2-3:そして逆さ宙吊りへ
「あの、王子様。僭越ながら申し上げたいことがあります」
「なんだ。言ってみろ」
「ワイヤーで人間を逆さ宙吊りにするのは人道に反します。そもそも、クレーンオペレーターである私が吊り下げられるのも、役割として間違っています」
滅茶苦茶になった【結界生成装置】の部屋で、天井に固定したワイヤーにより逆さ宙吊りにされているアラフォー独身女の私。
そして、それを囲んで見上げる儀式参加者の方々。
「……逆さ宙吊りにされる理由に心当たりは無いか?」
「えー、32歳になってから初めて【結婚相談所】に行ったとき、同世代で年収500万円ぐらいの普通の男性の紹介を求めた罪でしょうか」
高望みしていないつもりだったけど、婚活コンサルタントに贅沢言いすぎと叱られたのは人生の苦い思い出だ。
「そんな歳になってから結婚相手を探し始めるのは、罪というより【詰み】だが、そのうえ条件まで付けたりしたら叱られもするだろう。でも、それじゃない」
グサッ
「えー、では、婚活中に4歳上のオッサンと交際した際、彼の自宅の漫画本コレクションがすばらしかったので、【交際期間終了後はお互いの連絡先を削除する】という結構相談所のルールを破って、【ヲタ仲間】として付き合い続けたことでしょうか」
私が34歳の頃だった。
結婚相談所でお見合いで出会って意気投合し、その足で彼の自宅にお邪魔して彼の持つ膨大な漫画本コレクションに感動し、二人で徹夜で読んだ。
交際としては成立しなかったけど、いい【ヲタ仲間】になった。
しばらく後に彼はバツイチ子持ちの女性と結婚し、幸せな家庭を築いた。
ささやかな結婚式に呼んでもらったのはいい思い出だ。
「なるほど。お見合いで出会いながらも、漫画本読みに来た子供という扱いを受けたのだな。まぁ、容姿からしてそういう扱いをしたくなる気持ちは分かる。でも、今回はそれでもない」
グサッ
「えー……。もしかして、国を守るために重要な役割を担っていた【結界生成装置】を殴って壊してしまった件でしょうか」
「それだ」
ごまかそうとすると心の傷が増えそうなので観念することにした。
【結界生成装置】の操作盤の画面を【万能の拳】で叩き壊したら、何故か装置本体が爆発。同時に、結界崩壊の影響なのか地震が発生して室内が滅茶苦茶に。
マズイと思ってこっそり逃げようとしたら儀式参加者の方々にあっさり捕まり、ロープでぐるぐる巻きにされて天井から吊るされてしまい今に至る。
逆さ宙吊りにされても仕方ないかなと、ちょっと反省している。
でも、私にも言いたいことはある。
「でも、でもですよ王子様。いきなり【生贄】扱いを受けて、ハイそうですかと死ねますか?」
「それについては、我々も申し訳ないとは思っている」
いや、理解できないわけじゃない。
【百人が生きるためには一人を殺す】というのが政治的決断という物。
それしかないなら、そういう決断をするのが【政治家】とか【王】とかの仕事。
私もそれに従う覚悟だった。
でも、さっきの王子の顔を見たら、それで終わらせるわけにはいかないと思ってしまった。
勢いで【結界生成装置】を壊したのは私だから、私にできることをしないといけない。
何ができるか先ずは探そう。
「ちなみに、ちなみになのですが、この装置で作る【結界】は何を防ぐためのモノなんでしょうか?」
「隣国からの侵略だ」
「……はい?」
「我がキャズム王国は貧しい小国でありながら、大陸の西側からローカス大帝国、東の海からリーセス国の侵略の脅威に晒されてきた。奴らの侵略から国土を守るために【結界】が必要だったのだ」
「えーと、そちらの国の方々は、人間を捕食する筋肉ムキムキの巨人だったり、【魔物】を使役して【魔法】を使う【闇の眷属】だったり、人間を選択的に惨殺するヘンテコ無人兵器を駆使する【鉄仮面】だったりするのでしょうか」
「何を言っているのだ? 普通の人間だぞ。当たり前だろう」
いや、いやいや、いやいやいや……。
「オカシイでしょ! 何で人間相手の侵略抑止に【生贄】が必要な装置使ってるの! オカシイでしょ!」
「何がおかしいんだ! ローカス大帝国の巨大な軍事力、リーセス国の高度な技術力。どちらも我々が力で敵う相手じゃない! 国を守るにはこうするしかなかったんだ!」
