21話〜名前〜
「ブルハ・ラール・ホシ!!」
キラの周りに光が瞬き、やがて服に集まる。そして、眩しい光が消えた頃には。
「で……、できたーー!!!」
「うわー!やったじゃんホシ!」
「おめでとう!!」
勉強すること丸1日。やっと魔法式や物理学を多少理解できた私は、幻覚魔法を使うことに成功した。今、魔法をかけたキラの服はボロボロに見えている。変に服が歪んだり、ただただ服が発光しているだけという失敗もあったが、成功して本当によかった。
「ヨル王子とセイも呼んでこよう!」
「ブルハ・ラール・ホシ!」
全員分の服をボロボロに見せ、再びあのスラム街へと向かう。どうやらこの魔法は3時間ほどは継続するそうだ。
「でもキラのバッグを盗んだあの子はどこにいるんだろう?」
「一応売り場を見て回ったが、キラのバッグは売られてなかったぞ。」
あと考えられる可能性といえばすでに遠くまで売り飛ばされている、だが、どっちにしろここであの少年を見つけるのが手っ取り早いだろう。
「おいこのガキ!!まて!!」
鋭い怒鳴り声にびっくりし、あたりを見回せば走って男性から逃げている、あの少年。手にはパンが握られていた。
「あー!!いたーー!!」
少年はすぐにキラに気づき、私たちからも反対の方向へ走っていく。いや、めちゃくちゃ足速い。普通に追いかけても絶対追いつけないぞ、これ。
「……ちょっと魔法使っちゃうよ……っと!!」
キラが小さく足に魔法をかけるのが見えた。足の周りには見えない程度の雷光が点滅し、その瞬間、キラは物凄い速度で走り出した。
「捕まえた!!」
「離せオレンジ頭!!」
ついにキラが素早い少年を捕まえた。パンを盗まれた男性はまだ探しているようだが、キラたちには気づいていない。
「静かにした方がいいんじゃない?あのおじさんに見つかったらパンも返さなきゃいけなくなるよ?」
その言葉で少年はやっと大人しくなり、私たちを鋭く睨みつける。食育のせいか身長は低いし腕も足も棒のようだが、私とそう変わらなさそうな顔立ち。12.13歳そこらだろう。
「どうせあのバッグを返せって言うんだろ!?やだね!盗まれた方が悪いんだ!!」
しかし少年も負けていない。キラにしっかりと拘束されているにもかかわらず引く姿勢が全く見られない。
「……ふーん?その言い方だと、返せないわけじゃないんだ?本当に返せなかったら『返せない理由』を言うはずだもんね?」
少年がギクリと動きを止める。こんなにキラが取引上手だとは思わなかったな……
「まあいいよ。君の言う通り、盗まれた方も悪い。だから、知識と交換。食べられる草や、そのガチガチのパンの美味しい食べ方を教えてあげる。」
「そんな話に乗るかよ。パンなんか食えりゃいいし食える草なんて知り尽くしてる。それに、このあたりの食える草は全部食い尽くされてる。」
「そうでもないよ。毒がある植物だって、調理の仕方で毒が抜ける。同じように、毒蛇だって頑張れば食べれるよ。味は保証しないけどね。」
ぐっと、少年の動きが止まる。キラの提案が少し気になってきたようだ。
「……わかった、ただ、そっちが話すのが先だ!」
「おっけー。いいよ。ただ、バッグを隠してある場所には連れてってもらう。」
また一つキラを睨みつけたあと、少年は黙って歩き出した。……たぶん、ついて来いということかな……?
「ねえ、君、名前は?」
「……クリス。」
「そ。ちゃんと名前があってよかった。」
「……どういうことだ……?」
キラの言葉に、少しドキッとする。前話してくれたが、キラは昔奴隷で、逃げたところをヨルに拾われたらしい。そこまで、名前がなかったとしてもおかしくない。
「親からもらった名前じゃないかもしれないけど、ちゃんと呼び名があることはいいことだよ。」
「……この名前はここでの暮らし方を教えてくれた爺さんに貰った。……死んだら、この名前を名乗っていいって。」
死んだら、この名前を名乗っていい。一瞬、何のことか分からなかったが、つまりもともと『クリス』という名前はそのお爺さんのものだった……ということだろう。
「ま、ここから出られるかはほぼ運だと思うけど、出会いを大切にしな。私は運がよかったから、今ここにいる。」
「お前はスラム出身なのか?」
「似たようなものかな。」
少し、世界の闇を知った気がする。地球にも、まだ解決しないといけない問題が山程あるんだ。
「ねえ、そういえばキラって名前は誰につけられたの?」
今までのキラの言い方だと、最初は名前がなかったかのような言い方だった。なら、キラはいつからキラになったのだろう?
