7-3:そしてギロチン台へ
「あの、王子様。僭越ながら申し上げたいことがあります」
「なんだ。言ってみろ」
「何故私が、ギロチン台に固定されているのでしょうか」
「……ギロチン台に乗せられる理由に心当たりは無いか?」
「機械メーカーで事務員をしていた24歳の時に、交際を求めてきた同期入社の男を振った罪でしょうか」
相手は【水神8号】を一緒に開発していた田中だ。開発終了で社会人としての初仕事を終えたタイミングで交際を申し込んできた。でも、田中相手はナイなと思って断った。
「そういうチャンスもあったんじゃないか。随分もったいないことをしていたんだな。それに近いといえば近いが、今回はそれじゃない」
確かに、今思えばもったいないことをしていたのかもしれない。
「求婚してきた王子様を殴り飛ばして、即位式を滅茶苦茶にした罪でしょうか」
「それだ」
即位式の会場で、ギロチン台に固定された状態で参加者の方々に囲まれる私。なんでこんな大道具がサッと出てくるのかは突っ込まない。どうせ王子様のコレクションだろう。
「さすがに今回は言いたいことがいろいろあるぞ」
王子様はお怒りのご様子。
でも、イケメン顔の鼻に赤いガーゼを突っ込んでいるのでむしろ笑える。
「ふふふふふ……。そのガーゼお似合いですよ王子様。イケメンが面白いほどに台無しです」
「何だと!」
【生贄】にされかけたあの時から、ずっと殴りたいと思っていた。
鼻血ブーするほど顔面を殴りたいと思っていた。
でも、国民の皆さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、やらかした分の後始末を終えてからにしようと自重していた。
後始末が終わってから成し遂げるまでに時間がかかったのは、あのアホ王子が強いからだ。
磔や生き埋めや檻の時に持ち運ばれたから分かる。優男に見えるアホ王子だけど、実際は筋肉質で腕力あるし、普段の動きからして剣か拳かは知らないが武術の心得もある。
アホ王子は本気出したら間違いなく強い。
それに対して、私はチビのオバサン。運動神経は悪くはないし、【万能の拳】もあるけれど、攻撃力は人並み以下の人間。アホ王子に正面から殴りかかって勝てるわけがない。
どうしたものかと考えていた中で、ナスターシャの見せてくれた殴打のフォームがヒントになった。
足腰の筋肉を最大限活用した、全身運動による強力な一撃。これなら、チビの私でも王子を鼻血ブーさせるぐらいの打撃力が得られる。
理想的な殴打のフォームを体得するため毎晩練習した。自室に姿見とクッションを用意したのはそのためだ。
どうしても大振りになるので、予測されたら避けられる。不意打ちのチャンスは一度きり。そして、王子が立っていたら顔まで手が届かない。私の前で腰を落とす機会を作らなくてはいけない。
チャンスを作るためいくつもシナリオを考えた。この国の恋愛物の文芸を読み漁り、男が女の前に跪く状況と、その場合の一般的な姿勢を調べた。
その姿勢で対面した場合の王子の顔の位置を計算し、布団とクッションと紐で人形を作って、毎晩毎晩、鼻を拳で撃ち抜く練習を重ねた。
即位式で王子が求婚するパターンは前例があると聞いた。私はある意味あのアホ王子の趣向にマッチしている。確率的だがチャンスと思った。
そして、ついに成し遂げた。
見事に鼻血ブーして吹っ飛ぶ王子を見た時、人生最大の達成感を感じた。
「ふふふふふ……。即位式という晴れの舞台で! 【生贄】にし損ねた女に! 求婚して! 殴られて! 吹っ飛んで鼻血ブーして! 王族のメンツ丸つぶれ ぐぎゃーでしょ! ぐぎゃーでしょー!」 ガタガタガタ
「どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ち? アヒャヒャヒャヒャヒャハー!」ガタガタ
もう笑いが止まらない。
最高の気分だ!
