8話〜セイの理由〜
久しぶりに夜に寝ることになった。夜に寝るのが懐かしいって、どういうことだよって思うけど。しかしせっかくの夜にできる睡眠も、寝れない。なぜなら、私はもう昼に寝てしまっている。でも今寝ないと移動するとき眠いし……という葛藤に苛まれ中だ。両隣で寝るツキとキラはぐっすりだし、キラとヨルの向こう側にいるセイもよく見えないがたぶん寝ている。ヨルはまだゴソゴソしてるから起きているだろう。
「……ねーヨル、なんか話そうよ。」
「移動中眠くなるぞ……と言いたいところだけとど、俺も全く眠くない……」
ヨルが起き上がり、テントから出たのでついていく。夜の風は少し肌寒い。ヨルが軽く枝を集め、火をつける。
「少し話そう。」
うん、と返事をして、学校のことや流行っている曲、シエルのことについてなんかも話した。久しぶりのヨルとの一対一の対面に、会話が弾む。
「ふふ……この話は、学校が一緒じゃないとできないしな。」
「そうだね。3年生で流行った曲とか、バッチリ合ってる。」
「キラとツキ王女は、俺たちより少し年上だからな。」
「あ、やっぱりそうなんだ。」
なんとなくお姉さんっぽいなとは思っていたけど、やっぱり年上だったらしい。雰囲気でわかるもんだな……
しばらくヨルと話して、夜が暮れきったころ、ようやく寝床についた。やはり眠くはなかったけど、一応浅くは寝れた。
浅い眠りの中で、なにかが動く音がする。またヨルが起きたのか?と思ったけど、違うようだ。少し起き上がってみると、セイがいない。まだ起床時間までは結構あるし、随分早起きなようだ。もう完全に目が覚めてしまったし、ついていくことにした。
「……何してるの?」
折りたたみ式の机だろうか。その上に大量の本と紙を広げて、何やら本を読みながら書き綴っている。
「ああ……、起こしてしまいましたか?」
セイがちらりとこちらを見る。月に照らされていると、セイの髪と瞳は本当によく目立つ。
「調べているんです。なぜ、ディーア族とグラマー族ができたのか……動物の耳が付いている個体が、産まれたのか。そもそも、なぜ人は魔力を持ち始めたのか。」
机の上に散らばっている本はどれもボロボロで、たくさん付箋が貼ってある。紙の量も、尋常じゃない。きっと何年と、研究を続けてきたのだろう。
「……ねえ、セイは、なんで、地球に来たの?」
聞かずにはいられなかった。本はどれも地球のもので、きっとこの研究をするために地球へ来たのだろうということはわかる。しかし、セイの年は私たちとそう変わらない。こんなにも大量の研究の形跡が出ているのなら、まだ幼い段階で地球へ来ているはずだ。幼い子どもが、一人で地球に行く。なにがセイを、そこまで動かすのか。
「………少し長くなりますけど、聞きたいですか?」
その言葉に、ぐっと喉の奥が詰まった。そう言うってことは、少なからず重い話なんだ。きっと。それを話させるのは、相応の覚悟が必要だ。
「皆さんも。」
私を見ているように見えたが、違う。私の後ろだ。後ろを振り向き、ギョッとする。ヨル、ツキ、キラが大集結していた。
「いや……その……出るタイミングを、見失って……」
「別にいいですよ。いつかは、話さないといけないことでしたし。」
改めて5人で座り、話を聞く体制になる。
「……やっぱり、『あの事件』と、関係があるのか?」
ヨルの言葉に、セイは曖昧に頷く。
セイはゆっくりと、話し始めた。
〜Sideセイ〜
ぼくには、おかあさんと、おとうさんと、ふたごのあにの、ソラがいる。
おかあさんとぼくには、あたまにおおかみのみみがついていた。
おとうさんとソラには、あたまにみみはついていない。
ぼくたちかぞくは、とってもなかよし。
あさおきたら、おかあさんとおとうさんがほっぺにちゅーをしている。
ぼくもやって。といったら、りょうほうからちゅーをしてくれる。
