19話〜ツキの覚悟〜
「うあ〜……まだ着かないの〜?……」
海を渡ってイギリスを超え、フランスへ行き、イタリアにも行ったが気配はまだ先だという。本当にセイの言う通り、アジアとやらまで行ってしまったらしい。
「ルシファー様によると気配はまだ薄いようですね……まだあと倍はかかりそうです。」
「この倍〜!??」
主な移動手段はほうきだが、やはり都市では見つかってしまうこともあり電車やバスなどを乗りついで、体感一カ月。『ヒコウキ』とかいう地球で一番速い移動手段もあるようだが、国境をまたぐには色々証明が必要らしく、断念。ちなみに私たちは魔法で姿を消したり飛んだりして無断で国境をまたいでいる。バレたら即通報ものだ。
「今どのへんなの?セイ〜」
「今はトルコですね。ちょうどアジアに差し掛かったところです。」
ドイツでオースティンがくすねた世界地図を広げ、現在地を示されるが全くわからない。でも最初にいたイギリスよりかなり進んでいることはわかる。
「……今のところディーア族には会ってないけど……一応警戒はしておかなきゃね……」
キラの言葉に、少し空気がピリッとした。ディーア族。私が拉致されて以来、全く姿を見ていない。ディーア族は今でもヨルの首を狙っているから、血眼になって私たちを探していることだろう。
「……タイムリーなところだが、魔力持ちの気配がするぞ。」
「え、うそ。」
ネクの警告でみんな一斉に草陰に隠れる。今は人気のないところを通っているから、上から来る可能性大だ。なるべく自分の魔力を抑え、相手から気づかれないようにする。もしかしたら長時間かくれんぼ状態になることもあるかもしれない。
「………き……、……つ……!」
遠くから声がする。……しかし、こんなに大声で呼ぶことなんてあるだろうか?もしかして、セイと同じで和解できるタイプ……?
「……え、」
「ツキ?どうしたの?」
急にツキが魔力を抑えるのをやめ、上を向く。辞めたというより、驚いて中断されたという方が正しい。
「ツキ!やっと見つけた!一緒に帰りましょう!」
「ツキ……心配したんだよ。」
そこにいたのは、あの双子ではない男女。女性の方は腰まで届く輝くような長い金髪で、ツキとよく似た青い瞳。男性の方は短い銀髪を後ろに軽く結い、これまたツキとよく似た青い瞳。これは、私でも見たことがある。知っている。あの、二人は。
「……お姉様、お兄様……」
ルシーン国第一王女ルア王女、ユエ王子だ。
〜Sideツキ〜
「ツキ!早くこっちに来て!こんな奴らと一緒にいたらダメよ!!」
大好きなお姉様が呼んでいる。でも、私はここに居なくてはならない。何度も約束した。絶対に裏切らないって。私はもう、ルシーン国の敵だ。いくら大好きなお姉様が呼んでも、頷くことはできない。
「……お姉様、ごめんなさい。私は、この人たちと……!」
「……もしかして脅されているの?大丈夫よ、私たちが全部倒してあげる。お母様を怪我させたグラマー族の肩を、持つわけないわよね?」
駄目だ、話が通じない。お姉様はお母様が攻撃された現場を目撃している。恨みの気持ちが強いのはわかって、いたけど。
「姉上、落ち着いて。ツキに脅されてる様子はないし、グラマー族たちもすぐに危害を与えるような様子じゃない。」
そこでお兄様が助け舟を出してくれた。お兄様はいつもそうだった。私がキラのことを話しても、みんな可哀想に、怖くて幻覚を見たんだ、という目でしか見てくれなかったけど、お兄様だけは、最後まで話を聞いてくれた。もともと、お兄様はアステール国石化計画についても中立派で、進んでアステール国を滅ぼそうとは考えていなかったのだ。
「一回出直そう、姉上。どちらも急に会って気持ちが高ぶっているし、冷静な話ができない。ツキ、今日は移動をやめて、ここで待っていてくれるかい?また明日、ここに来る。」
……それは、私の一存だけでは決めかねる。私の勝手な事情だし、ここで足を止めるわけには、
「……私、ちゃんと話し合って欲しい。」
まっすぐに私を見据える紫の瞳。キラとすれ違った時も、『ディーア族』ではなく『私』として見てくれた、ホシ。
「……ねえ、明日になって騎士団呼んだりしない?」
「……ああ、約束しよう。」
「ちょっとユエ!」
「だったら、私は待ちたい。」
ホシは静かに、ヨル様たちの方を見る。ヨル様は頷き、キラは呆れたように笑い、セイも頷いた。
「……ありがとう。いい仲間を持ったな、ツキ。」
ポン、と頭を撫でられる。懐かしい。ちゃんと自分の国に戻って、お姉様とお兄様と楽しく暮らせたらどんなにいいか。
「正直俺は、あなたたちのことを信じられません。そしてあなたたちにとっても、俺たちが黙って何処かへ行く可能性を否定できないでしょう。」
いつの間にかヨル様が前へ出て、胸に飾ってあった紋章をお兄様に突き出す。……それは……アステール国の紋章では……?
