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2.星空に応えん

星空に応えん

「ほら、応星。泣かないで。あなたの技術は凄いんだから。ナナシビトの私が言うんだから間違えないわ!自信を持ちなさい!」


 懐かしい、声が聞こえる。


「凄いじゃない!短命種の刀鍛冶で、そこまで高い地位に上り詰めた子は居ないわ!誇っていいのよ!」


 懐かしい、匂いだ。

 少し量の多い香水が、ツンと鼻腔を刺激する。だが、嫌では無い。寧ろホッとした……、安心した気持ちになる。


「全く、応星ったら。もう少し自分の体を大切になさい?昔のように寝れば治るような体では無いのよ?」


 狐族の耳が鋭く張り、彼女が腹の中で怒りを抑えている事が見て分かる。それでも彼女は傷を負った腕に薬を塗ってくれるし、包帯も巻いてくれる。

 ……彼女の手は、暖かかった。


「応星」

「応星!」

「応星っ!」

「応~星~」


 何処へ居ても、彼女の声が聞こえる。そんな日々が、寿命の短い短命種の彼に取って幸せ以外の何物でもなかった。



 

「応星……」

 

 

「……応、星……」




「……お、ぅ……せ…………――――――――――――」


 力無く彼女の手が己の手から溢れ落ちる。

 その手はいつもと違い冷たく、血に濡れていた。

 まだ、脳がその現実を処理しきれていない。

 目の前に居るのは、誰だ?己の膝の上で力無く寝ているのは、誰だ?

「……応、星。……俺は……っ……!!」

背後から傷だらけの体を引きづって近寄る龍尊の丹楓に目もくれず、応星は彼の事を突き飛ばした。

 

「いつも……、死ぬような目に逢いながら飄々とした顔で帰ってくるだろう……?敵の真ん中に星槎で突っ込んだ時だって、俺達の気も知らず笑いながら戻って来ただろう……?なのに、何故……!!何故此度は目を開けてくれないのだ!!!白珠!!!!」

 

 彼女の目は、綴じられたまま開かない。彼女の耳を触ると、いつもビクンと体を震わせて仕返しとばかりに飛び蹴りを仕掛けてくるというのに、今度ばかりは何の反応も見せない。

「お前が……龍尊の身代わりとなって死ぬなど許されない!!!!!死ぬのは……寿命の近い俺であるべきだというのに!!!!!」

 ワナワナと震える手を握り、何度も地面に叩き付けた。拳は砕け、骨は折れ、溢れる血が大地を穢す。

「俺は!お前にまだ何も返せていない!俺がお前から与えられたものは、何も返せていない!だから、逝くな!!」

「……応星……」

「…………どうした?持明族の龍尊様よ、尊い命で助けられた命はさぞ生き心地が悪いだろう?」

 応星は皮肉を込めて、引き攣る頬を無理矢理持ち上げてニヤリと笑った。

 その歪んだ笑みを見た丹楓は息を飲み、諭すように返す。

「……彼女を死なせたのは我の責任、我の過失だ。……来い、龍尊の秘技で彼女を生き返らせよう」

その言葉を聞いた途端、応星は目を見開き、凄まじい剣幕で彼の目を睨みつけた。

「そんな秘技があってたまるものか。死者の蘇生だと?豊穣の力を持ってしても叶わぬというのにか?」



 胸倉を掴みかかる応星の腕を掴みながら、丹楓は諭すようにゆっくりと口を動かした。



 

 

「龍化妙法を使う」












 


 ――――



「……む、んぅ……?」

「あら刃ちゃん、起きたのね。魔陰の方はどう?」

蜘蛛の巣に絡められていた意識が覚醒し、数度の瞬きの後、刃は辺りを見回した。

「ここは?」

「羅浮の廻星港の外れよ。魔陰の進行が激しかったからとりあえずここで言霊を掛け直したわ」

 目の前に立っている女はカフカ。刃と同じ星核ハンターに属する『虚無』の運命を歩む者。()()を用いた意識ある者の精神支配が得意で、刃の体に溢れる魔陰も彼女の言霊によって日々抑えられている。