ソラがずるいっていって、ちゅーをねだる。
ソラにもちゅーをしたあと、ふたりはいう。
だいすき
って。
ぼくたちかぞくは、とってもなかよし。
いたってふつうの、しあわせなかぞく。
「セーーイーー!はやく〜!!」
「待ってよソラ〜!くつが脱げちゃったの!」
お父さんがアステール国の王国騎士団をやっている影響で、僕たちは剣が得意で、大好きだった。今日も2人の『秘密の場所』で、剣の稽古をする。
「セイ!絶対に、帽子は脱いじゃだめよ!」
「わかってるーー!」
お母さんは、僕が出かけるときに必ずそう言う。この国ではお母さんと僕以外は耳が付いている人なんていないらしい。この忠告を、深く考えたことはなかった。
『秘密の場所』についた。ここは僕たちが秘密基地と呼んでいる場所で、実際は古い鉄工場だ。
「じゃーこの線からね!」
「わかった!じゃあラルフ!お願い!」
地面に傷を付け、開始位置を決める。審判はいつもラルフの役目だ。
「では。始め!」
ラルフの合図でソラと斬り合う。もちろん本物の剣ではなく木剣だけど、ある程度の技術は必要だ。
ソラが後ろへ下がった。剣だけは、僕の方がちょっとだけ得意だ。これで勝負を着けようと、大きく振りかぶったとき。
「わっ、」
下にあった鉄骨に気づかず、思いっきりつまずいてしまった。その時、僕の持っていた剣がガンッと、何かに当たる音がした。
ガラガラガラ。ガシャンッ
鉄が崩れる音。何かが当たる音。僕が起き上がった時にはもう、頭上に鉄の塊が落ちてきていた。
「セイ!!」
ソラの声。気づけば、僕はソラに押し出されていた。上の鉄の塊は、ソラの頭の上に。
ガラガラっガッシャーン!!
耳を塞ぎたくなるような騒音。あたりは何かの煙がたつ。
「ソラ?」
ソラがいた方に目を向ける。そこには、崩れ落ちた鉄の塊。その下には、赤い液体が流れ出ていた。
もしかして、これは、ソラの。
「ソラ?ソラ!!」
必死に呼びかける。いつの間にかラルフも横に来ていて、回復魔法をかけたり鉄をどかそうと試みている。
しかし、たかが使い魔と子ども。どかせもしないし、高度な回復魔法は使えない。
「大人……助け、助けを呼んでこなくちゃ……!」
「セイ殿!」
何かラルフが呼び止めているが、構っている暇はない。早く、はやく。助けないと。
「あっ……!助けて!ソラが!ソラが……!下敷きに……!」
外に出たら、学校のクラスメイトを見つけた。手分けして、大人を探してくれるはず。
「うわっ!ディーア族だ!!」
「セイなのか?お前ディーア族だったのかよ!あっち行け!!」
予想に反し、石を投げつけられた。気がつかなかったが、ソラに押された衝撃で帽子が脱げていたらしい。つまり、僕の頭にはオオカミ耳が丸見えだ。
「なんで……?助けて、助けてよ!ソラが……」
「うわっ!近づくなよ!菌がうつるだろ!」
「かーちゃんがディーア族には近づくなって言ってたもんね!」
そう言って二人は去ってしまった。石を投げつけられたことで、頭がジクジクと痛む。血が目元まで垂れてきて、気持ち悪い。でも、そんなことより心が痛い。さっき会ったクラスメイトだって、一緒に鬼ごっこをして遊んだことがあるのに。
「セイ殿、一度家へ帰りましょう。」
ラルフが僕の帽子を咥えて近づいてくる。その帽子を、すぐには受け取れなかった。
「ソラは……?ソラは、どうなるの?」
「………」
ラルフが黙り込む。もう、それが答えだ。僕たちじゃ助けられない。家へ帰っていたら間に合わない。つまり、そういうことだ。
それでも、できるだけ早く走った。ラルフから受けった帽子を被り直し、全力で。砂埃で服はボロボロ、さらには頭から血を流している子どもに目を向けてくる大人はいっぱいいる。でも、この人たちは助けてなんかくれない。普通の人なら助けるのに。
……あれ……?
