1話〜この世界のホシ〜
熱い……熱い……ここは……?……戦場?街が、焼けている。世界が、白い。ここは……ここは……?熱い……熱い……
プスプス……
何かが焦げる音が聞こえる。視界がクリアになっていく。……あぁ……さっきのは、夢か。ところで、この焦げるような音はなんだろう?………
「熱〜〜〜っい!!!」
大声を出して飛び起きる。焦げた音の正体は、私の髪が燃える音だった。犯人は、分かりきっている。
「ネク〜……」
「叩いても大声出しても起きないからだ。」
真っ黒な尻尾を揺らし、鋭い金色の目で私を見つめる。私の使い魔、ネクだ。
「だからってぇ〜……なんかもっとないのぉ〜?……」
「早く起きないと遅刻するぞ。」
「そうだった!やばい!!」
急いでベッドから起き上がり、制服を着て、ぐちゃぐちゃの金髪はおさげの三つ編みにしてしまう。鏡の中で、紫の瞳が私を見つめる。
「早くご飯食べなきゃ!」
急いで階段を降り、お母さんが用意してくれていたご飯を流し込む。玄関に立てかけてあるほうきを持って、出発……
「ホシ!バッグを忘れてどうする!!」
「あ!忘れてた!!」
ネクが小さな体で私のバッグを持っきてくれた。これは見た目に反して重いから大変だ。なんたって、『マジックバッグ』なのだから。バッグより大きいものでもなんでも入るが、重量は変わらない。そんな代物だ。ネクからバッグを受け取って、ほうきをまたぐ。するとネクが手元にぴょんと乗ってきた。
「いってきま~す!」
フワッと、風を受けながら空を飛ぶ。空にも交通ルールと制限速度があるので、それほど猛スピードで運転できるわけではない。
「ホシ!おはよ!」
「シエル!」
制限速度ギリギリで飛んでいたら、私の友達、シエルと会った。シエルは空色の髪をふわふわさせた、ぽわぽわした女の子だ。
「シエルがいるならまだ遅刻じゃないか〜」
「オレが遅刻しない時間に起こしたんだろ。」
はい。そうでした。ありがとうございます。ネクさん。
「そういえば今日、音楽あるけど……リコーダー、持ってきた?」
………。さぁ……と青ざめる私。どうしよう。入れた覚えがない。忘れたかもしれない。
「……ホシ……?」
シエルの心配そうな声が聞こえる。どーしよー!リコーダーは貸し借りできないのに!!するとネクが私の膝元に飛び乗って、バッグを開けてゴソゴソし始めた。顔を出したネクが加えているのは、長い茶色の……
「私のリコーダーーー!!!」
どうやらネクが入れてくれたらしい。ネクは呆れた顔をし、ため息をしながら前を見た。
「……ホシ、前。」
「ぎゃあああ!!!」
すっかり運転中によそ見をしてしまった。おかげで、前のほうきとぶつかりそうになる。もう私ネクがいなけりゃ死んでるかもしれない……
「ふふふ、ホントに息ぴったり。」
隣で、シエルが笑っていた。
「おはよー」
私たちの教室、7年生の教室に着く。ちなみにここは地球ほど人口が多くないから、学年につきクラスはだいたい1つだ。だから『7年生の教室』。(7年生というのは、日本でいう中学1年生のことである。)
「じゃあネク、また昼放課ね。」
「ああ。」
授業中は使い魔は連れていけない。別教室で待っているか、一旦家に帰るかだ。ネクは一旦家に帰ってお母さんの手伝いをしているらしい。ドアを開けられないネクのためにドアを開けると、誰かにぶつかった。
「わっ、ごめんなさ……」
教室の空気が少し変わる。それもそのはず。私がぶつかった相手は、この国の王子である、ヨル様だったのだから。
「……ああ。」
まだこのクラスは始まって間もないので、まだ王子がクラスにいることに慣れない。地球では私立?みたいな学校に行くんだろうが、いかんせんこの国は人口が少ない。私立を創っても人が集まらないのだ。なんとなく、みんなヨル様と距離をとっている。いや、無礼を働いたからって殺されるとか、そんなことはないだろうけど、本当になんとなくだ。なんとなく、王子と一緒にいるのは阻まれる。
