第1話 夢の続き
「……あ、あぁ……」
意識がぼやける。全身が痛い。特に頭がズキズキと痛む。
俺は地面に転がっていた。夜の路地裏。雨に濡れたアスファルトの上。全身が泥と血にまみれている。
目の前には、笑いながらバットを持つ不良たち。
「おい、もう動けねえみたいだぜ?」
「なんだよ、ホームレスさんよぉ。もっとみじめに逃げてくれないとつまらないだろうがよ!」
クソが……。
俺は、かつて“天才”と呼ばれたピッチャーだった。1年生で甲子園出場。エースナンバーを背負い、全国の舞台に立った。
でも、無理な連投のせいで肩を壊した。取り返しがつかなくなるほどに。
そして、俺の人生は狂った。
特待生の資格を失い、学校を退学。親にも見放され、行き場を失った。転校先の高校では地獄のようないじめを受け、就職しても片腕が使えないせいで仕事は長続きせず――気がつけば、ホームレスになっていた。
「……くそ……っ……」
悔しかった。
野球ができない人生なんて、俺には価値がなかった。
それでも、どこかで「やり直せるかもしれない」と信じていた。でも、結局こんな結末か。
目の前が暗くなる。
何も見えない。
意識が遠のいていく――
最後に浮かんだのは、あの日のマウンドだった。
夢の舞台。甲子園。俺が全力で腕を振り、ボールを投げた瞬間――
「ああ……もう一度……もう一度、投げたい……」
そう願って、俺の意識は途切れた。
◆
「……んっ……」
次に目を開けたとき、俺は見知らぬ天井を見ていた。
え?
起き上がると、そこは明らかに俺の知っている場所ではなかった。
木製の机、本棚、壁にはロボットが描かれたゲームのポスター。整理整頓された部屋。
「なんだ……ここ……?」
寝ぼけているわけじゃない。あのまま死んだはずなのに、どういうことだ?
慌てて鏡を探し、部屋の隅に立っている姿見に駆け寄る。
そこに映ったのは――俺ではない、別人の顔だった。
「……え?」
髪は短く、整った顔立ちの少年。明らかに幼い。高校生――いや、せいぜい14~15歳くらいか?
そんなバカな。
俺は、30代後半のはずだった。ボロボロの体で、野球とは無縁の人生を送っていたはずだ。
「嘘だろ……?」
思わず、左肩を触る。
――違和感がない。
俺の肩は、もう何年も前に壊れていたはずだ。力を入れるだけで激痛が走るはずだった。
恐る恐る、左腕を持ち上げる。
スムーズに動く。痛みもない。
「マジかよ……」
元の自分の肩と比べれば、貧相な筋肉だ。だが、正常に動く。
――この体なら、投げられる?
試しに、何もない空間に向かってゆっくりと腕を振る。
ヒュッ。
軽くエア投球のフォームを取る。驚くほどスムーズだ。もう一度、今度は本気で――
ヒュンッ!
「……っ!」
全身に衝撃が走る。これが――投げる感覚。
10年以上、忘れかけていた感覚。
――その瞬間。
目の前に、突如として文字が浮かび上がった。
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《ストレートLv.1》を習得しました。
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「は?」
……今、何か出たよな?
空中に、まるでゲームのメッセージみたいな文字が浮かんでいる。
何だこれ? 俺は、スキルを習得したってことか?
混乱しながらも、心のどこかで理解していた。
これは――チャンスだ。
もう一度、ボールを投げるチャンスなのか――?
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