第12話 紅白戦開幕
一次試験――遠投、シャトルラン、バッティング――それらの基礎的な試験を終え、いよいよ発表の時間だった。
「二次試験進出者を呼んでいく。呼ばれた者は、ユニフォームに着替えて集合。呼ばれなかったものは、速やかにこのグラウンドを去れ」
(俺は、本当にこの学校で野球を続けられるのか?)
そんな不安が、ふと脳裏をよぎる。
しかし、そんなことは考えるな、と自分に言い聞かせた。
俺は、あの時に誓ったはずだ。あの日、あの場所で。
『お前にはもう、戻る場所なんてねぇ。進むしかねぇんだよ』
永井さんの言葉が、耳に蘇る。
覚悟を決めて、グラウンドの中央に立った。
目の前では、帽子を深くかぶった2軍監督が、手元のリストを見ながら番号を読み上げていく。静寂の中、番号の一つひとつが、まるで時限爆弾のカウントのように感じられた。
「……41番、42番……」
番号は俺のすぐ前を通り過ぎていく。呼ばれない番号のほうが圧倒的に多い。立ち尽くす生徒たちの中には、拳を握りしめたまま俯く者もいた。
(次……次で来る。来なかったら……)
喉がからからだった。手のひらに汗が滲んでいる。脳裏をよぎるのは、過去の俺――あの時の無力さ、後悔、絶望。
(違う。もう、俺はあの頃の俺じゃない)
そう言い聞かせた瞬間だった。
「――43番、風間拓真」
その一声で、世界が音を取り戻した。
一瞬、自分の耳を疑った。けれど、確かに聞こえた。風間――俺の名前だった。
俺の番号が、今、呼ばれた。
(……よっしゃ)
心の奥底で、小さくガッツポーズを作る。叫びたい気持ちをぐっと堪え、口元だけがゆっくりと笑みを浮かべた。
振り返れば、そこに28番のゼッケンをつけた渡井の姿があった。その表情が怒りと混乱に染まっていくのが、スローモーションのように見えた。
けれど俺は、もう彼を見る必要なんてなかった。見るべきは、これから進む先だけだ。
そして次の瞬間、渡井の怒声が響いた。
「ふざけんなっ……! なんであいつが通って、俺が落ちるんだよ!」
渡井が俺に向かって、勢いよく詰め寄ってきた。
「てめぇ、裏でなんかやったんだろ!? その身体で……俺より上なわけねぇだろが!」
そう叫んで、渡井が俺の胸倉を掴もうとしたその瞬間――。
「28番、アウトだ」
短く、鋭い声が響いた。
振り返ると、そこには2軍監督の姿があった。
「高校野球はな、そういう場じゃねぇ。自分の実力を受け入れられねぇ奴に、グラウンドに立つ資格はない。さっさとこの場を去れ」
その言葉に、渡井の動きが止まった。怒りと屈辱の入り混じった顔で、俺を睨みつけたまま、渡井はその場を離れていった。
それから間もなく、二次試験――紅白戦の準備が始まった。
臨時で組まれたチームは、過去に名を馳せたシニアの選手や、中学で県選抜に選ばれた者ばかり。
通過者は全部で27人。シニアで有名だった選手、過去に全国まで行った学校のエース、県選抜経験者――錚々たる顔ぶれが並んでいた。
「よし、んじゃ俺、キャッチャーやるからチーム決めていいよな?」
そう言い出したのは、がっしりとした体格の男子。確か中学全国大会でベスト8に入ったという情報が、ちらほら聞こえていた。
「異論ない。お前、シニアで4番だったろ」
「じゃあ、Aチームは俺がまとめる。Bチームは……そっちのピッチャーのやつ、仕切ってくれ」
「了解」
そんなやり取りの中、自然とグループ分けが進み始める。
「田辺はこっちな。去年の成績知ってるし、安心できるわ」
「田中もAチームで。中学で戦ったけど、バッティング良かったし」
名前が次々と読み上げられていく中、俺の名前は出てこなかった。
「……えっと、残ったのは43番の風間ってやつ?」
ようやく誰かが俺の存在に気づいた。
「ああ、いたな。あれ、どこ出身? シニアじゃないよな?」
「聞いたことねーな。地元の軟式か?」
数人が首をかしげる。
「まぁ、無名ならBチームでいいんじゃね? 様子見ってことで」
「賛成ー。てか、正直紅白戦の人数合わせだろ、あいつ」
「ハズレでもしゃーねーしな。試合に出ないなら問題なし」
……面と向かって「いらない」とは言われなかった。けれど、空気がすべてを語っていた。
俺は静かに、Bチーム側に並ぶ。誰も話しかけてこない。ただ黙々と準備する姿が並ぶ中、俺はバットのグリップを握りしめた。
