8―3 そして膝枕へ
「あの。国王陛下。僭越ながら申し上げたいことがあります」
「……なんだ。言ってみるがいい」
「何故、私が寝室で王を膝枕しているのでしょうか」
「…………自分でやったんだろ」
確かに自分でやりました。
寝室のベッドの上で、王を膝枕で寝かせている。
【万能の拳】で鳩尾を殴ったら王はあっさりと倒れた。
もしやと思って正装の上着を剥ぎ取ったら、恰幅が良く見えたのは着衣による細工で、中身はガリガリのモヤシだった。
チビの私でもベッドの上に引き上げることができるぐらいに、痩せ細っていた。
「殴られた理由に心当たりはありませんか?」
「さっきのは冗談だ。分かるだろ」
「それじゃありません」
「……国家存亡に関わる問題をフレディとマリアに丸投げした件か」
「それでもありません」
「…………では、先代の【聖女】の件か」
「それです」
「12年前に息子の目の前で妻を【生贄】にしましたね?」
「……間違いない。よく気付いたな」
12年前に【生贄】になった先代の【聖女】は、あのアホ王子の母親。
そして、その光景をあのアホ王子は見ていた。
私を【生贄】にしようとした時と同じように。
「ちょっとしたシンパシーを覚えたのよ」
私は6歳の時に両親を失った。
集中豪雨で自宅の裏山が崩れた際、両親はとっさに私を頑丈なワードローブに閉じ込めた。
それが最後だった。
潰れた自宅の残骸と一緒に随分流されてしまったが、私が入ったワードローブは原型を保ったまま瓦礫に埋まった。
防災袋と工具箱を一緒に入れられたので特に飢えることもなく救助を待ち、捜索隊の声が聞こえた頃に内側から扉を破壊して脱出。
瓦礫の隙間から這い出して救助してもらった。
子供の頃は祖父母のお世話になった。
祖父母が亡くなってから就職して自立するまでの間、施設や親類宅を転々として生きてきた。
そういう経験をした人間というのは引き合ってしまうのかもしれない。
おそらく、王子も私に対して何らかのシンパシーを感じていたのだろう。
だからといってオバサンに求婚するのはオカシイけど。
「我は王族として生きる人間の覚悟を教えたかったのだがな」
「間違っては無いのかもしれないけど、教育には段階が必要でしょう。段階踏まずにいきなり最終試練みたいな事したら情緒が歪むわ」
「全くだ。あれがきっかけでフレディは【技術者】を目指すようになった。全員を幸せにできるのは【技術者】だけだと言いおって」
あぁ、以前あの田中からも聞いたことがある。【政治家】は犠牲を選ぶ事しかできないけど、【技術者】なら全員が生き残る方法を用意できると。
でも、王子という立場でそれを言うのは【職務放棄】に近いように思う。
「それで、【聖女召喚装置】を開発したわけね」
「そうだ」
異世界人なら【生贄】にして良いという発想が【技術者】らしいかどうかは甚だ疑問だ。少なくとも田中なら怒るだろう。
「【結界】を開放して隣国と対話しようという選択肢は無かったの?」
「失敗すれば国を滅ぼす博打だ。我には決断ができなかった」
実際には【結界】崩壊による国家存亡の危機なんて存在しなかった。
でも、それは後から分かったこと。
120年も続いた平穏。
現状維持の手段がある中で、女性一人の犠牲を避けるために国全体を危険に晒す真似ができなかったというのは分からなくもない。
やっていることは最低だと思う。
だけど、私が同じ立場なら、それを変えるための決断ができたかどうか。
考えても答えは出ない。
話題を変えよう。
「私のこの【万能の拳】って何なのかしら。あと、【根源領域技術】って何?」
「あぁ、それは、息子の方が詳しいんだがな。我に分かる範囲で説明しよう」
国王陛下はむしろわかりやすく説明してくれた。
この世界に伝わる言い伝え。
世界の物理法則は、別の世界の誰かが創り出して動かしているという。
そして、それをこの世界では【根源領域】と呼んでいる。
【魂】と、そこから生成される【想い】は世界を越えることができる。
