2話〜世界にさようなら〜
「……シエル……?」
これは、何?目の前の光景が理解できない。何が起こっているの?……いや、よく見たら、シエルだけじゃない。街のどこもかしこも……
ーー灰色ーー
「……え、何これ、ねぇ……なんかのドッキリ、だよね……?ねえ、ネク……」
「………」
ネクは困った顔をしながら何も答えない。
「……ねぇ、嘘……だよね?」
どうしても、そう思わないと理解できない。なんで。だってさっきまで、普通に色があったじゃない。みんな、ほうきで飛んでたじゃない。なんで、固まってるの?なんで、灰色なの?
「……そうだ、お母さん……!」
誰か無事な人がいるかも。とりあえず家に戻ろう。お母さんが生きてるかも。そう思い、一歩踏み出したその時。
「おい、まだ生き残りがいるぞ。」
人の声がした。ほっとするはずなのに、その言葉はあまりにほっとできる言葉ではない。
「……なんでこんな子供残ったんだ?」
「……あれだ。国境近くにいたからだ。命拾いしたな。」
出てきたのは、黒髪の男女。年は、二十歳を超えているかどうかぐらいだろうか。双子のように似通っていた。実際、双子なのかもしれない。いや、そんなことより気になるのが胸元にある紋章だ。あれは、教科書で見た。ルシーン国の最戦力である証……王国騎士団だ。
「……、な、なんで……」
「どうする?魔力切れで石にする魔法は使えない」
「まあ、一人だけだ」
私の言葉を無視して話を進めてくる。
「「殺そう」」
………っ、
ゾワッ。生まれて始めて、本当の命の危険を味わった。殺される。私は無意識に回れ右をし、全速力で走った。
「ブルハ・ラール・ミルキー」
キンッ!!
私の真横に鋭い風の刃が通り過ぎる。そして私の前にある木を2、3本なぎ倒していった。
「ひっ……、」
逃げなきゃ。逃げなきゃ。そう思うのに、体が上手く動かない。体が異常なほど震える。
「ブルハ・ラール・ミルキー」
女の人の方が、私に迫ってくる。手に持っているのは、魔剣。魔力をこめた剣で、私を斬ろうとしてくる……
キィィィッッンッッ!!
金属が何か硬いものに当たったような、鈍い音。反射的に閉じた目を開けると、そこには私の肩で額の星を光らせながらバリアを張るネクと、そのバリアに接触した剣。
「ふん、私の攻撃を使い魔が防ぐとはな……だが……」
ネクは警戒し、毛を逆立てている。そして女の人の後ろにいたのは……銃を持った、男の人の方。すでに銃にはかなりの魔力が溜め込まれていて、ネクのバリアでも防ぎきれそうにない。
「次はない」
何かやらなきゃと思うのに、体は動かない。
「ブルハ・ラール・ウェイ」
魔力の球が、こちらへ向かってくる。ああ、私、死ぬのかな。ネクと一緒なのが、まだいいかもしれない……
キィィィィィッッンッッッッ!!!
再び、金属が硬いものに当たったような音。そういえば、死んでも耳だけは数日間聞こえてるって言うよな。でも、どれだけたっても痛みはない。体が震えている感覚も続いている。恐る恐る、目を開けると、
「…………、」
そこにいたのは、よく知る後ろ姿。……ヨル様だ。
「王子直々のお出ましか。」
「王子は生かして捕らえろとのご命令だ。殺しはしないさ。」
私からは後ろ姿しか見えないが、きっと二人を睨みつけている。
「ブルハ・ラール・ヨル」
ゴオッッッ!!
激しい炎があたりに散る。……凄い。こんな魔法、始めてみた。
「我が王に助けられたこと、誇りに思うがよい。」
「うわっ!?」
いつの間にか足元には、なんだか少し太った猫。あんまり見たことないけど、ヨル様の使い魔……というか、王族に伝わる使い魔だ。でもなんか……偉そうだ。凄いイラッとくる。
「我が王が合図をしたら全速力で走るんだ。いいな?」
「え、なに、合図って……」
もうさっきからいろんなことが起きすぎてわけ分からない。
「オースティン!!ホシ!」
ヨル様の叫び声と同時に爆発が起き、あたりは黒い煙で覆われる。その瞬間、サッと『オースティン』と呼ばれた偉そうな使い魔が逃げていく。
「ホシ!とりあえずついていけ!」
ネクがサッと指示出しをしてくれたので、小さな猫についていく。ヨル様も私の後ろからやってきたし、方向は合ってるだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
全速力でオースティンについていったので、息切れが凄い。同じく私の横にいるヨル様も息を整えていて、ネクは私の肩にいたから走ってない。ズルい。
「……ねえ、どういうこと?何がどうなってるの?みんなは?なんで石になってるの?」
知っている人に会えた安心感と今起こっていることの不安感でもう何が聞きたいのかもぐちゃぐちゃだ。
「ホシ、落ち着け。」
ヨル様が軽く手を握ってくれたお陰で、少し落ち着く。……あれ、なんかヨル様の手……冷たいし、震えてる……?
「まず、石になった人たちは死んでない。一時的に時間を止められているだけだ。」
死んで……ない……、とりあえず、その言葉にほっとした。でも、石になった人たちは……戻るの?
