2-1:聖女のお仕事
王子様と一緒に丘の上の別荘のテラスから街を見下ろす私は、昨日この異世界の【ゴミ箱】に召喚されたばかりの痛いオバサン
池中まりあ 43歳 独身。
平仮名3文字の名前がマジで本名。
この読みで漢字を当てるぐらいなら平仮名の方がマシだと自分に言い聞かせて生きてきた、ちょっとキラキラネームなオバサン。
召喚された時にマリアを名乗ってみたら違和感無さそうだったので、ここではマリアで通すことにした。
今朝、部屋で起きて身支度して部屋の中で次の展開を待っていたら、メイとミナが朝食を持ってきてくれた。
ご飯とみそ汁というステキな和食。
そして朝食後に昨日の研究室に案内されたら、研究室の建屋裏側にある【車庫】で王子様が待っており、そこにあったジープ風の車でドライブに出発。
王城近くの丘の上にある別荘のような所に案内されて今に至る。
ファンタスティック世界風の王城と城下町が見える。
東に平野、西に山岳地帯。
なんとなく、よくわからないけど、街は質素で、平野部もなんとなく寂しい感じに見える。
都市が発展しているわけでもないけど、その割に緑が少ないとか、そんな感じ。
別荘のテラスにあるテーブルに王子様と対面で座りコーヒーを頂く。
「身体の調子はどうだ? 食事は口に合うか?」
「ええ快調です。食事も私の元の世界に近いものだったので美味しく頂きました」
「そうか。食事が大丈夫だったのは良かった。異世界人の食性は予測できなかったから心配していたのだ」
食性って、何が召喚されるか知らずに召喚したのか?
それで怪獣とか召喚してしまったらどうするつもりだったんだ。
「でも、服は大きさが合わなかったようだな。異世界人が我々より小さいことは想定していなかった。メイとミナが仕立て直しを手配している。明日には必要数届くはずだ」
「ありがとうございます。でも王子様。私が小さいのは異世界人だからでは無いですよ。元の世界でも私は小さい方でした。平均的な人間の大きさで言うと、元の世界とこちらの世界ではほぼ同じです」
「そうか。それは配慮の足りない発言だった。済まない」
「それはそうと、王子様。【聖女】の仕事というのが気になっているのですが」
「あぁそうだったな。実はこの国は【結界】によって守られていて、それを維持するため、12年に1回【結界生成装置】に【聖女】の力を注入する必要があるのだ。マリアにはその仕事をお願いしたい」
うわぁ。ファンタスティック世界らしい用語が出てきた。
【結界】って何だろう。私の中の【ヲタ属性】がときめいてきた。
でも、【できるメイド】からの情報では、そういうことをこの王子様に聞くのは危険が伴うそうな。
興味はあるけど後回しだ。
今気にするべきことは、私にその仕事ができるかどうかだ。
「私は魔法とか使えない一般人ですよ。【聖女】の力の注入とかやり方が分かりませんが」
「大丈夫だ。その【万能の拳】を装着できてさえいれば、あとは【結界生成装置】のほうが何とかしてくれる」
「そうですか。それなら安心です。ちなみにその仕事はいつの予定ですか?」
「急で済まないが、明日の午前中にその【儀式】を予定している。迎えに行くからメイとミナと共に部屋で待っていて欲しい」
「本当に急ですね。まぁいいですけど」
「本当に済まない。この仕事が終わったら、その後の生活は王宮で保証しよう。欲しいなら手当も出す。国の食料事情が悪化しているので、食事の面ではあまり贅沢はできないかもしれないが、王族並みの生活は用意させてもらう」
好待遇だ。それほど重要な仕事なのか。
でも、私は贅沢三昧よりもどちらかというと働きたい。
「ありがたい話ですが、どちらかというと何か仕事をして暮らしたいですね」
「そうか。ならば私の助手として研究室を手伝ってほしい。マリアが来てくれたら研究室の職員も皆喜ぶ」
あの研究室の職員になるのか。昔の職場みたいでいいな。楽しみだ。
「あと、これを聞くのは失礼に当たるかもしれないが、よかったら教えて欲しい。マリアは何歳なんだ?」
聞くのが失礼に当たるのは確かだけど、こっちで生きていくためのライフプランを立てる意味でも、隠しておくわけにはいくまい。
「43歳です」
「そうか、【聖女召喚装置】は本当に【聖女】にふさわしい人間を召喚したのだな」
【聖女】にふさわしい?
このオバサンが?
元の世界とこの世界で43歳の意味が違うのかな?
