9話〜大人の協力者〜
壮大なセイの人生に、開いた口が閉じない。グラマー族と、ディーア族の、差別。そこまで深刻な問題だったとは、知らなかった。いや、知ろうとしなかった。
「……もう、10年ほどは前になりますかね。」
もう、カエムルで過ごした時間より、地球で過ごした時間の方が長くなってしまいましたね。
そう、セイは自嘲気味に言う。
『あの事件』はきっと、アステール国にグラマー族とディーア族の夫婦がいて、さらにその子どもが地球へ逃げた、という事件なのだろう。だから両国とも、ヨルとツキのどちらも知っていたんだ。
「でも……いつかはカエムルに戻って、居場所をつくりたいんです。父さんだって、まだ生きてるかもしれない……」
「……そのために、この研究を?」
ヨルが大量に積まれた本に目を向ける。改めて思うが、一人で読むには尋常な量ではない。セイが持っているマジックバッグはかなり高性能で、重さを軽減してくれるものだから持ち運びにも困らなかったのだろう。
「はい。人間は、根拠が欲しい生き物です。グラマー族とディーア族がもとは一緒なこと、何故『動物の耳が付いた子ども』が生まれたのか……それを生物学的に証明して、公表したいと考えています。」
確かによく見ると、遺伝子情報とか魔女狩りについてとか……そういうことに関わる本ばかりだ。
「……すごい、ね。私だったら、途中で折れちゃうよ。」
まだ戻る可能性がある私の家族のことも、諦めそうなのに。居場所がない。それは、想像するよりずっと辛いだろう。
「ありがとうございます。そう言われると、とても嬉しいです。」
10年近く、地球で頑張ってきた。そんな言葉一言で済ますには足りないけど、きっとそう言ってくれる相手もいなかったのだろう。
「そうだ。今ある本はほんの一部なんですけど、」
「ん???」
「一つ、拠点みたいなところがあるんです。イギリスにあって、そこで本をもらったりしてるんですけど……よかったら明日、行きますか?」
この大量の本がほんの一部と言われてちょっと内容が頭に入って来なかったけど、なんか拠点があるらしいということは伝わった。
「……そうだな……ここはまだフランスだし、そこまで大移動もしないから丁度いいか……」
前にオースティンが持ってきた地図を見てヨルが呟く。
「そこには転移魔法陣をはっているんです。行こうとすればいつでも行けますよ。」
「転移魔法陣!」
それはカエムルでもかなりの高級品だ。一枚持っていればいいくらいの。
「転移魔法陣があればディーア族からうまく逃げられないかなぁ?」
見つかった瞬間に転移できれば結構無敵では?あの双子だって使ってたし……カエムルにしか売ってないからそもそも買えないけど……
「いや、そんな簡単なものでもないよ。」
キラが私の声を遮る。みんな表情的にキラの言いたいことをわかっているようで、知らないのは私だけらしい。
「あの双子が使ってる転移魔法陣はかなり高い代物だし、安いやつだったら発動までに時間がかかる。仮に使えたとしても、もう片方の転移魔法陣に転移するだけで、使ったときの場所には戻れないから、いちいち戻ってたら旅が進まないよ。」
「王宮にあるにはあるんだけどな、あの双子が使ってるような転移魔法陣。でも結局転移先に人が必要だし、かなり慌ててたから持ってきてないんだ。」
「そ、そっか……」
つまり私たちが使うのはハードルが高いらしい。あれ、でもさっきの話だと……
「セイ、向こうに協力者がいるの?」
転移魔法陣を使うには、転移先にあらかじめ設置した魔法陣が必要だ。人目のつかないところに設置したとも考えられるけど、地球人がいつ入ってくるかわからないところに設置したとは考えにくい。
「ああ、はい。デスティニさんっていうんですけど。僕と同じディーア族で、地球での仕事を持っているんです。」
地球での仕事……それはつまり、セイと同じく地球に来てだいぶ経っているということ。他にも、カエムルで居場所を失った人がいるということだ。
「……変えたいね、世界。もう誰も、居場所がない人がいないように。」
私がボソリと呟いた言葉に、4人は顔を見合わせて笑った。
「少し寝たら、行こうか。デスティニさんのところ。」
その言葉だけで、肯定には十分だった。
「じゃあ、行きますね。」