私の【万能の拳】や、【結界生成装置】は、世界を越える【想い】を通じて【根源領域】に干渉することで、物理法則を越えた現象を発生させることができるそうだ。
そして、それらを応用して作った【聖女召喚装置】は、異世界から人間を召喚する事も可能にしたと。
「我々のこの世界も、何処かの空の下で誰かが見ているのかもしれん」
「随分ファンタスティックな話ねぇ」
前の世界で、そんな小説を読んだことがある。
もしかしたら、世界というのは本当にそんな風に出来ているのかもしれない。
ついでに、もう1個聞いてみるか。
「ナスターシャは、一体何者なの?」
「あれは、我が国の農業大臣の娘で、フレディの幼馴染だ。元は病弱な少女だった」
「昔は身体が弱かったとは聞いたけど、王子は彼女に一体何をしたの?」
「あの娘は、進行性の肺の病で3年前に死亡した」
「死んだの!?」
「あぁ、判定上はな。だが、幼馴染の死を受け入れられなかったフレディの奴は、死亡判定直後の彼女の遺体を【研究室】に持ち帰り、肺呼吸不要な身体に改造して秘密裏に蘇生させおった」
「なんてことを……」
「元は小柄で弱弱しい娘だったが、随分逞しく成長したものだ。人道的には許されない事だが、まぁ、あの娘も大したもんだ。着実に外堀を埋めて、ついにフレディを仕留めおった」
それは何となくわかる。
「彼女を次期王妃にして大丈夫かしら」
女子力が高いのは分かるけど、なんかこう、不安を感じる。
「まぁ我は心配しとらん。あの娘は、ああ見えて賢い。フレディをうまく支えてくれるだろう」
「だといいわね……」
「フレディが伴侶を得たのは嬉しいが、即位式が台無しになったのは残念だった」
「当然よ。あの成熟度で【国王】は無理だわ」
「我は、今日退位して、全部終わるつもりだったんだがな」
息子に王位を譲って、死ぬつもりだったのか。
国の安全のためとはいえ、息子の前で妻を【生贄】にしたことを悔いていたのか。
こんなにガリガリになるまで。
「残念ね。再婚を果たしたんだから、もうちょっと生きて頂戴」
「そうだな。少なくとも、フレディに王位を譲るまでは頑張るか」
あの調子なら、10年もかからずに【王】にふさわしい男になれるようにも思う。
そういえば、フレディ王子は18歳と聞いた。
この世界は私の元の世界よりも結婚は早そうだけど。
この王の歳はいくつなんだろう。
「随分老けてるけど、アンタ実年齢いくつよ」
「年齢か? 41だ」
バツイチ子持ちの結婚相手が、まさかの年下! しかも3歳下!
こんなに老け散らかしているのに、年下。
50代後半から60代ぐらいに見えるけど、年下。
ジジィ顔なのに、年下。
そのまま王は寝てしまった。
安らかな寝顔だ。
膝枕が辛くなってきたので、膝から頭をそっと降ろして代わりに枕を入れる。
そして、掛布団を体にかけて、私は同じ布団の中に潜り込む。
潜り込んだ布団の中で、寝息で上下する王のガリガリな胸板を撫でる。
これが、今の私にできる精一杯の【既成事実】。
暖かくなってきた布団の中で考える。
なんかさっき、いろんなことを聞いたような気がするけど、忘れた。
もう、私の頭の中は一つのことでいっぱいだ。
年下の夫がジジィのように老けているのが気に入らない。
●オマケ解説●
結婚早ければ40代で子供が自立しててもおかしくない。
自分より若い女が育児を終えて孫を楽しみにしているのを見て、アラフォー独女は何を思うのだろう。
そして、そういう人がキャリアリターンしてきて、あっという間に出世していくのを見て、ずっと務めていたアラフォー独女は何を思うのだろう。
(育児を一通り済ませた猛者ならサラリーマンの仕事ぐらい楽に感じると思う)
王の語った「根源領域」の元ネタは、Zappy氏の「ガロワのソラの下で」という作品。作中の異世界を動かすプラットフォームの一つの形が見えてきます。
https://ncode.syosetu.com/n1753jp/
(ファンタスティック濃度の濃いハードSFですよ)