「えー、聞きたい?ヨル王子がいいならいいですけどー」
……ん?なんでここでヨルが出て来るんだ?いや、王宮に拾われたんだからヨルが出てくるのもおかしくないか。
「……余計なこと話さないならいいけど……」
「話しません話しません!」
スラム街に、少しだけ楽しそうな声が響く。
〜Sideキラ〜
………。真っ白。一瞬、天国にでも来たかと思った。でも、行くなら地獄か。わけがわからない事態に、鼻でふっと笑ってしまう。でも、体が軽い気がする。腕は白い布みたいなのでぐるぐる巻かれているし、顔にもなにか白いのが貼ってある。
「あ!起きたの?」
子どもの声。声が聞こえる方を向くと、そこには意識を失う前に見た、あの身なりのいい少年。
「お目め、緑色なんだね。キラキラしてる。」
キラキラしてる?そんなわけない。だって、死んだ魚の目だとか、腐った食べ物のようだとは言われるけど、キラキラしているだなんて言われたことない。
「あ!人呼んで来なきゃ!ちょっと待っててね。」
そう言ってパタパタと部屋を出ていく。なんでアイツは、私を助けたんだろう。ただの慈善行為?だったら、すぐに飽きるだろう。
「ヨル王子!またレッスンを抜け出して『あの子』の所に行ってたんですか!?」
「えっと、でも、でも!『あの子』、目が覚めたんだよ!」
「!……医者を呼んで来ます。他のメイドも呼びますのでヨル王子はレッスンに戻って下さいね!」
「えー!いやー!!」
……。『ヨル王子』。ということは、ここはアステール国の王宮。あの少年は、この国の王子、ということだ。道理で身なりがいいわけだ。しばらくして年配の白衣を来たおじさんが現れて、私の身体を色々と触り始めた。私は物のようにピクリとも動かず、ただ事が過ぎるのを待つ。それが一番、被害が少ない方法だからだ。
「……うん。栄養状態は不安だけど、大きな病気もなさそうだし怪我も残るようなものじゃなさそうだ。」
シワシワの手が私の頭に乗る。すると反射的に、私はそのシワシワな手を弾いていた。頭は急所。すぐに守るように、防衛反応が作動する。しかし白衣のおじさんは怒るわけでもなく皺だらけの顔をくしゃりとして微笑みながら医療道具を片付ける。……少なくとも、この人は危害を加える人ではなさそう。
「……なんで王宮なの。」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。だって、普通王宮で療養なんてしない。いくら王子が私を拾ったとしても、そのまま病院送りなはずだ。
「王子があなたの様子が見たいとおっしゃるもので。現在騎士団にも大きな怪我をしている者は在りませんので、私が引き受けました。」
私が生きるのか死ぬのか結末が見たかったってことらしい。まあ、どうでもいいか。私はこれからどうなるのだろう。孤児院に送られたりするのだろうか。
「少し聞きたいのですが、あなたのことはなんと呼べば良いでしょう?」
侵入者さん。
あの甘い声が脳裏を過る。いや、違う。ここに逃げて来たからには、あの子とはもう敵同士。馴れ合ってはいけない。
「なんとでも呼べばいい。」
「そうですか。わかりました。」
白衣のおじさんはこれ以上は特に聞くこともなく、まだ安静にしていて下さいね、と一言言った後に部屋を出て行った。
「こんばんは」
あたりがすっかり暗くなり、月も上に昇ってきた頃。もう来ないだろうと思っていたあの王子がやって来た。
「子どもは寝る時間じゃないの」
「だってさっきまでお食事マナーとダンスのレッスンしてたもん。もうお腹いっぱいだしとっても眠い。」
「じゃあ寝れば」
『お腹いっぱい』だなんて。一度は言ってみたい言葉だ。この子は一度も飢えに怯えることもなく、パパやママと楽しくやっていたのだろう。
「う〜ん、ちょっとお話しよう。」
「嫌。なにかあったら私の責任でしょ。」
身分の高い人と行動することほど面倒なことはない。その人に何かあったら何故守らなかった、何故お前が無事なんだと罵られるから。
