8-2 王を殴った
王と私の【結婚式】を間近に控えてさっきまで有頂天だったけど、今まさに真っ白に燃え尽きて立ち尽くす私は、異世界出身のオバサン。
池中まりあ 44歳 抜け殻
真っ白に燃え尽きた肉体を地球上に残し、【魂】は重力の呪縛から解き放たれて【冥王星】付近を彷徨う。
ガ●ラス艦隊はいませんかー。
何故【魂】が大宇宙を漂っているかというと、アホ王子にしてやられたのだ。
【生贄】にされかけた報復として、即位式で求婚してきたところをぶん殴って鼻血ブーさせて王位継承式をぶち壊してやった。そして、ギロチン台の下からこっぴどく説教してやった。
そしたらついでに、王からのまさかの求婚。
せっかくの玉の輿。断る理由も無いので【狙っていた女を目の前で父親に奪われる】という、男が最も嫌がるであろうパターンまで披露してやった。
勝ったと思った。
そして、憧れていた【結婚式】とやらを楽しもうと思っていたら、アホ王子がナスターシャを連れて戻ってきて、会場に対してまさかの宣言。
【既成事実を済ませてきた】
してやられた。
男性経験ナシの喪女歴44年。
そんな私の【魂】を宇宙まで吹っ飛ばす究極の暴挙だ。
僅か数時間で、ナスターシャの家まで走って、【既成事実】をやり遂げて、綺麗に着替えて王宮の会場に戻ってきただと。
これが、若さか……。
大宇宙を漂いながら、【時の涙】を見た。
ガシッ 「はうっ!」
頭頂部を鷲掴みにされる感触で【魂】は肉体への帰還を果たした。
今あんまり帰ってきたくはなかったけど。
掴まれた腕を振りほどいて見上げると、やっぱり犯人は国王。
かわいそうなモノを見る目で私を見下ろしている。
「国王陛下。アレ。いいんですか?」
「本来ダメだ。だが、あの娘が相手なら誰も反対はできまい」
なるほど。察した。
ナスターシャを連れた王子が勝ち誇った顔で私の前まで来た。
後ろに続く彼女の足取りがおぼつかないけど、痛かったのか?
「なぁ、マリア。【結婚】なんて簡単じゃないか。私の【高◎性能】でいとも簡単に仕留めてやったぞ。やっぱりナスターシャは最高だ! アヒャヒャヒャヒャヒャハー!」
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ
このアホ王子!
大勢居る会場内で【既成事実】の感想か!?
アレか! 【風●】で【脱●貞】を済ませてテンション上がったガキか!?
そんなことをしそうな年齢ではあるけど、女性の扱いが不適切すぎる!
【最高傑作】とか言ってたけど、まさか【所有物】とでも思っていたのか?
ナスターシャは女子力高いんだぞ!
どや顔で私を見下ろすアホ王子の後ろで、ナスターシャが動いた。
手がゆっくりと上がり、アホ王子の首へと伸びる。
痛い目に遭わされて、晒し者にされて、その目的が前の女を笑うため。
私にも分かる。
コレをされて【許す】女は、居ない。
次に起きるであろう残虐シーンを想像し、思考が高速化する。
背後から迫る運命にも気付かず、バカ笑いするアホ王子。
赤子のように幼く弱い存在。
風前の灯のように儚い命。
まさに消えようとする命に対して、それを愛おしいと思える気持ちが沸き上がる。
これが【慈愛】。
そして、その弱い命を支え、力を授け、それが大成する未来を見届けたいという気持ちに繋がる。
これが【母性】。
子供の頃に親を亡くし、親類や施設をたらいまわしで生きてきた私は【親心】を知らなかった。
でも、今なら分かる。
新しく得た【息子】。
死んで当然の暴挙をしでかしたアホ息子だけど、死ぬのは今じゃない。
私なら生存のワンチャンスを与えられる。
今、私は【母親】になれる!
【聖母マリア】爆誕 ドーン
「フレディ。伴侶を得た貴方に【母】として、先ず言っておくべきことがあります」
「マリア?」
いつもと違う呼び方に戸惑うアホ王子。
ナスターシャの手が止まった。
「先程も言いましたが、女というのは男が思うほど慈悲深いものではありません。女の本能は、次世代に優れた命を残すためのもの。例え伴侶であろうとも、次世代に残す価値が無いと判断した命を消すことに躊躇はしません」
夫を抹殺しようとする妻がたまにいるのはそういうことだ。
夫に対して生命としての存在価値を感じなくなると、本能的に消そうとしてしまう。
実際に消してしまうと生活が破綻すると分かっていても、これは本能だから止められないんだ。
「いや、まさか、そんな」
アホ王子は戸惑っているが、現実を教えてやろう。
「後ろをごらんなさい。貴方の先程の言動に対して、伴侶がどのような判断を下したのかを知りなさい」
アホ王子が振り向いてナスターシャを見る。
【捕食者の眼光】を湛えた笑顔と、王子の首を捕らえようと上げていた手。
女性らしい細い指でもイノシシの頸椎を軽々粉砕する掌には言い知れぬ迫力がある。
王子の表情が素早く変わった。
驚愕から達観、【無の表情】を経由して、目に【生きる意思】の光を宿した精悍な表情へ。
仕留められたのは自分の方だと気付き、生き残る道が一択であることを悟り、全ての覚悟を決めたようだ。
【木星】ぐらいまでは逝ってきたか?
