1-3:そしてゴミ箱へ
ラフタークレーンの運転席に飛び込んできたフックを【万能の拳】で迎撃したら、異世界のゴミ箱に召喚されてしまった。
【産廃コンテナ】の扉から異世界の大地に降り立った私は、安全帽と作業服を着用した身長144cmのチビのオバサン。
池中まりあ 43歳 独身。
クレーンのフックを殴った時に左手の骨が折れた感触があったけど、不思議と痛みは無い。
その代わり、左手に装飾付きの変なグローブが付いている。
「大丈夫か? 何か調子が悪い所は無いか?」
気遣いながら私を連れ出してくれたのは、フレディ王子。
180cmぐらいの長身で金髪碧眼の若いイケメンだ。
【産廃コンテナ】から外に出ると工場のような建物の中だった。
でも、工場とは思えない程、無茶苦茶散らかっていた。
まるで何か事故が起きた直後のような。
わからないことも思うこともいろいろあるが、まずは命拾いしたお礼をしておくか。
安全帽を外して頭を下げる。
「いいタイミングで召喚頂きありがとうございました」
「……? そうか。良く分からないが、いいタイミングだったのか」
そして、今一番確認したいことを聞いてみる。
「召喚されたのは私一人でしょうか」
「そうだ」
「ちゃんと確認しましたか?」
「何を言っている? 実際一人しかいないだろう」
私と王子様以外には作業服を着た男が5人居るだけ。
見える範囲では女性は私1人。
だけど、油断はできない。
ぐちゃぐちゃになった工場内。
あちこちに人が潜り込めそうな隙間がある。
「よく確認してください! あの瓦礫の下とか、建屋の隅とか、容器の下とか! もう一人いるかもしれないじゃないですか!」
「何なんだ! あの装置では一人しか召喚できないんだぞ! しかも召喚時に爆発して壊れてしまった! 居るわけないだろ!」
「そういう思い込みが危険なんです! もう一人居たら大変なことになりますよ! あちこちに隙間があるじゃないですか! よく探してください!」
私も必死だ。
ここで【もう一人】居たとしたら、そしてその【もう一人】が若くて綺麗な女の子だったりしたら。
この異世界でひどい目に遭わされるのは私だ。
ヲタなら分かる。これはもう定番だ。
「分かった! 分かったから。落ち着け。その【もう一人】とやらを皆で探そう」
「こんな乱雑な室内でやみくもに探しても逃げられます! 先ずは片付けです!」
「それもそうか。まぁ、大仕事が終わったから、研究室内は片づけないといけないしな」
この場所【研究室】だったんだ。何の研究してたんだろう。
さっきチラッと言ってた【聖女】の【召喚】の研究だろうか。
総勢7人で、小学校の体育館サイズの【工場】のような【研究室】内の片付け。
えらく大きな装置の残骸があったが、それはもういらないとのことで組立班と呼ばれた3人が解体して分別。
試運転班と呼ばれた2人と、私と王子様で工場内に散らばった装置の破片やゴミを拾って、私が召喚された【産廃コンテナ】に集めた。
機械メーカーで事務員をしていた時の事を思い出した。
工場の片隅にある【実験場】。
新商品開発のために試作や実験をするためのスペースとして工場から借りていた場所だけど、そこで仕事をする開発職の連中はとにかく散らかす。
どんだけ片づけても散らかす。片づけろと言っても忘れる。子供かよ。
そして、そんなに広くないはずなのに共有工具を紛失する。
自分で紛失した癖に工具が無いからって、隣にある製造工場の備品を無断拝借したバカが居て、工場長が怒鳴り込んできたのはいい思い出だ。
…………
研究室内は一通り片付いた。
結局、【もう一人】は居なかった。
建屋の隅にある【室内実験室】と呼ばれる部屋も片づけて、そこに人数分の折りたたみ椅子を並べて作業台をテーブル代わりにして皆で休憩。
休憩するのは王子様と私と、組立班3名と試運転班2名。
いつの間にかメイド服姿の女性が2名来ており、皆にコーヒーを淹れてくれた。
「ありがとうマリア。来てもらって早々助かったよ。片付けが終わったから明日から休暇が取れる」
「いえいえ。職業柄、散らかっているところを見過ごせないので、当然のことをしたまでです」
工事現場を職場とする私。
【散らかっている状態】がどれほど危険か嫌というほど学んできた。
【労災】を防ぐためには【5Sの励行】は重要だ。
「さっき教えてもらった【5Sの励行】は良いな。標語にして研究室内の各所に貼っておこう」
研究室内の掃除中にメンバーに【5S】の概念を説明していた。
気に入ってくれたようで、テーブルでくつろぎながらも試運転班の2名が標語の下書きを作っている。
【5Sの励行】
整理 不要物は残さず廃棄すべし
整頓 必要物は所定位置に配置すべし
清掃 汚れと異常は除くべし