ツキとキラは少し眠そうだったが、丁度日が昇り始めたころ。一応町中に行くことになるので、今回ばかりは昼の方が都合がいいらしい。
セイが魔法陣の描かれた小さな紙を持ち、呪文を唱える。
「ブルハ・ラール・セイ。……デスティニ。」
ポワっと、紙が小さく光りだす。しばらく経った後、今度は紙が強く光だし、地面に魔法陣を描いた。デスティニさんがセイの魔法に答えたらしい。
「ワープしますよ。魔法陣の中に入ってください。」
片足が若干魔法陣から外れていたので、急いでセイの方に駆け寄る。すると、ふわふわする浮遊感。でも、地球に来たときより衝撃はマシだな。いや、あのときの衝撃が強すぎただけだと思うけど。いやぁ、私も無事感覚が狂い出しだな。
気づくと知らない家の中。周りは本棚ばかりで、床にまで本が散らばっている。なんだかお父さんの部屋を思い出すな。
「ティーさん!」
「おう坊主!よく来たなぁ!」
本棚の隙間から出てきたのは、30代くらいの男性。短い金髪と緑の目をしていて、体格はがっしりしていた。とんがり帽子を被っておらず、本物の地球人のような佇まいだ。
「やっぱ子どもってのは成長するね〜。もうオレと同じくらいの身長か〜」
「え、本当だ。前来たのはもう1年以上前だったからね。」
『ティーさん』という愛称で呼んでいるし、セイも敬語ではないからかなり仲が良さそうだ。
「……と、そちらは?」
「あ、昨日会って……敵じゃないから大丈夫。」
デスティニさんがチラリと私達の方に目を向ける。別に悪いことをしているわけではないのに、何故かドキドキする。
「これは……ツキ様じゃねえか?それにこっちは……ヨル王子!どういう面子だこりゃあ……」
そういえばデスティニさんってディーア族なんだっけ。ヨルはルシーン国にも顔が知れているし、驚くのも無理はない。
「うん。実はカエムルが……」
「アステール国石化計画……こりゃたまげた。」
デスティニさんの口が開いたまま閉じない。まるで、私がセイの話を聞いたときみたいだ。
「ま、とりあえず自己紹介だな。オレはデスティニ。坊主とはまあ長い付き合いでよ。コイツが地球に来た、こんなチビのころから知ってるんだぜ。」
そう言ってデスティニさんは右手の人差し指と親指を5センチくらい離し、小ささを表した。
「そんな小さくないって……ていうか、そろそろ『坊主』ってのやめない?」
「オレにとっちゃあまだまだ坊主だ!」
ガハハハ、とデスティニさんが強くセイの背中を押す。セイはちょっと嫌そうだったけど、なんだか微笑ましい。まるで本物の親子のようだ。
「ああそうだ。去年あげた本はもう読み終わったか?今年も新しい本が入荷してるぞ。」
「本当?じゃああんまり関係なかった本とか、暗記しちゃった本はこっちに預けとくね。」
セイのマジックバッグから大量の本が出される。ここはお店のような風格だし、デスティニさんの『地球での仕事』は、本屋だったりするのだろうか。
「あと、これはお前らも。」
ちょいちょい、とデスティニさんが私達を手招きする。4人で顔を見合わせてハテナをうちながらも、デスティニさんの方に駆け寄る。
「ほら、小遣いだ。」
5人の手に地球のお金らしきものが手渡される。地球はお金がいくつかあるようだけど、このお金はイギリスのなのだろうか。
「え、いや!こんなのもらえません!」
反射的に言ってしまった。量的に5人合わせてかなりの金額がありそうだし、会ったばかりの私たちが貰えるものではない。
「子どもが遠慮すんな!それに、旅には少なからず資金がいる。魔法でコピーすりゃバレねえとは思うが、あんまり繰り返すと地球の経済をめちゃくちゃにするからな。」
それでもありがたくもらっていいのか。デスティニさんはニコニコ笑っているけど、どうしても不安になってしまう。
「もらってあげてください。僕も最初は断りましたけど、力になりたいって。」
「………」
大切な、地球のお金。デスティニさんだってきっとなにかしら、地球に来た辛い理由がある。異世界で仕事を持つのだって大変だっただろう。
「ありがたく、使わせていただきます。」
最初に言ったのはヨルだった。続いてツキが頭を下げ、キラもそれに続く。急いで私も頭を下げた。