「だって君は、なんかこう、固まった言葉で話さないから。」
固まった言葉?敬語のことだろうか。敬語くらい私も使えるが。ちゃんとした言葉で話せということか。
「じゃあ、これでいいですか。王子……」
すぅ、すぅ。
私にかかっている白い毛布の上に、寝息をたてて眠る王子。結局、私が怒られるやつじゃないか。こんな姿勢で寝て、王子が身体が痛いとか言い出したら私の責任になってくる。自分がこの王子を運んでもいいが、汚い手で触るなとか言われたら面倒だしそもそもこの王子の部屋なんか知らない。
「……もう何でもいいか。」
殴られるのなんか慣れてる。今更だ。このまま寝て精々身体を痛めるといい。どうせメイドかなんかが迎えに来るんだろうけど。
……そういえば、この王子はあのお姫様と比べてだいぶ幼いのに、言動はお姫様と同じくらいか、それ以上に大人だ。まあ、あのお姫様は王位継承権がそんなに高くないと聞いたし、甘やかされて育ったのだろう。この王子は、どのくらい位が高いのだろうか。兄弟がいる様子もないし、すでに次期王として決まっているのだろうか。まあ、どうでもいいか。
私は、そのまま眠りについた。
包帯も取れて、食事も毎日3回。調子はすこぶる良い。なのに、私はまだ王宮にいる。怪我もほぼ治ったので、私はメイド見習いの寮に送られた。そこには私と同じくらいの年齢の子が寝泊まりしていて、メイド修行に励んでいる。私はどうしてここにいるのだろう。さっさと孤児院にでも送ればいいのに。適当に寮内をうろうろしていると、向こうから大人のメイド画やって来る。
「受け入れてくれる場所、まだないの?」
「ええ、あの子と同じようにディーア族から逃げて来た子たちがいっぱいいるみたいで……」
「う〜ん……ここの見習い寮も孤児院のような役割をしているからこのままでもいいけど……あの子がメイドになれるかどうか……」
メイドたちが話していたことをまとめるとこうだ。ここは貧しい子供たちが出稼ぎに働いていたり、メイドになりたい子が自主的に来たり、身寄りのない子が衣食住のために働いていたりする場所らしい。じゃあ私はこのまま、メイドになるのだろうか。別になんでもいい。あの最悪な場所よりは、きっと随分マシだろうから。
「おはよー!」
ちなみにヨル王子は、相変わらず私のところに来た。大体お昼か夜遅く、必ず私のところに遊び道具を持って来る。今日はカードゲームのようだ。
「また来たんですか。」
「うん!あのね、七並べやろ!あ!皆もやらない?」
昼にヨル王子が来るのは必ずお昼休みの時間。メイド見習いの子たちも休み時間で、皆それぞれ遊んでいる。その子たちを、ヨル王子はいつも誘うのだが。
「お、恐れ多いです!」
「わ、私、今日地下室を掃除して来たので!」
いつもこの調子だ。ヨル王子の誘いに乗るものはいない。まあそれはそうだろう。ここにいる子たちはほぼ平民。王族とは身分が違いすぎる。
「そっか、ばいばい」
ここまでが一連の流れ。断わられるのもわかっているはずなのに、何故毎日誘うのか。理解に苦しむ。
「七並べは二人じゃつまんないですよ。どうせ二人でやることになるんですから、オセロとかチェスを持って来ればいいじゃないですか。」
「だってルール難しいし、勝てないもん。」
……そういえば、ヨル王子は何歳だっけ。あまりに対等に私と話してくるから幼いということを忘れそうになる。結局この日は、七並べに付き合った。ヨル王子は楽しそうだったけど、二人だったので私はあまり楽しくなかった。
ある日の昼の時間。いつもならヨル王子が来る時間なのに、今日は来ない。来ないなんて初めてだったから、ちょっと気になった。
「………」
気になっただけ。別に、心配なんてしてない。ここは王宮で、警備は厳重なはずだし。王宮にはいるはずだから、ちょっと顔を見に、探しに来てるだけだから。
「あら……?こんにちは。」
「……こんにちは。」
一応すれ違ったメイドに挨拶をしておく。私はここを追い出されたら、居場所はないんだから礼儀は払っておいた方がいい。
「ああ……もしかして、ヨル王子?」