【ジュ●トリス】は仕事してたか?
「分かりました。【母上】」 シャキーン
背筋を伸ばし、【男の顔】で私を見下ろして応える王子。
ナスターシャがゆっくりと手を降ろした。
【生かしておく価値】を見出したようだ。
「そして、ナスターシャ」
「はい」
「価値を失った命を刈り取る役割に間違いはありませんが、【女】にはそれ以上のこともできるのですよ」
「それは、どのようなことでしょうか」
「間違いを正し、より高い価値の高い命となるよう導くことです。先程のフレディを見た貴女なら分かるはずです。これは貴女にもできること。そしてこれからは貴女の役割ですよ」
「今のが、私にも、できる……。私の【獲物】を、より美味しくできる……」
こっちはこっちで【獲物】という認識だったか。
「貴女ならできます。ナスターシャ。【息子】をよろしくお願いします」
「はい【お母様】」
「さぁ支度をなさい。ここは貴方達の晴れ舞台です」
…………
会場はフレディとナスターシャの【結婚式】になった。
踏み台に乗って高さを合わせたチビの私が宣誓台の後ろに立ち、その前にタキシードに着替えたフレディと、ウェディングドレスに着替えたナスターシャが並ぶ。
大勢の参加者が見守る中、モンティナ村長から借りた【神父】ぽい上着を被って、新郎新婦に語り掛ける私。
「新郎フレディ。夫として、男として、いずれ王になる身として、自らの命が未来に繋がる価値ある存在であることを、その生き方の全てを以て示し続ける義務があることを知りなさい」
「はい」
「新婦ナスターシャ。妻として、女として、いずれ王妃になる身として、未来に繋げる命が道を誤ることが無いよう、守り、導く義務があることを知りなさい」
「はい」
「知っただけでは何にもなりません。得た【知識】が【経験】を通じて【知恵】となり、その意味の【理解】に到達するには長い時間がかかります」
「ですから、今この場で二人に【誓い】は求めません。今この場で共有した【知識】を元に、お互いを対等の【人間】と認めるところから始めなさい」
「長い道のり、二人の新しい出発に【祝福】を!」
ズバァァァァァ
宣言と同時に振り上げた【万能の拳】が白銀に輝き、会場に謎のオーラが満たされる。
会場から盛大な歓声と拍手。
【結婚式】は大成功だ。
…………
盛り上がった【結婚式】と【披露宴】も終わり、参加者も帰った夜。
ネグリジェ姿で王の寝室にお邪魔している私は
池中まりあ 44歳 座敷童
服装はメイド達が用意した。
貧乳チビにネグリジェを着せたら【座敷童】になってしまって絶句していたけど、そのまま王の寝室に放り込まれて今に至る。
そんな残念新婦を見て、正装のまま部屋の真ん中で突っ立っている国王陛下が声をかけてきた。
「【聖母】マリアよ。なかなか素晴らしい訓示だったぞ。あれは異世界の結婚式の定型文か?」
「即興よ。目の前で【誓いの口づけ】なんてされたら心が折れるわ」
「それで【誓いを求めない】か。考えたな」
「でも、お互いを【人間】として認めるところから始めて欲しいのは本心よ。【最高傑作】と【獲物】の関係はここで卒業してもらわないと先が思いやられるし」
新郎フレディと新婦ナスターシャは、【結婚式】後、二人でナスターシャの自宅に向かった。彼女が眠るには冷却用のプールが必要だからだ。
冷却用設備がこちらに整うまで、当面あの家を活動拠点にするのだろう。
「今頃息子達は彼女の家で【既成事実】の続きかな」
「いくら若いからって【息切れ】の無い彼女と何処まで突き合えるかしら」
嗚呼、会話が完全にオッサンとオバサンだ。
「ならば、我らも【既成事実】に挑んでみるか?」
「万能の拳!」 ドバキッ
●オマケ解説●
生きる価値のない命を抹殺するという【女の本能】は割とガチだと思うよ。
いくら稼いでも、家庭に尽くしても、生命としての価値を感じなくなると、夫を抹殺しようとしてしまう。
まぁ、既婚男性は仕事を頑張り家庭に尽くすだけでなく、生きている価値を妻に認めてもらえるような振る舞いを心がけましょう。抹殺されないために。
弱みを見せたら、殺 ら れ ま す よ。




