3-2:砲弾を殴った
ローカス大帝国との国境付近に位置する山村、ローンチ村。その端にある日本家屋風の集会所の広間の隅で、毛布にくるまって小さく丸まっている私は、異世界に【聖女】として召喚されたオバサン。
池中まりあ 43歳 独身
キラキラネームは気にしていたけど、この異世界ではよくなじむ。
この異世界でマリアを名乗って生きることにした図太いオバサンだけど、【輸送車】のドライバーとして長距離運転頑張った後に、男二人からひどい【セクハラ】を受けて心に傷を負い、毛布の中で小さくなっているところだ。
作業服ズボンの前のチャックが開いていて、下着が見えていた。
それをズバッと指摘された。
でも、分かってほしい。
女にだって中年太りはある。
運転席に座っているとズボンがきつく感じるので、作業服のベルトを緩めてちょっと楽にしたくなるのだ。
ラフタークレーンの操縦席は一人乗りなので、そうやってズボンのホックを外してチャックを降ろして運転するのが習慣化していた。
オバサンなんてそんなもんだ。
ズボンの前が空いていても、座っている時なら作業服に隠れて見えない。
だから今回もアホ王子の隣でこっそりと楽にしていた。
そして、運転中のアホ王子との口論で血が上っていたので、運転席から降りるときに戻すのを忘れていた。
立ったら当然前から見える。
まさかの【パン●ラ】。
オバサンの【パ●チラ】。
それを人前で堂々と指摘するのは【セクハラ】だ。
私の元の世界では【死刑】が適用されて欲しいと思ったことがあるぐらいの重罪だ。
その【セクハラ】の戦犯であるアホ王子と【少佐】になった村長は、毛布で饅頭状態になっている私の近くで、ちゃぶ台を囲んで打ち合わせをしている。
「マリア、そろそろ出てきてくれないか」
「……」
居ません。私は毛布の饅頭です。
「ウブな姉さんだな」
「運転中ずっと下着見えてたけど、マリアの居た世界ではそれが普通なのか?」
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ
…………
【少佐】となった村長が、茶菓子を持ってきてくれたので観念して毛布から出てきた。
アホ王子よりも年上で、私よりちょっと若いぐらいの村長。
ここで甘いものを準備するとは、さすが年の功なのか女の扱いに長けている。できる少佐だ。
甘いものを頂いたので、気を取り直して仕事に戻る。
3人でちゃぶ台を囲んで、国家の命運を決める作戦会議だ。
「ローカス大帝国ってどういう国なの? 【結界】を作る前の歴史とか教えて」
「少佐の方が詳しいから、少佐から説明頼む」
「了解です。ローカス大帝国はこの大陸の西の端を起源とする国で、【東部開拓】と言って侵略を繰り返し、東側に勢力を拡大した超大国です」
「物騒な国なのね。侵略された国は併合とか植民地支配とかされてるの?」
「いや。基本皆殺しです。ローカス大帝国は【民族の血脈】を重視していて、ローカス人でなければ人にあらずという信仰を持ってます。だから、純ローカス人以外は殺されるか、生かされても【奴隷】の扱いを受けたりします」
「うゎぁ。なんてとんでもない……。この村の周辺が激戦区だったって聞いたけど、当時はどうやって撃退したの?」
「村に残っている記録によると、120年前に奴等が2万人規模の大部隊で攻めてきた時に、丘陵地帯に地下要塞を構築して罠と奇襲で足止めをしたそうです」
前の世界でそういう戦い方聞いたことある。【寝技戦法】とか【玉砕戦】とか言うやつかな。
「それで撃退できたの?」
「戦況が泥沼化して大半が戦死したあたりで【結界】の生成に成功して、国境線が分断されたことで終戦になりました。あの時【結界】ができなければ、この国は皆殺しにされていたでしょう」
「それが120年前の話よね。今はどうなの?」