「ああ、わかった。」
一瞬でヨル様の意図を理解したらしいお兄様は、同じように自分の胸に飾っていた紋章をヨル様に突き出す。勿論、ルシーン国の紋章だ。
「……ツキ、本当に……グラマー族のこと、仲間だと思ってるの……?」
……お姉様の顔が、見れない。失望しているのだろうか。今までと同じようにただ、心配だと困ってくれるのだろうか。
「……私の紋章も預けるわ。そこをあやふやにするわけにはいかないもの。でも、ツキ……お願い、必ず戻って来て……」
ヨル様の手のひらに2つ目の紋章が重なる。2人はもう一度私の方を見て、ほうきに乗って空へ消えていった。
「…………」
動かないと約束した以上、キャンプの準備をするしかない。それぞれ食料をさばいたり、テントの準備をしたりする。その間私は、ボーッとして全く役に立たなかった。
「……ツキ……その、どうするの?ルア様と、ユエ様のこと……」
ついに何もできずに食事が始まり、焼けた魚を頬張りながらホシが問う。どうする……どうすれば、いいんだろう。私はちゃんと、2人を説得……できるのかな……
「……私の意思は、変わらないよ。絶対、皆を裏切ったりしない。」
でも、でも。このまま、お姉様とお兄様と和解できないまま、戦うことになったら。私は、耐えられるだろうか。大好きなお姉様とお兄様を攻撃することに。
「みゃっ!」
「「!???」」
子猫の声。驚いて振り向くと、真っ白な子猫。私はこの子を知っている。この子は、
「……クロエ……?」
「つきー!ひさしぶりだねー!あそぼー!」
最近王家の使い魔としてお兄様が連れている、クロエだ。まだまだ子どもで人懐っこく、よく遊んでとせがまれたものだ。
「こらクロエ!勝手に出ちゃ駄目だろ!」
「あ!ユエー!みてみてツキだよー!ユエさがしてたでしょ?」
そのままクロエはお兄様の胸に飛び込み、優しく撫でられる。そこで私の他にホシたちも居ると気付いたお兄様は、クロエを肩に乗せ、両手を軽く持ち上げた。
「おっと……悪いね。攻撃する気はないよ。クロエがどうしてもツキの魔力に反応しちゃったみたいでね。……でも、」
もう一度、私の方に視線を向ける。なんだろう。やっぱり、帰ってこいって、言われるのかな。
「ツキと二人で、話がしたい。もちろん君たちも聞いていてくれて構わない。ただ、無理矢理ツキを連れていくなんてことはしないから安心してほしい。」
……お兄様は、私の話を聞いてくれる。昔、キラの話をした時に、そうしてくれたように。
「……私、お兄様と話す。皆、聞いていてくれる?」
焚き火を囲って6人で座る。ここにお兄様が入っているってことが、なんだか奇妙だ。一応人質(猫質?)のつもりなのか、クロエはホシやキラのところにいて遊んでいる。
「……まず、姉上のことを、悪く思わないでほしい。姉上は直接母様が危害を加えられるところを見ているし、物心も完全についていたころだから、記憶も残るしショックも大きい。……それに、一番は、ツキと戦いたくないんだ。俺も、それだけは避けたい。」
「……お姉様のこと、悪くなんて思ってない。今でも大好きだし、できるなら一緒にいたいよ。」
本来、お姉様が普通の反応だ。グラマー族に自分の母親に後遺症が残る怪我をさせられて、黙っているわけがない。
「…………」
「…………」
会話が止まる。お互い、言葉選びに困っていた。確かにお兄様は昔からあまり話さない人ではあったけど、私と会話が止まることはなかったのに。
「……ツキ、今ならまだ、戻れる。まだ、国では失踪した王女のままだ。ツキの仲間たちにも、危害を加えずにツキだけ連れて帰ることだってできる。」
その言葉に、心が揺らぎそうになる。だって旅は辛いし食事も満足にいかない。王宮には大好きなお姉様たちもいるし、贅沢な食事だってできる。でも、でも。