清潔 美しい状態を維持すべし
躾 正しいと言える意識を保つべし
イイ感じだ。よく理解している。
あれ? 何語で書いてあるか分からないけど文字が読める。
今更だけど、なにかこう、重要なことを確認してなかったような。
コーヒーを飲みながら考える。何だっけ。
あ、ちょっと思い出した。
「王子様。つかぬことをお伺いしますが、ココは何処で、私は何でここに召喚されたんでしょうか?」
8人の視線が私に集まる。
「……逆に聞くが、ココが何処だと思って掃除をしていたのだ?」
「いや、まぁ、異世界召喚でもされたのかなと。王子様とか、メイド服の女性とか居るから、まぁー、異世界なんだろうなぁと」
「その理解であっている。この国はキャズム王国。ここは王城敷地内にある【根源領域技術研究所】だ。国の命運を懸けて開発した【聖女召喚装置】で異世界からマリアを召喚させてもらった」
普通なら異世界召喚なんて傍迷惑な技術だと思うところだけど、あの時召喚されなかったら私はクレーンの操縦席でぺしゃんこにされていた。だからそこに不満は無い。
元の世界に帰る方法があるかどうかはちょっと気になるけど、元の場所に帰されたら私は死んでしまう。帰る方法については言及しないでおこう。
それよりも気になる用語が出てきた。
「ちなみに王子様。【聖女】って何なんでしょう。そして、召喚された私が【聖女】である確証はあるのでしょうか」
「【聖女】は国を救える存在だ。そこは後で説明する。マリアに【聖女】適性があるのは間違いない。左の拳に付いているそれが証拠だ」
左手に付いている装飾付きの変なグローブ。
なんかこう、腕と一体化した感じで外れそうにないし、表面の感覚もある。
違和感は無いけど、ちょっと気になってはいた。
「この【万能の拳】の事でしょうか。これは一体何なんでしょう。なんか取れないんですが」
「そうだ。その【万能の拳】は【聖女】適性のある者にしか装着できないものだ。それが装着できているということは、マリアには間違いなく【聖女】適性がある。まぁ、取れないというのはよくわからないが、それは追々調べていこう」
異世界召喚や取れないグローブとか、私の元の世界に無かった何かがここにはある。
【魔法】とかそれに類する技術だろう。
軽度の【ヲタ属性】持ちの私にとっては香ばしい話だ。
せっかくだからいろいろ聞いておこう。
そう思ったら、メイド服姿の女性がメモ書きを差し出してきた。
【技術について王子に聞いてはいけません。大喜びで一晩中語ります。研究室の皆は疲れているので、この場を切り上げさせてください】
できるメイドだ。
あの王子様は【クレイジーエンジニア】属性持ちということか。危ない所だった。
できるメイドの指示に従おう。
「あの、王子様。聞きたいことはいろいろありますが、そろそろ夕暮れの時間帯です。終業時刻が近いのではないでしょうか」
「そうだな。では続きは後日にしよう。今日は解散だ」
「お疲れさまでしたー」
「お先に失礼しまーす」
組立班と試運転班の5名は常識的な挨拶をしつつ帰っていった。
「メイとミナは、マリアを頼む。」
「「らじゃー!」」
メイド服姿の女性、メイとミナの案内で私は研究室を後にした。
…………
研究室を出たら、すぐ近くにファンタスティック世界風のお城があった。
メイとミナに連れられて、城の建屋内にある高級ホテルの一室のような部屋に通された。
【聖女】召喚成功に備えて予め用意しておいた部屋とのことで、生活用品一式と、いくらかの着替えが用意されていた。
王子様は用意がいい。
でも、用意されていた服は全部サイズが合わなかった。
私は身長144cmのチビだ。子供服のほうが選べるぐらいのチビだ。
メイとミナに採寸してもらいつつ、裁縫道具を借りて今日と明日着る分だけ簡単に修正した。
夕食は米飯とみそ汁風のスープだった。
異世界だけど和食。
食事は美味しかったけど、水が微妙に不味いのは気になった。
明日から何をするんだろう。【聖女】って何だろう。
そして、【万能の拳】って何だっけ?
●オマケ解説●
女性はアラフォーになっても【王子様】を求める。男の子の【ヒーロ願望】みたいなものか。でも、アラフォー喪独女が【王子様】に会うには、【ホストクラブ】か【異世界】に行くぐらいしか無いという現実。
工場や工事現場では【5Sの励行】大事です。守らない人は容赦なくシバく【ドSの励行】と合わせて【安全第一】を守りましょう。
そして、人生設計も【安全第一】。職場で安全に働きたいなら【職場恋愛】は避けるべし。安全な結婚をしたいなら【奨学金(借金)】は返済してから婚活すべし。
そうやって出遅れた【消費期限切れ】が見向きもされないのは、子供が欲しくて婚活する男達の【安全第一】。
今日もご安全に!