答える。
「球種は、ストレートと……カーブだけだ。コントロールはまだ荒い。球速はMAX120ってところだ」
春日は数秒、黙った。そして、ふっと鼻で笑った。
「……そこらの公立ならその位でもチヤホヤされるレベルだろうな。けどここの学校には、1年で140出すバケモンが何人もいる。更に今対峙しているAチームにも何人か、特待枠で入っていないのが驚くレベルも交じってるがいけるのか?」
俺はその言葉に、うなずいて返す。
「それでも、負けるつもりはない」
言い切った瞬間、自分の中で何かが切り替わったのがわかった。
この場所に来た意味。ここで俺が生き残るための覚悟。
「いい心意気だ。じゃあ、Aチームの連中の中で要注意の奴を伝えとく」
春日はそう言うと、この後投げる事になるAチームの要注意人物について説明した後マウンドから遠ざかるとマスクをかぶり、しゃがみ込む。
その姿に、ただの試合とは違う、試される視線を感じた。
俺は、静かにセットポジションに入った。
一球目。肩を温めるつもりの軽めのストレートを投げ込む。
――ズバンッ!
ミットに収まる音と、わずかに揺れる春日の体。
「っ……!」
その表情が、微かに動いた。想定していた球速よりも速かったのだろう。
だが、それ以上に――
「……なんだ、今の……」
小さく、春日が呟いた。ミットに収まる直前でボールがわずかにホップした様に見えた。
「球速は、たしかに120出るか出ないか……だが……」
俺はもう一球、ストレートを投げる。
その瞬間、春日の目が見開かれた。
――浮き上がるように錯覚する、伸びのある直球。
まるで空間を滑ってくるような、重力を無視するかのような軌道。
「……伸びてやがる。球速じゃねぇ。球質が違う……!」
春日のミットが、初めて“受けた”という重みでわずかに後ろへ弾かれた。
その音に、ベンチの選手たちが振り向く。ざわめきが広がる。
「おい、今の球ホップしてなかったか?」
「球速も130は出てんじゃね?」
「いや、球速はそこまでじゃねぇよ。でも……なんだあれ」
騒がしくなる中、俺はひとり、マウンドの中心で静かに立っていた。
観客もいないはずのグラウンドで、誰かの呼吸音やスパイクが砂を噛む音さえ、はっきりと耳に入ってくる。
風が頬を撫で、ユニフォームの袖を揺らす。
そのすべてが、自分の鼓動とリンクしているかのようだった。
すると、ベンチから監督の声が響いた。
「そこのAチーム、準備できてるか? 一人目、打席に立たせろ」
その指示に、Aチームの控え選手がバットを片手に立ち上がった。中背でがっしりとした体格。
フォームに無駄がなく、バットを握る手にも迷いはない。おそらく、シニアや県選抜で名を馳せた選手なのだろう。
「舐めんなよ、無名が」とでも言いたげな視線を向けられるが、俺は応えない。ただ、プレートを踏み、キャッチャーからのサインを待つ。
――インコース、ストレート。
ミットが、微かに内角を指し示した。頷き、深く息を吐く。体重を左足に預けながら、右足を静かに上げる。
(一球でいい。心を撃ち抜く球を――)
振りかぶり、一気に振り下ろす。
ズバンッ!
甲高い捕球音が響いた瞬間、グラウンドに一拍、静寂が訪れた。
ボールはバッターの胸元ギリギリを突き、春日のミットに吸い込まれていた。
初球ストライク。
バッターは反応すらできず、固まったまま動かない。
「……うぉい、今の見逃したのかよ」
「インコースのストレートだろ? 反応すらしてねぇじゃん」
Aチームのベンチがざわつき始める。その中で、俺は淡々と次の球を準備する。
二球目。アウトロー、ギリギリを狙うストレート。
打者が意識的にバットを出すが――空振り。
「っ……!」
風を切る音が、虚しくグラウンドに残った。スイングの軌道とボールの軌道が、ほんのわずかにずれている。それだけで、バットはかすりもしない。
三球目。少し迷ってから、春日が再びインコースを示す。
狙いは、勝負球。俺は頷いた。
重心を下げ、振りかぶる。
――投げた。
ズバンッ!!
三球三振。
バッターは呆然としたままバットを降ろし、苦々しい表情で打席を離れる。
「嘘だろ……?」
「三球三振って……あいつ、誰だよ……」
Aチームのベンチ内でざわめきが広がる。その空気を、肌で感じた。
俺は何も言わず、マウンドの中心に立ったまま、ボールを受け取る。
静かに、しかし確実に――風間拓真という名前が、今この瞬間、彼らの記憶に刻み込まれていくのを感じていた。
<ステータス>
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名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:121km/h
コントロール:E(41)
スタミナ:E(43)
変化球:ストレート1,カーブ1
守備:E(40)
肩力:D(52)
走力:E(41)
打撃:ミートE(42)、パワーE(43)
捕球:F(36)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ×・
ピッチングの心得(Lv1)・逆境○・
継続○・意外性・対強打者○・
打撃センス○
成長タイプ:元天才型
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