……。ヨル王子が私に会いに行っているのは周知の事実なのだろうか。しかしまあ間違ってもいないので、小さく頷いておく。
「今日はちょっとした行事でね、ヨル王子は主催だから夜までは帰って来ないの。ほら、人も少ないでしょ?」
確かに、今日は歩いていても人にあまりすれ違わなかった。寮はほとんどの子が雑用業務だったから、きっとその行事とやらに出る子はいず、変わりなかったけど。
「ああ、でもこの日は夜になると、ヨル王子は必ず裏庭にいるの。……ヨル王子に、声をかけてくれると嬉しいわ。」
……?いつも、向こうが勝手に声をかけてくるからあまり関係ないと思うけど。
(裏庭……)
すっかり月も昇りきった夜。王宮の地理はさっぱりわからないので虱つぶしに周り、ようやく見つけた裏庭。
「………」
いた。ヨル王子。ただ、なんだろう。雰囲気が違うというか。月に照らされているからか。いや、たぶん違う。きっと、ヨル王子の目の前に二つ並んでいる、
(………墓石。)
ヨル王子は何をするまでもなく、ただただその場に寝転がっていた。何もない芝生に、ただ。瞳は開けられているので寝てはいないはずだ。ずっとそこに立ち尽くしていたら、バチッとヨル王子と目が合った。
「……えっと……こんばんは……?」
「……」
いつも話しかけてくる定番の言葉。せっかく私から話しかけたのに、ヨル王子は私と目を合わせるだけで言葉を発さない。なんだか、雰囲気が違いすぎて変に緊張してしまう。
「……なんで、ぼくが王子なんだろう」
子供が発する甘い声なはずなのに、こんなにも重い。本当に、子供が話している言葉なのか。
「……もっと、もっと、ぼくよりできる人が王子だったらいいのに。父上と母上を守れる人が、やればいいのに」
……何を言っているんだろう。この人は。確かにレッスンをサボるような子供らしさはあるが、こんなに難しい言葉を流暢に話す子供は、そうそういない。そもそも、王の家系に産まれなければ王子にはなれないとわかっているはずなのに。
「……今日ね、父上と母上のめいにちってやつで、なんかお花をいっぱい添える行事だったの。ぼくは、難しい台詞をいっぱい覚えて、ちゃんと行事を進められた。でも、でも、泣かないなんてはくじょうだって。酷いって。泣いちゃったら話せないのに、いっぱい覚えたのに」
……。大人は、この子供に何をさせようというのだろうか。この子供の言う通り、二つのことを同時にできるわけがない。きっと、その進行をしていた時は泣きたくても泣けなかったのだろう。私だって、泣きながら人は殺せない。だから、感情を殺してやっていた。
「……感情がある証拠ですよ。」
私は、何を言っているんだろう。こんな育ちのいいボンボンなんて信用しないつもりだったのに。なんか変だ。この王子が、ただの育ちのいいボンボンではないと、知ってしまったからか。
「君は、かんじょうがあるの?」
まるで覚えたての言葉を使うような辿々しさ。『感情』という言葉使いは少し難しかったか。
「『感情』とは心のことです。私に、あると思いますか?」
感情なんてとうに捨てた。きっとこの王子の前では笑いもしないし怒りもしなかっただろう。
「?あるよ?」
至極、当たり前のように。無垢な瞳が、私を見据える。
「ぼくが来たときには、ちょっと嫌そうな顔をする。ゲームしてるときは、むーって顔してる。勝ったときは、ちょっと嬉しそう。今は、とてもびっくりしてる。」
そんなの、ごく一般的なことを述べてるだけ。本当は、私はそんな顔してない。でも、私のととを私として見てくれるこの人ともっといれたら。そう思うだけで、ちょっと嬉しいのはなぜ?
「キラキラ、してる。」
最初にも言った言葉。あの時の私は、確かに感情が死んでいたはずなのなに、何故私の目をキラキラしていると言ったのか。
「ねえ、お名前ないなら、『キラ』って呼んでいい?」
私は、いつの間にか頷いていた。この人と一緒にいるために、ここで働きたい。そう、自分から初めて思えた。ヨル王子は、私に感情を与えてくれた。