「ちなみに、私の元の世界では20歳で成人して、30歳までにだいたい子供を産んで、80歳ぐらいまで生きます。そういう世界での43歳ですよ」
「なるほど。年齢の数えはこっちとほぼ同じだな。こちらでは18歳で成人して、やはり30歳ぐらいまでに子供を産んで、60~70歳ぐらいで亡くなる方が多い。食性も時間感覚も近いならマリアもこの世界で普通に暮らせそうだ」
「そうですね」
時間感覚が多少違っていても適応はできるようにも思うけど、元の世界とほぼ同じに越したことはない。
随分都合の良い異世界に召喚されたものだ。
「【聖女召喚装置】の研究は終わったから次は【若返り】の技術と考えていた。マリアが参加してくれると研究がはかどりそうだ」
「いいですね。それは全世界共通の女の夢ですよ」
ファンタスティック世界らしい、素晴らしい技術を聞いてしまった。
ちょっと間が空いた。
「……」
王子様が黙り込んで、深刻な表情で私を見てきた。
「そういえば、43歳というなら、元の世界に夫や子供が居たのではないか?」
まぁ、普通なら居るんだろうけど、私の場合はその心配は無い。
何故なら喪女歴が年齢と等しいアラフォー独身女だから。
「私には夫も子供も居ません。親も既に亡くしているので、私がこちらに居ても大丈夫です」
「そうか。子供が居たのなら申し訳ないことをしてしまったと思ったが、その心配が無いなら何よりだ。本当にマリアに来てもらえて良かった」
そうだよね。異世界からランダムに【聖女】を召喚して、子供から母親取り上げちゃったりしたら、さすがに後味悪いよね。
だとしたら、私が呼ばれてよかったのか。
おかげで【労災】で死なずに済んだし。
「しかし、そうなると、マリア程の女性が43歳まで結婚もせずに子供も産まずにいたというのがよくわからない。そちらの世界ではそれが普通なのか?」
グサッ
悪気が無いのは分かるが、それは年齢以上に聞かれたくないことだ。
でも、ここで【デタラメ上等】とか言って変な返しをすると私がヘンテコ世界から来たと思われてしまう。
それは今後のライフプラン的にも良くない。
自分の心の傷を開かない範囲で正直に応えよう。
「えーと、まぁ、結婚出産育児だけが女性の生き方ではないという考え方が浸透してきた世界でありまして、私のように独身のまま仕事で活躍する女性も少なからず普通に居たのですよ」
「それは不思議な世界だな。そちらの世界の方々には失礼かもしれないが、理解に苦しむ」
「どういうところがでしょうか。男女平等の概念で、女性が男性同様に自分のやりたいことを目指して輝くというのも悪くは無いと思いますが」
「いや、私も王族の一員。国を治める者として教育を受けた身だ。幅広い意見や価値観を受け入れることの大切さは学んでいる。それでも、その考え方は理解ができない」
「女性が自由を求めて社会がそれを認めたという、ある意味進んだ価値観ですよ」
「仕事も、家庭も、社会も、国家も、文明も、全ては出産育児をする母親を守り、次世代に命を繋ぐための手段だ。全てに守られ大切にされるべき存在である女性が、何故男と同様に仕事をしたがるのだ。そして、女性にそんなことをさせて、その世界の男達は何を守るのだ。何のために生きるのだ」
……返す言葉が出てこない。むしろ目からウロコが出そう。
家庭に縛られている女性を解放するとか、そんなキャッチフレーズ聞いたことあるけど。
そういえば昭和時代の主婦って、家庭でそれなりに大事にされてたよね。守られていたよね。
【奥さん】とか呼ばれて、外で稼いでくる旦那さんを支えながら子供を育てて、家庭の中心として、社会の中心としてしっかり役割果たしてたよね。
そして、しっかりと次世代に命を繋いでいたよね。
そうだよね。【仕事】が社会の中心じゃないよね。
実際【仕事】に半生捧げても何にも残せなかったし。
そういえば【水神8号】の形見の【バルブ開閉札】何処行ったっけ。
帰ったらズボンのポケット探そう。
「女性に生まれながらも社会の中心から自ら降りて、結婚も出産もせずに、誰にも守られずに、未来に何も残すことなく人生を終える哀れな人間が沢山居るのか。ひどい世界だな」
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
社会や文明が何のためかと言われると、子孫繁栄のため。人間の子供は野生動物に比べて無防備で自立まで時間がかかるので、それを守り育てるために過去の人々は集団生活を始めて、それを発展させた。
でも、社会は何処をどう間違えたのか本来の目的を見失って迷走し、【アラフォー喪独女】というあり得ない存在を生み出してしまった。
ひどい世界と言われれば、そうなのかもしれない。
※この作品はフィクションです。