「硬い硬い!もっと軽くいこうぜ!それにツキ様とヨル王子なんて王族なんだからそんな簡単に頭下げんなって!」
丁度デスティニさんから見て右側にいた私の肩が叩かれた。ネクが乗っていたが、素早く反対側の肩へ移動してしまった。いや、痛い。力がすごい。セイが嫌がるのも少しわかる。
「そうだ、その『7つの宝石』ってやつも、今ある分で悪いが関連する本持ってくるわ。生物学の本と合わせて今後仕入れてくるからよ!」
「僕持ってくるよ。確か二階の右らへんの本棚でしょ?」
「ああ!お前ここの本全部読破しちまったからなあ〜」
セイが二階へ上がる音がする。なんかどんどん話が進んでしまう。凄い既視感。あ、そうだ。親戚のおじさんの家に遊びに行ったときの、あの感覚。遠慮してもさせてくれないあの感じだ。
「よし、しばらくかかるだろうし、茶ぁでも飲むか!コーヒー紅茶ココアどれにする!」
「え、と、ココアで!」
「じゃあ紅茶で……」
「えっと、同じ、で。」
「じゃあ私はコーヒーにしようかな?」
もう親戚の家に来た気分で行こうと気持ちを切り替えた私が最初に発言し、ツキ、ヨル、キラとそれに続く。
「コーヒー1、ココア1、紅茶2だな!じゃあちょっとまってろ!」
そう言って台所へと続くらしきドアを開け、姿を消す。なんだか状況に流されてばかりの私たち4人が残る。
「……なんか……すごいね、叔父様を思い出す。」
「私もおせっかいなメイド思い出すな〜……」
二人にも覚えがあった感覚だったらしい。ヨルだけは初めての感覚だったらしく、ずっとドギマギしていたけど。王様も王妃様も、ご兄弟いらっしゃらなかったから。使用人がいても王子にあんなに気さくに話しかけないだろう。
「よっと。できたぞ〜。まあただのインスタントだけどな!」
ホカホカとコップから湯気が上がる。そういえば、食文化は地球でもだいたい同じなんだな。まあカエムル人ももとは地球人なんだから、少しは考え方も似るか。
「ああ……なんか甘いの久しぶり……」
「そういえばちゃんとしたの食べたの久しぶりだな……」
ここ数日ずっとサバイバル生活で、肉か木の実、魚しか食べれなかった。甘いココアが体に染み渡る。
「はは!坊主も同じようなこと言ってたな!お湯だけでできるインスタントいくつか持たせてやるよ!そんでもって今日の飯はここで食ってけ!」
「え!何から何までありがとうございます!」
だいぶデスティニさんの親切にも慣れてきた。こんないい大人に出会えてよかったな……
「……こちらこそ、ありがとな。」
「………?」
デスティニさんの顔が下を向き、表情が沈む。そんなお礼を言われても、私たち、デスティニさんになにかした覚えないんだけど……むしろ、されてばっかりだ。
「坊主……セイの、仲間になってくれて。本当は、オレが一緒に行ってやるべきだった。旅も……研究も。」
自分用に入れてきたらしいココアの湯気で、デスティニさんの顔がよく見えない。
カチコチと、時計の秒針の音だけが響く。
「頼りない大人でわりぃな。オレは、怖かったんだよ。旅に出るのも、カエムルに戻るのも。」
デスティニさんの顔が上がり、困ったように、歯を見せて笑みを浮かべているのがわかる。この人も、色々な後悔と選択をしてきたんだろう。私たちと同じように。
「ティーさん、見つかったよ。本。」
そこで階段からセイが顔を出した。手にはたくさんの本を持っていて、かなり重そうだ。
「おう!ありがとな坊主!」
帽子の下に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃと頭をかき混ぜる。セイはやっぱりちょっと……いや、これはかなり嫌そうだった。すぐさまセイの手でデスティニさんの手が弾かれた。
「で、この本がかなり詳しく書かれてるんじゃないですか?」
セイが帽子を外し、ぐちゃぐちゃにされた髪を整えながら私たちにある本を差し出す。……オオカミの耳が動いてる。ピンと立っていて、前後に動いているし、わりとそんなに嫌じゃなかったのだろうか。ディーア族の耳って、わかりやすい。
「……絵本……か……?」
「はい。伝説みたいな形で書かれているんですけど……魔女狩りについて書かれているので、参考にはなると思います。」
ヨルが開いたその絵本を、ゆっくりと覗き込んだ。