僕って、普通じゃないの?
「お母さん!お父さん!ソラが……!」
姿の確認もせずに大声で呼ぶ。今日は休日だから、二人とも家にいるはずだ。混乱しながらも、一生懸命に事を伝える。きっと上手く説明はできていないだろうけど、お父さんとお母さんには伝わった。
「……セイ、見られたの?その耳。」
お母さんの顔が怒っているように見えて、少し怖い。それでも、正直に小さく頷く。約束を破ったこと、怒っているのだろうか。
「……すぐに荷物をまとめよう。」
お父さんがそう呟くと、お母さんもそれに続いて荷物をまとめてしまう。突然のことで足が動かない。どうしてこの家をでなければならないのか。
ソラは。
そうは聞けなかった。だって二人とも、涙を流しながら荷物をまとめていたのだから。
「ここよ。セイくんの御宅。」
「失礼します。警察でーす」
扉を叩く音がする。なんで警察が来るの?僕、ただ、ソラを助けようとしただけじゃないか。
「裏口から出よう。」
あまりまとめられなかった荷物を持って、裏口から出る。歩いている間も、どうしてという気持ちと悲しい気持ちで涙が止まらなかった。
最初に行ったのは、国境近くの森。持ってきたキャンプ道具と非常食を用意して、夜を明かす。
「僕が……いけなかったの?僕が……転んだから?」
そもそも、この事態は全て僕が起こしている。僕が原因なんじゃないかと思っても無理はない。
「違うわ。悪いのは……世界よ。だってお父さんとお母さんはこんなに愛し合っているし、ソラとセイのことだって大好き。」
お母さんはそう言って抱きしめてくれたけど、隣にソラがいないのがどうにも淋しくて、寒かった。
「いいかセイ、どうしてもこの世界じゃ生きられなくなったら、地球へ行くんだ。」
お父さんは僕の肩に両手を当てて、必死に説得するように言った。お父さんはアステール国の王国騎士団。地球への通り道は、知っていた。
「お母さんとお父さんも、一緒に行くよね?」
「……ソラを、守れなかった。お前だけは、守らせてくれ。」
そこで気づくべきだったかもしれない。お父さんとお母さんは、命に代えても僕を死なせないつもりだ、と。
家に帰れなくなって、約一ヶ月。お母さんとお父さんは、少ないお金で服などを買いに行っている。僕はラルフとお留守番。国に、僕たちがいることがバレてはいけない。しかし今日は、やることがあった。今日は、お母さんの誕生日なのだ。少し、街に出たい。
買い物はできなくても、誰かから紙とペンをもらえば、手紙を書くことはできる。それもできなかったら、お花でも摘んで帰ろう。それくらいのささやかなプレゼントくらい、してあげたい。
「ね、ラルフ。少しくらいいいよね?」
「フードはしっかりかぶるんですよ。主。」
ラルフは僕のことを、『主』と呼ぶようになった。それはきっと、ソラがいないからだ。ラルフは、僕とソラの二人の使い魔だったから。
フードは絶対に外れないように、手で押さえて進む。これを取ればどうなるかは、もう経験済みだ。
「ねえ、あっちにディーア族がいたらしいよ。」
その声に、足が止まる。でもこの人たち、僕の方を向いていない。僕じゃない。
じゃあ、誰のこと?
