エピローグ
王の執務室で深夜残業をする私は、【息子】の門出を見送った余生でキャリアリターンして【共働き】をがんばる異世界出身のオバサン。
池中まりあ 44歳 王妃(事務員)
王と結婚したあの夜。
年下夫がジジィのように老けているのが気に入らなかった私は、布団の中で【万能の拳】を悪用した。
その結果、座敷童を抱えた半裸の王が絶叫しながら王城内を一晩中走り回る珍事件が発生し、私は【悪夢初夜マリア】というありがたくない渾名を付けられた。
王は若返りはしなかったものの、体力も付いて年相応の風貌になった。
まぁ、【悪用】は成功といったところだ。
あれから半年。
大豊作となった稲刈りも終わり、食料事情改善により飼料確保の目途が立ったので、ナスターシャの農園でイノシシの【畜産】が開始された。
【獲物】を育てる毎日が楽しいとナスターシャは喜んでいたが、その【獲物】はイノシシの事だと信じたい。
そして【王妃】となった私は、すごく忙しくなった。
なぜなら、そうじゃないかとは思っていたけど、この国の政治はスカスカだった。
食料事情が悪い中、皆の助け合いで生きてきたのはいい。
それを可能にするだけの、倫理観や道徳心、民度の高さもいい。
だけど、だからといって、司法や立法や行政をなぁなぁで回していいわけがない。
そういうわけで、私が元の世界の知識を活用しつつ、リーセス国のバスター皇帝にも手伝ってもらいながら、この国の政治体制の整備のための各種草案作りをしている。
三権分立の概念は持ってきて、行政は王政とするけど、暴走防止のための不信任投票システムを用意して、リーセス国とは外交もあるから、外務関連のルールも作って……。
まぁ、事務員の仕事に帰ってきたような毎日だ。
今日の分の作業を終わり、暗くなった王城内を寝室に向かって一人歩く。
ローカス大帝国との遠距離メッセージによる外交も順調だ。
ローンチ村の先祖が生き残った理由も分かった。あの村周辺に自生するキノコが例の【感染症】の治療に使えることが判明したのだ。
例の【感染症】は西側の国では未だに大きな問題となっているそうで、ローカス大帝国とその周辺諸国はこの研究に興味を示した。
そのキノコを輸出するために、大陸を東西に横断する【キノコロード】の構想も出ている。
このキャズム王国は超大国に挟まれた小国であるけど、二国間の中継地点として有利な場所にある。そして、教育レベルの高い国民と、手つかずの広い平野部を残す豊かな国土。
【感染症】の問題を解決して、法と政治の体勢を整備して外交や貿易が軌道に乗れば、発展余地が大きい国だ。
今のキャズム王国は、貧しいながらも幸せな国。
それをどのような国にしていくのかは、新しい指導者と国民の総意で決めていけばいい。
そして、その指導者の役割を担うのは私の【息子】だ。
その時が来た時に滞りなく大活躍できるよう、その下地を整えておくのも【母親】の仕事と言えなくもない。
【息子】には頼もしい【妻】も居る。
もう私が殴る必要は無いだろう。
【息子】の未来に思いを馳せていたら、王と私の寝室に到着。
夜も遅いからもう寝てるかと思ったら、王は起きて何か作業をしていた。
「【聖母】マリアよ。遅かったな。今日の仕事は終わったのか?」
「何とか終わったわ。もう夜遅いけど、王は一体何をしていたの?」
「フレディの奴に頼まれたイラストを仕上げておった。なんとか一通り仕上がったところだ」
この王。実は絵が上手い。
この世界には【小説】はあったが、【漫画】という物が無かった。
【漫画】の概要を教えたら親子揃って気に入ったようで、【息子】がシナリオ、王が作画というコンビで執筆を始めた。
国内の新しい娯楽産業として普及させたいと意気込んでいる。
ヲタの私からすると、異世界由来の二次元産業がこちらの世界で花開くのはとてもうれしいことだ。
だから、王の執筆時間を確保する意味でも私が深夜残業を頑張っている。
どんな物語を書いているのかちょっと気になったので、大きな作業台の上に並べられたイラストを見てみる。
【ゴミ箱の聖女】
【逆さ宙吊りの聖女】
【磔の聖女】
【生き埋めの聖女】
【水攻めの聖女】
【檻の中の聖女】
【ギロチン台の聖女】
「あのー、コレは一体どういう物語なんでしょうか」
「あぁ、これは【ぐぎゃーと鳴く聖女】というフレディ作のコメディ作品で、異世界からゴミ箱に降臨した低身長貧乳中年独女が、ズボンの隙間から下着を見せつつも、覇国軍師となって世界征服をするという話だ。なかなか面白いぞ」
「…………」
うーん。やっぱり殴りたくてしょうがないわー。