一時間目が始まった。どうでもいいことだが、私の席の隣はヨル様だ。……。しかし、眠い。ここが一番後ろだから無意識に安心しているのか……。……、あぁ、眠い……
「この問題を……ホシ、解いてみろ。」
……。パチ。名前を呼ばれて目が覚める。黒板には、見たこともない数式。たぶん、授業を聞いていれば誰にでもできる簡単な問題なんだろう。しかし、私は寝ていた。つまり、全くわからない。何をどうやって解けばいいのやら……
「え、え〜っと……」
これはもう笑われるのを覚悟でわかりませんと言うか。いや、でもでも……
トン、トントン
隣から何やら机を叩く音が聞こえる。誰だよ。私はこんなに困ってるのに。と、理不尽な八つ当たりをしそうになる。しかし、音の聞こえる先に見えたのが、予想外の文字だった。
「……えっ、と……ΔΣ§Γ……です……」
「よし、正解。座っていいぞ。」
私が見たのは、正解が書かれた紙切れだった。そう、隣の席であるヨル様が答えを教えてくれたのだ。……意外といい人……なのかな……?いや、私がどんくさすぎて授業を止めるのにイライラしたために答えを教えただけかもしれないが……
「ホシ!数学苦手なのに、あの問題よく解けたね〜!」
授業後、シエルが私に話しかけてくる。
「あ〜……あれね、実はヨル様が教えてくれたんだ。」
「……ヨル様が……?」
まあ、そりゃあびっくりだよね。ヨル様って、なんというか……クールで、近寄りがたい印象あるし。なんか優しいイメージはないよね。……悪い人では、ないと思う……けど……
「じゃあホシ!また明日ね!」
「うん!じゃあねシエル!」
明日は休日だ。明日はシエルと、ショッピングで遊ぶ約束をした。
「ちゃんと起きろよ……」
ネクのお小言も聞きながら。
「ギャァァァ!!遅刻〜〜!!」
次の日、案の定私は寝坊。まだ朝ご飯も食べていないというのに、集合時間5分前だ。
「ネク〜!なんで起こしてくれなかったの!?」
「休日は起こさん。」
冷たく言い返された。ネクは洗濯物のお手伝いをするのに忙しいと言わんばかりに、そっぽを向いてしまった。今日は助けてくれそうもないので、しょうがなく自分で食事をして、出かける準備をする。(いや、それが普通なのだが。)
「……、はあ、こんな娘だけど、今日もよろしくね、ネク……」
「……お前も大概人のこと言えんぞ。」
「も〜!娘の前で昔の話しないでよ!」
近くからお母さんとネクの話し声が聞こえる……ああ、家には母が二人もいるから大変だ……
「ネク〜!行くよ〜!」
「ハイハイ。」
ネクを呼び、いつものようにほうきの手元に乗る。遅刻は確定だが、なるべく急ごう。私は、パタンと家の扉を閉めた。
「シ〜エル!おはよー!」
「おはよ、ホシ、ネクちゃん!やっぱり遅刻してきたね〜☆」
「……ゔっ、……まあまあ!それは置いといて!ショッピング行こ〜!」
と、言うわけでほうきに乗って目的地へレッツゴー。と、思ったが……
「わあ……空、混んでるね……」
「ねぇ……、さすが休日……」
空が、ほうきに乗る人で混雑していた。これは……普通に歩いた方が早いかな……
「降りよっか、シエル。」
「そうだね。」
適当に降りれそうなところに降り、歩いて目的地へ向かうことに。しかしそこに、意味深なバツ印の看板が。
「……ねえシエル、これ、なんだろう?」
「……ホシ、授業で習ったよ……」
え、マジか。全く覚えにない。私を見てネクがため息をつき、解説してくれた。
「ここは、アステール国とルシーン国の国境だ。川で分けられている。さらに川の中には、地球へと繋がる道があると言われているな。」
「地球」
なんだか地球と言われても、教科書の知識しかないし、夢物語の別世界のようだ。
「……ねえ、ちょっと行ってみようよ?」
「え、ホシ本気?」