「彼女に感謝しなきゃダメよ、刃ちゃん。私が言霊をかけている間、彼女がずっと守ってくれていたんだから、ね?」

 カフカが指さした先には一本のバットを片手に、軽く息を荒らげた灰色の髪の女が立っていた。

 彼女は確か『開拓』の列車のナナシビト、名を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と言ったか。

「……何故俺たちの元へいる?貴様は今、ナナシビトの一員であろう」

 若干痛む頭を抑えながら、刃は吐き捨てるように言った。

「私が頼んだのよ。……彼女の過去を対価にね」

「……対価?」

 ふ、とその単語が頭の端で引っかかる。

「カフカ、俺は少し離れるぞ。……会わなければならない者がいる。昔、世話になった人の元へ」

「ええ、構わないわ。好きにしてちょうだい。この子も私と一対一の方が話しやすいでしょう、ね?」

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が頷くのを見て、刃は踵を返し、そそくさとその場を離れようとする。

「刃」

 が、その背中に落ち着きのある彼女の声が掛けられ、ぴたりとその足を止める。

「あなたも過去に縛られているの?」

 彼は振り返らずに答えた。

 



 

「………………短命種は、過去に生きる生き物だ」






 ――



 場所は変わり、丹鼎司。

 そこには皆の腰程までしか身長の無い小さな龍女が今日も元気に街中を駆け回り、周りの注意を引いていた。

「龍女様、最近寝付きが悪くて……」

「私は腹痛が続いていて……」

「頭痛が……」

「腰痛が……」

 そんな彼女の元に、顔色の悪い数多の人が群がり彼女に救いの手を求める。

 そんな彼ら彼女らに嫌な顔ひとつ見せず、その龍女は一人一人を問診していく。

「どれ、一人ずつ診てやるから並ぶと良い。わしは何人も同時に診てやれぬからな。……どれ、寝付きが悪いのは酒の飲み過ぎじゃな。少し酒を控えると良い、自然と眠気が襲ってくるじゃろう。お主は、胃腸が弱っておるのにもつ煮込みなど重い食事を取るからじゃ。胃に優しい物を食べて五臓六腑を休めると良い。ほれ、腹痛によく効く漢方を処方してやろう」