この国に僕以外のディーア族がいた。嫌な予感しかしない。
「ね、ねえ、それって、どこ?」
「ん?ああ、あの橋を渡ったところだよ。でも、あまり子どもは見ない方がいいと思うけどねえ。」
その忠告を聞かずして、橋の方に走り出した。もし、もし、お母さんだったら。そんな気持ちが抑えられなかった。
そして、その予想は裏切らなかった。
「人の妻に何をするんだ!立派な人殺しだ!お前は!!」
「ディーア族を攻撃したんだぞ?むしろ英雄と称えてほしいね!そもそも、ディーア族を嫁にとるお前の神経がおかしい。精神科でも行ってきたらどうだ?」
かわいそー。
クスクス。
ホントにディーア族だよ。
え、あの人たち本当に結婚してるの?神経疑うー。
くすくす。くすくす。
お父さんがこんなに声を張り上げているの、初めて聞いた。いや、そんなことより、お父さんの膝に横たわっているお母さんだ。帽子は飛ばされていて、オオカミの耳をさらけ出している。そして、何者かに魔法で攻撃された、無数の跡。すでに虫の息だった。
え、これ救急車呼ぶ?
いいでしょ。ディーア族なんて医者も治療したくないよ。
くすくす。ざわざわ。
「シルナ、シルナ!」
くすくす。くすくすくす。
ーーーえ?ーーー
お父さんがお母さんの名前を呼んでいる。誰も助けようとしない。誰もがお父さんたちを嘲笑っている。
ーーーどうして?ーーー
こんなにお母さん、血だらけなのに。本当だったら、皆騒いで救急車を呼ぶのに。
こんなにお父さん、必死なのに。愛する妻を守ろうと、必死なのに。
「ーーっ、おとうっ、」
「主!……もう行きましょう。」
僕がお父さんの名前を叫ぼうとしたところで、ラルフが腕を引っ張ってきた。なんで。これじゃあお母さん、助からない。視界の端に警察が見える。お父さんが捕まってしまう。
ねえ、ねえ、僕たち、何か悪いことしたの?
殺されなきゃいけないこと、捕まらなきゃならないこと。
そんなこと、絶対にしていない。
だって、だって。僕たちは確かに、
幸せだった。
「ラルフっ、離してよ!お母さんとお父さんが!!」
「主……母君はもう、助かりません。父君も、もう……捕まっております。」
ラルフは僕を薄暗い路地まで連れていった。もう頭が真っ白でラルフの言葉も入ってこない。助けなきゃ。でも、また、あのときのように石を投げられたら?
もう、僕にできることはなにもないの?
「……主。地球へ、行きましょう。」
ラルフの言葉に、絶望を感じる。それは、つまり、『どうしてもこの世界じゃ生きられなくなった』とき。この世界に、僕の居場所は、もうないんだ。『悪いのは世界』。本当に、その通りだと思った。お母さんも、ソラも、世界に殺された。
「……ねえ、僕たち、何かしたの?」
その質問に、ラルフは答えなかった。
警報の音が耳をつんざく。地球へ繋ぐ川は、もうすぐだ。僕はこの世界では生きていられない。グラマー族とディーア族のハーフなんて、誰も受け入れてくれない。
僕はこの世界に、枯れ果てた涙を一粒こぼし、川へ潜り込んだ。
僕には、お母さんと、お父さんと、双子の兄の、ソラがいる。
お母さんと僕には、頭にオオカミの耳がついていた。
お父さんとソラには、頭に耳はついていない。
僕たち家族は、とっても仲良し。
朝起きたら、お母さんとお父さんがほっぺにちゅーをしている。
僕もやって。と言ったら、両方からちゅーをしてくれる。
ソラがずるいっていって、ちゅーをねだる。
ソラにもちゅーをしたあと、二人は言う。
大好き
って。
僕たち家族は、とっても仲良し。
いたって普通の、幸せな家族。
ーーーだった。ーーー