(別に、期待されてたわけじゃない。けどな……俺は、ここに立つ意味がある)
ベンチに座る。緊張はなかった。
そうして、2軍監督へオーダー表を提出して間もなく試合が開始された。
試合は一進一退の攻防を繰り広げた。ピッチャーは皆速球派で、ミスも少ない。守備も正確で、緊張感のある展開が続いていた。
――そして、7回裏。スコアは依然として同点。
二軍監督が立ち上がり、スコアブックを見ながら口を開いた。
「43番。代打、いけるか?」
「……はい!」
立ち上がった瞬間、体の奥から熱がこみ上げてくる。恐怖じゃない。期待でもない。ただ、今ここに立つための覚悟が、俺の身体を突き動かしていた。
ゆっくりとベンチを出て、バッターボックスへと向かう。
その時だった。マウンド上のピッチャーが、にやりと笑って俺を見た。
「おーおー、なんや代打かいな? ……って、誰やお前? 見たこともない顔やな」
帽子の下からのぞく鋭い目が、まるでこちらを品定めするように細められる。
「なんや、シニア出身ちゃうんか? えらい雑魚っぽいの出てきよったな。まぁ、こっちは格がちゃうからしゃーないけどな?」
場に響くその関西弁の挑発に、ベンチが少しざわめいた。
それでも俺は、黙って構える。今さら何を言われたって、俺の決意は揺るがない。
「ええわ。3球で終わらせたる。うちはこう見えて、大阪南シニアでエース張っとったんや」
――プレイ。
一球目、内角高めのストレート。見送る。ストライク。
二球目、鋭いスライダーが外に逃げる。思わず振ってしまい、空振り。
「うひゃっひゃ、見てみい! 完全に泳がされとるがな。やっぱり思った通りのザコやでぇ!」
ベンチの一部からも、くすくすと笑い声が漏れる。
(三球目……まだ焦るな)
今度は見送ってボール。カウントは1-2。
(くそ……速い。でも、見える。永井さんの……あの時の軌道と、似てる)
そこから、ファウル、ファウル、ファウル。
鋭く振り抜くたびに、バットがかすかにボールをかすめていく。
「……なかなか粘るな、あいつ」
「球数稼いでるな。あの無名が?」
マウンドの男の表情が、少しずつ変わっていくのが見えた。余裕の笑みが、徐々に焦りに変わる。
「チッ……。ほんまにウザいタイプやな。ええわ、これで終わりや。ワイの速球、打てるもんなら打ってみぃ!」
最後の一球――まっすぐ、ど真ん中に来る。
(来た……ストレート! 狙え!)
――その瞬間。
【打撃センス○が発動します。試合時のミート力が+5向上します。】
集中力が研ぎ澄まされる。バットがボールを正確に捉えた。
カキィィィン!
快音とともに、白球はショートとセカンドの間を一直線に抜け、センター前へと弾む。
「うおおおお、ナイスバッティング!」
ベンチから歓声が上がった。
一塁に駆け抜けた俺は、静かにベースを踏みしめた。
(……これが、俺の答えだ)
ふとマウンドを見ると、ピッチャーが口をぽかんと開けて、まるで狐につままれたような顔をしていた。
「……なんでや……今のん、絶対抑えた思うたのに……」
その呟きが、やけに心地よかった。
ようやく掴んだ一歩。その重みを、噛みしめる。
(俺は、ここに立ってる)
風間拓真の“今”が、ようやく動き出した。
<ステータス>
===============
名前:風間 拓真(Kazama Takuma)
ポジション:投手(左投左打)
球速:121km/h
コントロール:E(41)
スタミナ:E(43)
変化球:ストレート1,カーブ1
守備:E(40)
肩力:D(52)
走力:E(41)
打撃:ミートE(42)、パワーE(43)
捕球:F(36)
特殊能力:元天才・ケガしにくさ×・
ピッチングの心得(Lv1)・逆境○・
継続○・意外性・対強打者○・
打撃センス○
成長タイプ:元天才型
===============
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思った方は、
☆☆☆☆☆を面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つにして頂けると、とても嬉しく思います!
また、『ブックマークに追加』からブックマークもして頂けると本当に嬉しいです。
皆様の評価とブックマークはモチベーションと今後の更新のはげみになりますので、なにとぞ、よろしくお願いいたします!