 誰に対しても丁寧に、本当に彼女でなくてはいけないのかという悩みの相談などにも素早く、的確に答えていく。

 そうしている内に時間は流れ、彼女の列に並んでいる者も最後の一人となる。

「今日はお主で最後かの。なんじゃ?手を怪我したのか?」

 最後の一人が手を差し出すと、彼女は心配そうにその手を取り、そこへ幾重にも巻かれた包帯に撫でるように触れた。

「痛むのか?それなら良く傷に効く傷口をやろう。ちと染みるやもしれぬが、直ぐに癒えるぞ?」

「……いや。俺は薬を貰いに来たのでは無い」

「んぅ?」

 一言も言葉を発さなかったその男が、低く響きのある声を喉の奥から発した。そこでようやく龍女は首を持ち上げ、その者の顔を見た。

「……お主、どこかで会ったことがあるかの?」

「……」

 その男は答えない。代わりに、包帯の巻かれた手を握る彼女の手をもう片方の手で包み込み、暖を取るかのようにほっと溜息を着いた。

「なんじゃなんじゃ、人肌が寂しくでもなったか?……まあ、お主がこうしていたいと言うのなら、それで良いのじゃが」

 龍女は困ったような笑みを浮かべるも、彼の手を優しく握り返し小さく息を吐いた。

 二人とも顔を合わせるのは初めてであるにも関わらず、お互いの体温を感じ合うのはこれが初めてでは無いような気がしていた。

「随分と冷たい手じゃな。栄養はしっかりと取っておるか?腹が減っているようならわしが腕を振るっても良いが」

「いや……、その必要は無い。もう、用は済んだ」

「……ふむ、そうか。ではこれを持っていくがいい。量は少ないが傷によく効くぞ?」

 手を離し踵を返そうとしている彼を引き止め、龍女は満面のえみをうかべ懐から取り出した笹葉に包まれた薬を手渡した。

「俺に薬は必要無い」

「まあまあ、そう言わず持って行くといい。わしとお主が出会った記念じゃ」

 薬を返そうと伸ばされた手を龍女は押し返し、ふふんと威張るような笑みで彼を見やった。

 そうすると彼も彼女を鼻で笑い、その薬をズボンのポケットにへと捩じ込んだ。

「ではな、また来るといい」

「…………」

 そうして男が振り返り、来た道を戻ろうとした時の事だった。


「忌み物だ!!忌み物が出た!!」


 一人の住民の叫び声が丹鼎司全体に響き渡った。龍女も、男も、その周りにいた人々も全員がそちらの方向を向き、何事かと目を凝らした。

 すると慌てて駆けて来る狐族の男の背後に影が差し、人型、狼型、はたまた巨猿型の無数の忌み物の群れが列を生して迫って来ているでは無いか。

「なんとっ!皆の者!すぐに逃げるのじゃ!!」

 慌てる心を押さえつけ、龍女は精一杯の声を張り、周りの人々を避難させる。その声により皆が一斉に駆け出し、二人の背後へと消えていく。

 先程まで賑わっていた街とは思えぬ程の静寂が辺りを包み、あるのは迫って来る忌み物達の怒声のみだった。

「貴様は逃げないのか?」

 男は背中に刺した剣を引き抜き、尻目で自分の足元にいる龍女をちらりと見て言った。

「馬鹿者。力は弱くともわしは龍尊なのじゃぞ。……民を置いて逃げる訳には行かぬ。お主こそ、逃げんでいいのか?」

 龍女は肩を竦め、首を持ち上げて男を睨み返した。すると彼は小さく鼻を鳴らし、それに答えること無く迫る忌み物に視線を向けた。

「死ぬでないぞ。雲騎軍が駆け付けるまで耐えれば良い」

「……貴様の前で死ねるというのら、それは本望だ」

「はぁ~~~、お主の言う事は訳が分からんな」

 カラカラと笑い声を上げつつ、その顔は笑っていない。

 少なくとも龍女は戦闘が得意な訳では無い。雲騎軍のように武器を持っている訳でもないし、その小さな体躯ではそこらの相手にでも軽く投げ飛ばされてしまう。

 だが、彼女にも彼女なりの誇りがある。羅浮を守る龍尊として、その地位を受け継いだ者として。民を置いて逃げるなど言語道断。力は弱くとも、自分に出来る事はしてみせる。

 彼女は小さな手を握り締め、震える龍の尻尾を両手で掴み、ぎゅっと眉を顰めた。

「来るぞ!」

 そして遂に、忌み物が目前に迫る。

「望・聞・問…蹴!」

 彼女は電気を纏わせた尻尾を振るい、狼型の忌み物の顔面に叩き付ける。すると尻尾から忌み物に向けて電流が迸り、周り数体を巻き込んで感電を引き起こす。

「今じゃ!」

「…………死兆よ、来たれ」

 その声と共に、先程まで気だるげだった男の目がギラリと見開き、彼の持つ刃の割れた剣もそれに呼応するかのようにおどろおどろしい色に輝いた。

 そして放たれる二段の斬撃は空をも切り裂き、龍女が電気により感電を引き起こした忌み物は次の瞬間に塵となって四散してしまう。

「お、おぉぉお。な、中々やるでは無いか」

『中々やるじゃない、応星』

「…………っ!」

 頭の中に掛かる霧を、剣を振って散らす。

 狼型の忌み物に噛みつかれ、人型に首筋を切り付けられる。傷口から血が溢れ、剣を振る度にその血が周りの地面を汚していく。

「お主!無理はするでは無いぞ!?」

『応星も、もう若くないんだから無茶したら駄目よ』

「……っっ!!」

 龍女の声に気を取られた一瞬の隙に、鋭利な人型の忌み物の腕が深々と腹部を貫く。

 

 焼け付くような痛みが走る。

 だが、その程度で。

 

 不死の呪いから解放されるなどありはしない。


「彼岸…………葬送!!!!」



 なぎ払われた一撃が忌み物の集団を消し飛ばし、次の瞬間には消えて四散していく。


「まだだ……まだ、まだ足りぬ……」


 普通の人間であれば致命傷となりえる腹部の傷が、翠色の光ともに癒えていく。これが、不死の、豊穣の呪い。どのような傷も何事も無かったかのように消えていく、その不快感、そして苦痛は傷を負えば負うほど彼を死から遠ざける。


「……この佳景、俺には届かぬが……」


 自分がどれだけ傷つこうが、どれだけ仲間が死のうが。どれだけ殺そうが。それによって彼が彼岸に導かれる事は無い。

 だが、彼女だけは。

 彼女だけは。



「………………刃っっっ!!!」


 