「やめとけ。国境には結界があり、触れるとブザーが鳴る。一気に警察が来るぞ。」
……げ。警察はヤバい。お母さんに怒られる。でも、好奇心には勝てず、
「だいじょーぶだいじょーぶ!触れなきゃいいんでしょ?そこまでだったら大丈夫だって!」
「……う〜ん……そこまで言うなら……」
「やっぱシエルも行きたかったんじゃん!」
「……ふふ、ちょっとね。」
「ね!ネク!」
最後はネクのお許しだ。私の肩に乗っていたネクははあ、とため息をついた後、
「……ちょっとだけだぞ……」
「「やったーー!!」」
ネクのお許しも出たところでいざ立ち入り禁止エリアへゴー。
見渡す限りの木、木、木。かなり深い森で、あたりは真っ暗だ。ネクが魔法であたりを照らしてくれる。
「ホシ、シエル、そこまでだ。」
ネクの声で、ピタッと止まる。おそらくここが、結界なのだろう。
「ここまでか〜」
「でも結構ワクワクして面白かったね!」
さすがに警察沙汰にしたいわけではない。好奇心もここで我慢。
「……ん……?」
……なんか、向こうの方にゾワッとするような、ザワッとするような、妙な感覚が……
「……ねえシエル、ネク、なんか……変な感じしない?」
「……変……?どういうこと?」
「……あんまり不用意にどっか行くなよ?」
……二人には何も感じないらしい……でも、でも、確かに変な感じがする。結界の向こうではなさそうだし……ちょっとくらい……
「おいホシ!?」
「ホシ待ってよ!」
不思議な感じがする方へ走り出す。ネクは肩に乗っているので、耳元でうるさい。肩を燃やすのもやめてほしい。でも、このモヤモヤした感じは、きちんと晴らしておきたいと思った。
「うわぁ……、」
着いた先は、古い祠のようなところ。近くには湖もあって、木漏れ日が綺麗な所だ。
「ホシ?ホシ〜!」
シエルが後ろからついてくる。シエルはこの祠を見ると、わぁ、と目を輝かせていた。
「……綺麗な所だね……」
「……うん……」
ネクだけは不機嫌そうだったけど、私たちはこの景色に感動していた。
「……なんだろう、この祠に書いてある文字。翻訳魔法も効かないや……」
シエルが近くにあった石を撫でながら言う。よく見てみると、確かに不思議な文字が石に彫られてあった。
「どれ?」
試しに私も翻訳魔法をかけてみる。いや、結果は同じだろうけど……
バチッッッ!!!
「っっっ!!??」
私が祠に触った瞬間、何やら静電気のような、爆発のような、変な光があたりを照らした。私はびっくりして尻もちをついてしまう。
「ホシ!?大丈夫か!」
さっきの衝撃でネクも私の肩から飛ばされたのか、後ろから私に駆け寄って来る。
「……う、うん、平気……」
びっくりはしたけど、別に痛くもなんともない。本当にただ光っただけのようだ。でもなんで私の時だけ?シエルの時はなんともなかったのに……私の魔法がおかしかったのかな?
「まあいっか……そろそろ戻ろうか。」
「そうだね。綺麗な景色も見れたし……」
と、言うわけで元の場所に戻る。もう少しで立入禁止エリアを出る、という所で。
「……ホシ……なんか、外が騒がしい。」
「……?騒がしい……?」
ネクが、なんだか意味深なとこを言ってきた。なんかお祭りでもあったっけ?
「どうしたの、ネクちゃ……」
ネクに何かを言われたために一旦止まった私の前に、そのまま歩いたシエル。それほど、距離はなかった。
ドーーーンッッッッッ!!!
普段なら聞くこともない、とんでもないくらい大きな音があたりに響く。目を開けたら、煙と砂埃だらけ。肩に乗っているネクしか存在が確認できない。
「シエル!?シエル!!」
必死でシエルの名前を叫ぶ。前は煙と砂埃だらけで何も見えない。シエルの姿が確認できない。
「シエ……ッ、………」
息が詰まる。あれは、あれは、何だ?灰色の塊。いや、石。いや、あれは……
「……シエ……ル……?」
そこにいたのは、シエルの形をした、石だった。