「アヒャヒャヒャヒャヒャハー! ヒャッハー!」ガタガタガタ
「………………」
「……………………」
しまった。
オバサンなのに年甲斐もなくはしゃぎすぎたか。
なんか、王子様含めた参加者の皆さんが、残念な子を見る目で私を見下ろしてる。
皆の視線が痛い。
「マリア。ゆっくりでいいから。分かるように頼む」
「はい。ごめんなさい」
「あと、そこで暴れるとギロチンの刃が落ちるかもしれないから、やめたほうがいいぞ」
「ひぃっ!」
そして、ギロチン台に乗ったまま、事情聴取へ。
できれば降ろしてほしいけど、まぁ、無理だよね。
「えー、若い王子様は知らないかもしれませんが、女というのは、男が期待するほど義理堅いものでも慈悲深いものでもないんですよ」
「……もしかして、【生贄】にされかけた件を未だに根に持っていたのか?」
「えぇ、異世界転生したしょっぱなに【聖女】とか、【若返り】とかで夢持たされて、その翌日にまさかの【生贄】扱い。もうね。あの時にぶん殴って鼻血ブーさせるって決意しましたよ」
「いや、確かに悪いことしたかなとは思ったけど、そんな怨み事にばかりこだわって生きていて楽しいか? そんな生き方しているから結婚できなかったんじゃないのか?」
「王子様こそ、自分がやらかしたこと全部、時間おいたら自動的にチャラになるとか思っていませんか? それは人生ナメてますよ。そんな生き方してたらいつか後ろから首を折られますよ」
「…………」
若造め。何も言えまい。
人の怨みってのは怖いんだ。特に女のは。
ついでに、殴られた本当の理由を教えてやろう。
「ちなみにあの時。私は最期の仕事として【生贄】を受け入れる覚悟でした」
「……そうなのか?」
「子供も産めない家庭も持てない。もうお先真っ暗な高齢独女。生きていたって社会のお荷物な私。九死に一生を得て、ここでちょっとだけ夢を見せてもらったから、もう最期にお役立ちをして終わろうと。そう覚悟して、生贄装置の前で振り向いて、王子様の表情見た時に気が変わりました」
「…………」
「何で! 自分で【生贄】にしたくせに、泣きそうな表情で見送るのよ! 他人を殺そうとするなら、先ずは自分を殺しなさい! それすらできないアンタに【国王】は無理! 国民を不幸にするわ!」
「!!」
社会のお荷物でしかない私だって命は大事だ。それを差し出せと言われるなら相応の必然性が欲しい。死ねと言われながらも、死ぬなと言いたげな涙目で見送られたら、そこで死ねるわけがない。
殴りたかったのは、単純な仕返しの意味も大きいけど、中途半端な覚悟で他人を殺そうとするアホを【修正】したかったというのもある。
「それに、王子の立場でオバサンに求婚とかオカシイでしょ。私は44歳。子供は産めない。そんなのを妻にして王族の血筋を絶やすつもり? それとも妾でも取るの?」
「親戚から養子を取っても良いし、それも無理なら世襲で王族を繋ぐ必要性も無いだろう」
だったら何のために結婚するんだ。まぁ、それはいい。
ついでに、気になっていたことを確認しておくか。
「先立たれるのが辛いからと言って、伴侶に【不死身】を求めるのはやめなさい」
「!!」
私の前に【生贄】になったのが【誰】だったのか見当がついていた。
今の王子の反応。私の予測は正解だったようだ。
殴らなければいけない相手が増えた。
「それに、私は親子ぐらいに年上よ。全てうまくいっても先に死ぬの。先立たれるのが辛いと言うならなおさら一緒になるべきじゃないわ」
「それなら何とかなる。前にも言ったが【若返り】の技術研究を進めてる。それが成功すれば添い遂げることだってできる。うまくいけば、子供だって産めるかもしれない」
「自分の望みを叶えるためだけに伴侶をバケモノに改造するの? それをしてしまったら、アンタ父親を超える外道よ」
このアホ王子は本当にやりかねんから怖い。【若返り】に夢を感じたりはするけれど、バケモノに改造されるのは御免だ。
「死なない女を求めるんじゃなくて、自分の女を守れる男になりなさい」
「……どうしても、無理なのか?」
「無理ね。自分を殺そうとした男と結婚するぐらいなら、一生独身の方がマシよ」
王子がなんか可哀そうな表情になってきたけど、自業自得。
無理なものは無理だ。
会場内で大勢が見守る中、ギロチンオバサンにこっぴどく振られてうなだれる鼻血王子。
でも、これは中途半端な覚悟で私を殺そうとした報いだ。
参加者の中からアホの総本山である国王陛下が歩み出てきた。
【公開処刑】状態の息子のフォローでもするんだろうか。
「【聖女】マリアよ。ならば、我の妃にならんか?」
フォローするかと思ったら、まさかのトドメ。
息子の狙ってた女を目の前で奪いに来るか。このオヤジ。
でも好都合だ。乗っておこう。
「それは、私にメリットあるのかしら」
「王妃になれば、王子を殴っても不敬には問われんぞ」
つまり、求婚を受ければギロチン台から降りられるというわけか。
いきなり求婚してきたこの王。
バツイチではあるんだろうが、細かいことを気にしなければかなりのハイスぺ。
今の私にはもったいないぐらいの【玉の輿】だ。
そして、王妃となったら、アホ王子は私の【息子】になる。
男として見れば未熟だけど、息子として見れば申し分ない。
私の異世界余生。悪くない。
「それは好条件ね。受けて立つわ」
「ありがたい。ならば、この場は我らの【結婚式】としよう」
アホ王子はいつの間にかいなくなっていた。
勝った。完全勝利だ。パーフェクトだ。
即位式でぶん殴って鼻血ブーさせて、求婚をこっぴどく断って、さらに父からの方の求婚を受け入れる。
【生贄】にされかけた仕返しを完遂して、さらに【玉の輿】まで手に入れた。
してやったりだ。
●オマケ解説●
殴打というのは腕力じゃなくて脚力なんですよ。二足歩行で動く人間は何をするにも脚が起点。身体を鍛えるなら足腰から。
脚は飾りじゃないんです。