「あの魔法は禁書だ。『絶対防御魔法』とも呼ばれている。石になるかわりに、外からの衝撃はなにも受けない。でも……戻す方法は、まだ見つかってないんだ」
「じゃあ……!?シエルは!?お母さんたちはどうなるの!?」
「……これを、見てくれ。」
そう言ってヨル様が差し出したのは、『地球の全て』と書かれた分厚い本。かなりボロボロだし……なんか、王家に伝わる大事なものなんじゃ……?
「その本の、364ページを見てくれ。」
大人しく364ページをめくる。するとそこには、『7つの宝石』と大きく書かれていた。
「その7つの宝石が……地球の各地に散らばっていて、7つ全てを集めれば願いが叶うと言われている。でも……地球は、カエムルの数十倍はでかいし、何年かかるかわからない。」
………。地球……、私が、夢物語だと思っていた、地球。怖いよ。何がどうなってるの?
「「伏せろ!!!」」
急にネクとオースティンが叫び、ネクは叫んだと同時に私の頭に乗って伏せさせた。
「見つからないか。」
「ああ。まだ近くにいるはずだが……」
自分の口を手で抑える。私の後ろにいるのは、王国騎士団の紋章を付けたたくさんのディーア族。……見つかったら、殺されるかもしれない。その恐怖に、ガタガタと歯が鳴る。
………。何分、経っただろう。人の声が止む。体感では何時間も経っている気がする。
「……見ての通り、あんまりグダグダしている時間はないんだ。……最後に、家族に会わせてあげることもできない。」
……。私にとっては、絶望の選択。地球に行くのも怖いし、死ぬのはさらに怖い。するとヨル様は、申し訳なさそうな顔をしながら私の方を向いた。
「ただの一般人であるホシを巻き込むのは悪いと思ってる。でも、ここまで生き残ってしまった以上、もう死ぬか地球へ行くかしかないんだ」
……。確かに、地球に行くのは怖い。でも、でも、死ぬくらいなら。
「……私、行く!地球!」
手も足もガクガクだし情けない姿だけど、しっかり言い切った。
「……、ありがとう。」
するとヨル様は、ふっと困ったように笑った。……あれ、ヨル様って、こんな風に笑う人だっけ?そりゃあ、テレビとかで笑ってるのは見たことあるけど、わかりやすい愛想笑いって感じだったし。
「………」
今日、ヨル様としっかり話してわかったけど、ヨル様はそんなにクールでも、近寄り難くとも、一匹狼でもないのかもしれない。それはただ、ヨル様に『王子』という印象が強いだけ。だってよく見れば、身長だってほとんど同じだし手を握ったとき、私と同じように震えていた。私と同じ年頃の、男の子なんだ。
「……行こう。」
しかしやはり一般人と王族の違いはあるのか、すぐに大人っぽい顔に戻ってしまった。
「……はい。」
「いたか?」
「いない。こっちの方を探してみよう。」
そんなディーア族の声を聞きながらやがて、私が最初にいた位置……つまり、国境の境目らへんにたどり着いた。
「地球に繋がる道って、どこなの?正確な場所は機密情報なんじゃ……」
「機密情報は知ってる。……一応、王子だからな。」
……そっか。王子か。なんかその言葉で全部片付く気がしてきたよ。
「着いた。ここの川の近くに、木があるだろ?そこの隣を潜った所だ。」
「……え!?潜るの!?」
「……まあ……無事地球まで行けたら、魔法で乾かすから大丈夫だ。」
そっか、ヨル様って火属性か。だったら乾かすくらい大差ないよね。
「それと、ゲートに渡るときに注意事項がある。それは、必ず体のどこかを触っていることだ。もちろん、使い魔も。」
「……わかった。でも、なんで?」
「入るたびに出る場所が違うんだ。地球からこっちにくる場合は必ずここらしいがな。たぶん、面積の問題だろう。地球からこっちにくる道はいくつかあるらしいが、ここから地球へと繋ぐ道はここしかない。」
……うん。まあよくわからないが色々あるのだろう。難しいことは今はほっとこう。うん。
「……どうやって行くの?」
周りは、ディーア族でいっぱいだ。そのゲートにたどり着く前に捕まりそう。
「遠くに火を放つ。その隙に行くぞ。」
そう言ってヨル様は指に魔力をこめた。たぶん遠くに飛ぶような魔法も一緒に仕込んでる。ちなみに、普通はできない。
パァァァンッッ!!
ヨル様の指から鋭い光が出て、遠くの森で爆発が起こった。
「なんだ?」
「あっちの方か」
ディーア族たちが遠くの爆発に気を取られている隙に、素早く手を繋いで川の方へ駆ける。
「おい!爆発は罠だ!こっちにいる!!」
「捕らえろ!!」
その声が聞こえたころには、私たちはもう水の中だった。ぶくぶくと沈んでいく中、虹色に光っている謎の膜が見える。ヨル様が一度こちらを振り返り、『もう行くぞ』と目で訴える。
うん。もう覚悟はできている。さようなら、私の星、カエムル。
水圧に流されているような、風圧に飛ばされているような。とにかくとんでもない浮遊感を感じながら、目が悪くなりそうなぐにゃぐにゃした景色を通る。ヨル様の手だけは、絶対に離さないように。