「……私は、戻らない。この戦争を、終わらせたい。王族だけど自由に行動できる第2王女だからこそ、意味があると思ってる。」
そうだ。これは、私にしかできないこと。お姉様やお兄様は政治に深く関わり、いなくなれば国は大混乱となる。でも私は、ある程度の影響力を持ちながらも混乱は最小限に抑えられる。
「……わかった。ツキがそれほど強い気持ちを持っているなら、もう帰ろうとは言わないよ。」
……てっきり、否定されると思った。顔を上げて見たお兄様の顔は、困ったように笑っていた。
「……ツキは意外と頑固だからね。これ以上言っても意思は変わらないんだろう?それに……俺だって、この戦争を終わらせたい。グラマー族を恨む気持ちがないわけではないけど、罪のない人たちまでせん滅だなんて、正しいとは思えない。」
お兄様が戦争について常に中立だったのは、否定したくても王子という立場上混乱を招くような発言はできなかったからかもしれない。決定権はお父様が握ってるけど、次に影響力があるのはきっと次期王であるお兄様で、かなり難しい立場にあった。
「ヨル王子。アステール国の復刻に、俺も協力しよう。そのために、ツキと連絡がとれるようにしてもいいかい?騎士団の動きなども伝えられるし、知りたい情報があったらルシーン国から調べよう。」
「……わかった。」
そうして私とお兄様は連絡先を交換した。これって、お兄様はスパイってことになるのかな?情報こっちに流してるし……
「……じゃあまた。また姉上と来るよ。もちろん、姉上にはこのことは言わない。」
お兄様がほうきを出し、クロエを手招きする。クロエが嬉しそうにお兄様の肩に飛び乗り、お兄様がもう一度私の方に顔を向ける。
「ツキ、姉上も父様も俺も、ツキのことをものすごく心配してる。俺は、いつでもツキの味方だよ。」
ああ、私は、こんなに愛されていたんだ。ルシーン国を出たその日から、もう私のことなんか敵だと思っているのかと思った。こんなに、温かい。
「……うん……っ、」
頬に涙が伝う。味方がいてくれるって、こんなに嬉しいことなんだ。
「そうだ、ツキ。これ。」
「?」
お兄様の手に出されたのは、黄金色に光る瓶。……なんか、すごく見覚えがあるような。
「桃の蜂蜜漬け。ツキ、国を出た日にこれを持っていっただろう。厨房の人が不思議に思っていたよ。少し多めに入れておいたから、仲間たちと一緒に食べるといいよ。」
前ヨル様と食べたのが最後だと思っていたのに、思わぬ収入。まあ、好きだから嬉しいんだけど……
「じゃあね。」
そう言い残し、お兄様は空へと消えていった。
「……なんか、ユエ様はわかってくれてよかったね。」
「うん……でも、やっぱりお姉様はわかってくれなさそうだな……」
せめて、私の言葉ではっきりルシーン国には戻らないって言う。それが、私の覚悟だから。
夜が明ける。約束の時間が、迫る。
「私は、戻らない。皆と、一緒に行く。」
まっすぐに、お姉様の目を見た。もうそらさない。気持ちは、決まってる。
「……本当に……そうなの……?ツキ、あなたがグラマー族のことを好きだというのなら、グラマー族に危害を加えるような仕事はしなくていい。あなたは第2王女だし、好きな仕事をすればいいの。……お願い、私、ツキと敵同士になりたくないの……」
「……ごめんなさい。」
心が痛む。私だって、敵同士になんてなりたくないよ。お姉様と一緒にいたいよ。
「……姉上、国に戻ろう。ツキを無理矢理連れ帰るのなんて、姉上も望んでいないだろう?」
お姉様はうつむきながら、小さく頷く。ごめんなさい、ごめんなさい、お姉様。
王族の紋章を返し合う。最後、振り向きざまにお兄様が口パクで『頑張って』と言ってくれた。お姉様とは、もう目が合わなかった。
「………行こっか、」
全てを話せたから少しスッキリはしているけど、心の奥にはどろどろとしたものが渦巻く。
私は、上手く笑えているだろうか。




