2―2:国宝を殴った
王子様とドライブデートを楽しんだ翌日。豪華に着飾った姿で王城地下にて【聖女】の仕事に挑む私は、異世界の【ゴミ箱】に召喚された貧乳チビのオバサン。
池中まりあ 43歳 未婚独身。
この仕事では服装も重要らしく、メイとミナに白を基調とした【聖女】っぽい豪華な服を着せられ、化粧もされて迎えに来た王子様に引き渡された。
豪華に着飾って化粧をした、身長144cmのチビのオバサン。
王子様が微妙な表情で見てきたが、そこはスルー。
ずっとチビで生きてきた。そんな目線は慣れっこだ。
そして王子様に連れられて、王城の地下室に向かう階段を降りる。
地下室には扉が複数並んだ廊下があり、その突き当りの大扉を開けて中に入ると、不自然な青白い光で照らされた広い部屋。
今日の仕事場。
【結界生成装置】のある部屋だ。
そこには【儀式】に参加するメンバーなのか、正装ぽい恰好をした20名ぐらいのおじさん達が部屋の中央にある大きな装置を囲んで並んでいた。
「これが【国宝】の【結界生成装置】だ。これから【聖女】の力を充填する【儀式】を行う」
これから私はこの【結界生成装置】に【万能の拳】でエネルギーを充填し、【結界】の有効期限を延長する。
それが終われば、この異世界で王子様の庇護下で安泰な余生を送れる。
私は43歳のオバサンだけど、王子様は【若返り】の技術も開発中と言っていた。
それが上手くいったら、あわよくば身体だけでも若い娘に戻って、ちょっとした青春をエンジョイしてみることもできる。
さらに夢を語るなら、この長身イケメン王子様と一緒になって王妃様の夢も見れなくもない。
婚活敗者復活戦。
異世界で人生やりなおして玉の輿だ。
悪くない。
そんなことを考えながら、【結界生成装置】を見る。
天井の高い部屋の中央に置かれた、【海上コンテナ】のような大きくて背の高い装置。
その装置の上面に繋がる真っすぐな階段の上に、元の世界のATMによく似た装置が置いてあるのが見える。
おそらく、あれが操作盤。
そして、その階段の段数が13段。
13段……?
なんかこう、嫌な予感がしたので、隣に居る王子様に確認する。
「王子様。ちなみになのですが、【結界】有効期限の延長に成功したら、私はどうなってしまうのでしょうか」
「国を守った11代目の【聖女】として、未来永劫この国の歴史に名を残すことになる」
はい?
ちょっと意味が分からない。
どういうことかな? その言い回し。
「たとえその身が滅びようとも、【結界】の庇護下で暮らすこの国の民の命そのものとして生き続けることになるであろう」
元の世界で鍛えた【ヲタ頭脳】を久々に起動して、この返しの意味を探る。
ポク・ポク・ポク チーン
【聖女≒生贄】
あった。確かにあったよ。そういう世界線。
そうですか。ああ、そうですか。
それが、私の仕事ですか。
43歳の私が【聖女≒生贄】にふさわしいというのは、身寄りも無くて子供も産めない年齢だからですか。
忙しいであろう王子様が、昨日1日私に付きっ切りだったのは【最後の晩餐】ですか。
このやたら豪華な【聖女】っぽい衣装は【死装束】ですか。
今朝の念入りな化粧は【死化粧】ですか。
ガッデム!
異世界の【ゴミ箱】に捨てられたアラフォー喪独女の利用価値なんて、【生贄】ぐらいしか無いってことか!
【任務・了解】だ。コンチクショウ!