 彼女だけは。


『応~星~!!』

 


 二度と、死なせてはならない。


「皆を」

 

 二度と、対価を背負わせない。



 

「招こう」



 

 空高く飛び上がり、叩き付けられた剣から放たれるその斬撃はまるで彼岸花のようにして広がり、それが己を囲っていた忌み物達を切り裂き、殲滅する。


「……綺麗じゃ、な」


 傍からそれを見ていた龍女はそれを見て小さく息を吐いた。彼岸花というと縁起の良い花では無いが、彼の斬撃により開いたその花弁は、言葉に出来ぬ美しさがあった。


 そして塵となって天に昇っていく忌み物のその様は、美しく儚いように見え。

 己の命を顧みない彼の無茶苦茶な戦い方と狂気的な笑い声と共に、龍女の脳裏にハッキリと焼き付いていた。

 





「何と無茶苦茶な戦い方をするのじゃ、全く。家屋にもそこそこ被害が出てしまったでは無いか」

 呆れた顔で龍女が指さした先には、彼の放った斬撃により縦に大きな引っかき傷のような跡が出来た建物がチラホラ。男はそちらに目を向けると、バツが悪そうな顔をして視線を逸らした。

「……まあ良い。わしだけではあの量はどうにもならなかったじゃろうからな。礼として此度の事は目を瞑ろう」

 ここまで大きな傷じゃと説明が面倒じゃな、と龍女はガクンと項垂れて苦笑いを浮かべた。

「そういえば……貴様、何故俺の名前を知っている?先程まで全く知らないような素振りをしていたでは無いか」

 男が思い出したかのように言うと、龍女はその顔を丸々とした目で見つめた後、ぷ、と吹き出して唐突に笑いだした。

「?」

「阿呆か、お主は。そなたが以前指名手配されていた星核ハンターの一人である事くらい分かっておる」

「では、分かっていて何故、俺を傍に置いていた?元指名手配犯とは言え、身に危険が及ぶかもしれぬと言うのに」


「わしは……星核ハンターじゃろうとナナシビトじゃろうと。星神じゃろうと、癒し手を求めてやって来た者を拒んだりせぬよ」


 太陽のような笑みを浮かべる龍女を見て、男はその仏頂面に似合わず、口端を綻ばせた。


「龍女よ。貴様の名前は?」

「わしか?わしの名前は白露じゃ。良い名じゃろう?お主の名は?」









「……っ――――――――――」

 


――――――



「ねぇ、応星」

「どうした、こんな夜更けに」

「それはこっちだってそうよ」

星空の良く見える野原に寝転がり、天を眺めていた彼の脇に白珠が腰を下ろし、応星の顔を覗き見る。

「……何だ」

「白髪、増えたわね」

「……そんなことか」

応星は鼻を鳴らし笑い飛ばした。狐族である彼女の寿命が三百年程なのに対し、短命種である彼はその三分の一にも満たない。白珠が応星を連れてきた時、彼はまだ幼子だったというのに、すっかり身長も越され、しまいにはその髪の毛に白髪が混じるようになって来た。

「元より俺は短命種だ。……皆より長く生きるつもりは無いし、そこまで生きようとも思わん」

「それはどうして?」

「皆に先立たれて最後に死ぬよりも、誰かに看取って星槎に乗せてもらった方が良いだろう。俺なんぞの星槎の用意がされるかどうかは知らんがな」

応星は自虐するような笑みを浮かべ、白珠の顔から再び空にへと目を移した。

「それにあんまり長く生きすぎて未練を残したら、バケで出るかもしれんぞ?白珠、お前は歳陽のような妖が苦手だろう?」

「……でも、応星が化けて出てくるなら。五騎士の皆、喜んで迎えると思うよ」

「…………ふん」

「嬉しいくせに。素直じゃないなあ」

昔であった頃のように、白珠が応星を頬を指先でつつき、彼はそれを煙たがるように体を捩った。

「……じゃあ、約束をしましょう。あなたが死んだとして、どこかで生まれ変わって私達の事を覚えていたとしたら」

白珠の紫陽花色の髪の毛が、ふわりと夜空に舞う。



「私に、会いに来て」



「…………ああ、無論。星空に誓って」




 




 

今回は刃のお話でした。

実はサブタイトルをよく見ると……?

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