「相手は人間なんでしょ! 【生贄】使う以外の方法考えなさいよ!」
「他にどんな方法があるというんだ!」
「考えなさいよ! アンタ達、母や妻や娘が【聖女】適性発揮したなら、ハイそうですかって【生贄】にするの? しないでしょ! 普通は考えるでしょ!」
「考えたんだよ! 必死で考えたんだよ! だからこそ、この国の民が二度と泣かずに済むように、異世界から適性者を呼び寄せる技術を開発したんだ! なのに、なんてことをしてくれたんだ!」
「最低よ! 異世界から召喚した女なら【生贄】にしてもいいって言うの!?」
「政治的決断なんてのはいつの時代も【必要悪】だ。これが、国民が泣かずに済むための最善策だ!」
「この世界の人間じゃない私を【生贄】にしてもいいって言うなら、私だってこの国を守るために死んでやる理由は無いわ。【生贄】無しで存続できない国なんて滅びてしまえばいいのよ!」
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「アンタこそ、自分が私に何しようとしたか分かってるの? だいたい、この【儀式】何よ。【結界】の生成自体は私一人だけ居ればよさそうな感じだったけど、こんな大人数で見守る必要あるの?」
逆さ宙吊り状態で王子と口論する私を呆然と見続ける参加者達。
まぁ、国の偉い人達なんだろうなぁ。本当に何しに来たんだろう。
「為政者の責務として、国のために命を捧げた者の最期を見届けるためだ。この国が尊い犠牲で成り立っていることを心に焼き付け、より良き国を目指すための覚悟を固めるために皆耐えて集まっている」
「意味が分からないわ! 尊い犠牲とか言いながら、同じこと繰り返す気満々なんでしょ! 【過ちを繰り返さない】とか言うなら分かるけど、それで一体何の覚悟を決めてるのよ!」
私を見上げていた参加者の皆さんが目を逸らした。
オイ。見届ける覚悟は何処行った?
「まさかとは思うけど……。隣の部屋に【宴会】の準備とかしてないわよね。【結界】生成に成功して、しばらく国が安泰とかそんな意味合いで」
「…………」
私は裸眼視力がいい。
だから、目を逸らしている参加者の方々の額の冷や汗を見逃さない。
まさか、本当にこいつら……。
ガチャッ
「すみません、先程の地震で【祝賀会】の準備が……。 あっ!」
ドアを開けて入ってきたメイド服姿のミナが答えをくれた。
そして、ぐちゃぐちゃになった室内と、天井から逆さ宙吊りにされている私を見て固まった。
「滅びてしまえ! こんなアホ共が治める国、侵略されて滅びてしまえ!」
「なんてことを言うんだ! 平和な暮らしを望む全国民に謝れ!」
「アンタ達こそ! 全国民に【生贄】の業を背負わせた罪を償いなさい!」
あんまりな展開にすっかり敬語も抜けた逆さ宙吊りの私。
頭に血が昇ってきたのでそろそろ降ろしてほしいけど、言いたいことはたくさんある。
そうやって王子と騒いでいたら、参加者の中から豪華な服を着たオッサンが歩み出てきた。
「【聖女】マリアよ。【結界生成装置】を失った今、我が国は国家存亡の危機だ。国民の生活を守るために、早急に何らかの手立てを打つ必要がある」
「オッサン誰よ?」
偉そうな口調で中身の薄いことを言いだしたオッサンにツッコミ。
部屋の空気が凍り付いた。
「我は国王のエリックである」
国王。つまり、アホの総本山か。
「【聖女】マリアよ。何か策はあるのか?」
「相手は人間なんでしょ。先ずは話し合いなさいよ」
「ならば、国境へ往け。フレディと共に」
アホの総本山の丸投げ無茶ぶりで、オバサン【聖女】と腹黒王子様の珍道中が確定した。
●オマケ解説●
32歳で結構相談所に登録って、賞味期限切れてから売り場に並べるようなものだね。
男は若い女性を好むというけど、婚活市場においてはちょっと意味合いが違うんだ。
重要なのは【若さ】じゃなくて【残り時間】なんだよね。
子供が欲しいと考えて初産35歳と想定すれば32歳で残り時間ほぼゼロ。まさに「詰み」。
男は【年収】で補えるけど、女の【残り時間】は補う手段無し。女の婚活は残酷だぁ。
残り時間を失った婚活女、異世界転生して生贄になるしか?
※この作品はフィクションです