装置に歩み寄り、階段を1段昇る。
浮かれていた。正直、浮かれていた。事故死寸前のところから、自分好みの若いイケメンに異世界召喚されて、そこで必要とされて浮かれていた。
【水神8号】が仕事をがんばった私にくれたプレゼントなのかとか思っていた。
2段目を昇る。
考えればわかりそうなことだ。
12年に1回エネルギーの充填が必要というなら前任者が居たはず。
なのに、前任者の件に触れずに【聖女】を召喚したなら、同じ人間が2回できない理由があるわけだ。
3段目を昇る。
私は強運持ちなんて言われる事が多かった。よく【不死身】とか言われた。
確かに九死に一生を得るような経験は他の人よりも多くしているとは思う。
でも、それもここで終わり。
4段目を昇る。
いいんじゃないかな。あの時クレーンの操縦席でぺしゃんこになっていたことを思えば。
この異世界に召喚されて、短い間だけど、イケメン王子様と出会って、ちょっとした夢を見ることはできた。
【若返り】なんて技術を聞いて夢を見てしまったけど、そんなことが許されるわけがない。
人生にリセットなんてない。高齢独身女になったけど、これは私が歩んだ人生の結末。
無かったことになんてできない。
5段目を昇る。
そんな私でも、ここで【生贄】になることで、12年間この国の人達は安心して暮らせる。皆の役に立てる。
元の世界で生きていても、社会の石潰しにしかなれないアラフォー独身女の最期の仕事として、十分すぎるんじゃないかな。
6段目を昇る。
仕事といえば、私が就職活動した頃は【就職氷河期】の後半で、求人倍率は改善されつつあったけど、女性の就職は未だに厳しかった。
慢性化したデフレと不景気。同世代で【専業主婦】を養える男性はもう居ないと言われる社会情勢。女性も生涯働く覚悟が必要と言われる時代。
ライフプランよりもまずは定職と収入と考えていた。
7段目を昇る。
幸い、地元の大手機械メーカーに就職することができた。
でも、学部卒業して新卒入社した時点で【奨学金】の借金があった。
同期入社の女性社員が次々結婚していった20代。
借金持ちの状態で結婚なんてできないと、完済を目指して仕事をがんばった。
8段目を昇る。
不景気で就職難の中、私を拾ってくれた会社に恩もあった。
キャリアウーマンなんてものがもてはやされた時代。バリバリ働く私を会社も応援してくれた。その期待に応えようと、仕事をがんばった。
自分の将来、自分の人生なんて二の次だった。
そして、仕事に限界を感じて婚活を始めた時に、私が自分の人生に対して無頓着だったことに初めて気付かされた。
9段目を昇る。
ショックだった。恩を返すため、義務を果たすため。それが大切なことと信じて頑張ってきた。
だけど、それよりも大事なことがあった。自分の将来は自分で考えないといけなかったんだ。
それに気付いてから、一緒に人生を歩める相手を探す【婚活】に勤しんだ。
でも30代女は年下男には相手にされない。私の世代で定職についているような男は既に【親】になっていた。
勝負は付いていた。
10段目を昇る。
それでも、僅かな可能性に掛けて【お見合い】を繰り返した。
ひどい男に会ったこともあった。
ドライブ中に当たり前のように車の窓からゴミを捨てる男、レストランで注文を間違えたウェイトレスを怒鳴りつける男、交際期間中のデートで私をキャバクラに連れていく男。
あれは意味が分からなかった。
11段目を昇る。
【結婚相談所】は【ブローの無いボイラ】と誰かが言っていた。
成婚できるマトモな男女はさっさと蒸発し、蒸発できない【残りカス】ばかりが溜まっていく。
私も彼等もある意味そんな【残りカス】。
歳を重ねるごとに、紹介される男性の【難易度】は上がっていった。
12段目を昇る。
でも、そんな彼等も可愛いものだと今なら思える。
なぜなら、私はこの異世界でそれ以上にひどい男に出会ってしまった。
私を殺そうとする男に出会ったのはこれが初めてだ。
13段目を昇り、ATM風の操作装置の前に立つ。
懐かしのブラウン管風の画面と、その前に大きな押しボタンスイッチ。
そして、画面には【結界】の残り時間のカウントダウンと、【PUSH THE BUTTON】の表示。残り時間は1日を切っている。
私がここで【PUSH THE BUTTON】をしなかったら、明日には【結界】が終了するようだ。
左手に装着している取れないグローブ【万能の拳】が操作を促しているように感じる。
何となくわかる。
【PUSH THE BUTTON】をしたら、私の魂は【万能の拳】経由でこの装置に取り込まれ、12年分の結界のエネルギーとなる。
痛いのか苦しいのかは分からない。
でも、私はもう十分生きた。
人生にリセットは無い。
だけど、リタイヤなら自由だ。
さぁ、最期の仕事を始めるか。
ボタンに手を伸ばしつつ、なんとなく振り向いて、私を殺そうとした男の顔を見下ろしてみた。
奴の表情を見たら、気が変わった。
「万能の拳!」 ドバキッ
物騒な生贄装置の操作盤に、渾身の一撃を叩き込んでやった。
●オマケ解説●
43歳が子供を産めないかどうかは諸説あるけど、婚活市場においては間違いなく【産めない】という判定にはなるね。
あと、【就職氷河期】終盤の2000年代前半は実際そんな感じだったね【男は頼りにならないから、女も稼げるように】みたいな風潮。
借金持ちで結婚なんてできないと、新卒入社から10年たらずで【奨学金】の繰上返還をやり遂げた律儀な娘。それ自体は快挙ではあるけど、32歳からの婚活開始は明らかに【消費期限切れ】。これは立派な【自己責任】ですね。
結婚したら夫に返済させる見通しで、借金抱えたまま婚活する女性が居るというけど、それはとんでもない話ですよ。今の時代、男女平等。結婚は借金を返済してからですよ。
※この作品はフィクションです(笑)