7-2:王子を殴った
研究室メンバーの【配慮】に満ちた誕生日パーティにより、キャズム王国内で年齢込みで一躍有名になってしまった私は、異世界召喚されたオバサン【聖女】。
池中まりあ 44歳 独身
あれから1カ月。
私は【研究室】の職員として過ごす日々。城下町の本屋でこの世界の創作物を物色して異世界でヲタ趣向を満たしたり、週末は【研究室】メンバーと小さな飲み会をしたりとか、日常を楽しんでいた。
そんなある日、久々に【研究室】に現れた王子様に声をかけられた。
「明後日に【即位式】があるから、マリアも正装で参加してくれ」
「それはいいですけど、突然ですね。王子が【国王】に即位するんですか?」
「そうだ。国王陛下の希望でな。そこで重要な話もある」
「私はそこで何をすればいいんです?」
「詳細は、メイとミナから説明がある。よろしく頼む」
忙しいらしく、王子様はそれだけ伝えて何処かに行ってしまった。
メイとミナから聞いたところによると、外交面の問題解決と、国内の食糧事情改善の功績により王子の実力が認められたということで、少し早いけど【国王】に即位させる流れになったらしい。
いままで聞いたことが無かったけど、あのアホ王子は18歳とのこと。
やっぱり若い。まぁ、そのぐらいとは思っていたけど。
あのアホさ加減も含めて。
…………
そして、即位式当日。
国内全域から自治体の責任者や有力者を一堂に集めた大規模な式典。参加者の中には、私を【生贄】にする儀式に参加していた方々も混じっている。
昼食後の時間から、王城のセレモニーホールのような部屋に大人数集まって式典。
メイとミナから受け取った【即位式のしおり】によると、壇上からの王の挨拶の後、王子が国王から王冠を受け取り、壇上から新王の挨拶という進行。
まぁ、セレモニーだ。
参加者の皆さんもビシッと立っているが、ここに来た主目的はセレモニーが終わった後の【宴会】であることはわかる。
この国の皆さんはとにかく【宴会】が好きだ。
でも、長年食糧事情が悪かったこともあり、理由もなく【宴会】をすることは好まないようで、【宴会】を開催する【口実】にこだわるところがある。
そういう意味ではこのセレモニーは絶好の【口実】だ。全国各地から集まった大勢の参加者が、夜の【宴会】を楽しみにセレモニーに参加しているような感じ。
まぁ、それはそれでいいんじゃないかな。
私の元の世界でもそういうセレモニーはあった。結婚式とか披露宴とかまさにそれだ。友人の門出を祝いつつも、やっぱり楽しみなのは宴会。
20代の頃は同窓会的な雰囲気も出たりして純粋に楽しかった。でも、30代になると、だんだん肩身が狭くなり、【闇】の部分も出てきてしまう。
33歳の頃、友人の披露宴にて、隣に座った同僚の独身男に【なんで結婚しないの】と聞かれたときには、酒の勢いもありとっさにシャンパンのボトルに手が伸びた。
でも、視界の端で田中が【お願いだから今はヤメテ】と目線で懇願してきたので、その時は勘弁してやったのはいい思い出だ。
壇上の王のスピーチが終わった。
それに合わせて、王子が会場の入口側から壇の正面のバージンロード的な通路を通って壇の方に歩き出す。
そのまま通路両脇に立っている参加者の前を直進し、壇まで行って王から王冠を受け取るという手順だ。
どういう様式美なのか分からないが、そういう形のセレモニーだ。
元の世界の【結婚式】だって意味不明な様式美の詰め合わせだったから、そこは深く考えない。
でも、王子は針路を外れて通路脇最前列に立っている私の方に来た。
そして、緊張した面持ちでチビの私を見下ろしながら話しかけてきた。
「マリア。大事な話がある」
来た。確率は五分五分だったけど、私は賭けに勝ったようだ。
「それは、相手を見下ろしながら言うことかしら」
何かに気付いたようで、王子様が私の前に跪いた。創作物でよくある姿勢だ。
王子の顔の高さが、私の拳の射程に入る。
緊張しているのか、王子の眼が一瞬閉じた。
待ちに待った時が来たのだ。
全ての努力は、今この時のためにある。
素早く脚を開いて腰を落とす。
拳を握りしめて、脚を踏ん張り、全身のバネに力を込める
「マリア。王妃となって私と共に国を・・っ!?」
「アンタに【王】は10年早いわ!」
「万能の拳!」 ドバキッ
●オマケ解説●
【結婚式】での様式美も、よく考えると訳わかんないよね。まぁ、そこに突っ込み入れるのも野暮かなと。
それはそれとして、参加している同世代の独身女性に「なんで結婚しないの?」という質問を投げるのは重大なマナー違反とは思う。その場は【大人の対応】だとしても、後日どうなるかは分からない。