「【結界】で国境が閉ざされていたから情報はありませんが、偵察班の報告によると国境線の向こう側に大部隊が集結しているそうです。【結界】が無くなったからまた来るつもりなんでしょう」
「姉さんもとんでもないことをしてくれましたねぇ」 チラッ
「全くだ。責任取ってなんとかするんだぞマリア」 チラッ
二人揃って私を見てくる。
思わずズボンのチャックを確認。
大丈夫だ。
気を取り直して、これからどうするか真面目に考える。
こちらには有効な戦力は無い。
一緒に来た【国防軍】の3人はこの村出身者とのことで、仕事ついでに里帰り中。
それに対して、ローカス大帝国は既に国境沿いに大部隊を準備。
どう考えても、戦うという選択肢は無い。
山岳地帯で地の利があると言っても人数が少なすぎるし、準備期間も無い。
そうなると、やっぱり【話し合い】一択だ。
「何は無くとも、話し合う手段が欲しいわ」
「姉さん。話、聞いてました? 対話が通じる相手じゃないですよ」
「そうだ。侵略を国策にしているような連中が、この弱小国と対話するわけがない」
じゃぁどうするんだアホ共。
と言いたいが、そこはオバサンの大人の心で我慢。
「どんな相手であれ、共存方法の模索は必要よ」
「共存できる相手とも思えませんが」
「マリア、現実を見ろ。甘い夢見てる場合じゃないぞ」
だったら他に何ができるんだこのアホ共。
と言いたくても、我慢。我慢。
「120年前に【結界】が出来た時、ローカス大帝国の兵士がこっちに取り残されたんじゃないの? 彼等がどうなったか分かっていれば教えて」
こっちに取り残された彼等が生存した記録があれば。
あわよくば、その末裔が生き残っていれば両国共存の道が開けるかもしれない。
「ああ、当時生存者が多数こっちに取り残されました。まぁ、帰れなくなったから、キャズム王国の防衛軍と和解して、一部はキャズム王国の女性と結婚して家庭を持ちまして。私のご先祖様でもあり、この村の起源でもあります」
私はちゃぶ台をひっくり返した。
◇
【セクハラ】を受けた後で【ちゃぶ台返し】を披露した翌日午前中。
アホ王子とアホ少佐を連れて、西側国境線に到着。
元は山道が整備されていたようだが、120年以上放置されていたので、あちこちが崩落で通行止め状態。
仕方ないから地下要塞跡の通路の通れる場所を通って、山のふもとの国境線まで来た。
結界があったと思われる場所に、幅1m程度の深い溝。実質これが国境線。
その向こうには砂漠が広がる。
砂漠の数キロメートル先に確かに大部隊が居る。火の見櫓のようなものもあり、この国境線を監視しているようだ。
「姉さん。本当に行くのか? 無謀じゃないのか」
「マリア。いきなり越境なんてして、撃たれたらどうするんだ」
「おうるさいですよ。さっさと板を敷いてください」
このアホ共と打ち合わせをしても進まないので、直球で交渉に行くことにした。
【結界】跡の溝に木の板を置いて橋とする。
それを使って、白旗を掲げて正面から堂々と国境を超える。
あちらの方々の方が話が通じるかもしれないという期待も込めて。
1m四方ぐらいの白旗を振りながら木の板を渡って国境線を越えたら、砂漠の向こう、陣地らしい場所から光の点滅が多数。
歓迎の発光信号かな?
少し遅れて、轟音。
そして、空から光る何かが多数こちらに向かってくる。
思わず、あのクレーンのフックを思い出す。
「姉さん下がれ! 砲撃だ!」
「言わんこっちゃない! どうするんだ! 退避間に合わないぞ!」
多数飛来する砲弾。
あれは多分、着弾と同時に爆発するような砲弾だ。
確かに、退避は間に合わない。
そんな時には!
「万能の拳!」 ドバキッ
●オマケ解説●
中年太りでお腹が出てくると、座っている時にズボンがきつく感じる。だから、ちょっと楽にしたくなることもある。
そんな女性に【マタニティウェア】を勧めたら【セクハラ】だろうか。