7-1:研究室のお仕事
【害獣駆除対応原子力駆動型撲殺解体系ヒロイン】との出会いを果たして2カ月後。【研究室】住み込みの常勤職員としての仕事も板に付いてきた私は、異世界召喚されたオバサン【聖女】。
池中まりあ 43歳 独身
【結界】崩壊以降、国内全域で農作物の生育が加速され、先に収穫ができた芋類により食糧事情は改善。
主要穀物である米のほうも、田植え後の成長速度が異常に早くなっているとのことで、収穫量は例年の3倍ぐらいの見通しとか。
農作物以外の植物も全体的に急成長しており、あちこちに緑が増えた感がある。
私の最終学歴は工業大学で学科は化学系。
だから、なんとなくこの現象の考察ができる。
この世界では【常温核融合】による発電デバイスが主要なエネルギー源となっているので、化石燃料をほとんど使用しなかった。その結果、植物の光合成による炭酸ガスの消費の方が勝ってしまい、大気中の炭酸ガスが枯渇寸前の状態だった。
だからこちらに来た直後は水が不味かった。
炭酸ガス濃度が下がりすぎると、植物は生育できない。
この国の食糧事情の悪化の原因はそれだ。
ローカス大帝国の大規模な焚火により炭酸ガス濃度が上昇したことで、今まで窒息状態だった植物は一斉に息を吹き返し急成長を始めた。
アホ王子とイケメン皇帝は大きく育った作物を見て異常と思ったのだろう。でも、それがその作物の本来の姿だ。だから私にはそれが異常に見えなかった。
私がやらかしてしまった【結界】の破壊は直接的にも間接的にもこの世界に影響を与えている。
そして今日は久しぶりに王城でのお仕事。
いつぞやの【聖女】的な豪華な服を着せられて、会議室でアホ王子の隣に座り議事の進行を見守っている。
会議室の上座の方には、アホの総本山、国王陛下も居る。恰幅のいい老けたオッサンだ。
内容は、議論というより外交面の対応の進捗報告だ。
王子が参加者に報告をする。
「侵略を危惧していた西側のローカス大帝国は、滅亡の危機に瀕しているとのことだ」
120年前の戦争で、ローカス大帝国はキャズム王国に大部隊で侵攻した。その際、侵攻部隊の大半が謎の【感染症】に罹患し大半が撤退。そこで【結界】が生成した。
交通網が発達していたことが災いし、感染者を多数含む部隊が帰還した東端の都市を起点に【感染症】が全国に拡大。全人口の2割が死亡する大惨事になった。
国家プロジェクトによる研究により、純ローカス人には、その病原体が感染者の体内で生成する有毒物質を代謝する能力が無いことが分かった。
つまり、純ローカス人にとってその【感染症】は致死率が非常に高いものになる。
感染拡大による滅亡を避けるため、感染予防薬を開発し国策で全国民に投与。それにより一時期感染拡大は落ち着いたが、その予防薬には男性の生殖機能を破壊する副作用があった。
当然使用はすぐに中止されたが、時すでに遅く出生率が激減。
ほとんど子供が生まれないことで、高齢化と人口減少が進行。今では総人口が120年前の2割程度まで減少。侵略で広げた領土内各地で都市機能が維持できなくなり、東側都市からの撤退を進めて、今では国土西端にある首都に大半の国民を集めて何とか生きているとか。
ここで会議の参加者の一人が、男の生殖能力の問題なら無事な男が一人でも残っていれば何とかなるんじゃないかと言い出した。
エ●ゲや家畜じゃないんだから、そんなに簡単にいくかアホ。
そいつは王子の指示により速攻で会議室から放り出された。
キャズム王国の【結界】崩壊直後より、その病原体がローカス大帝国側に入るのを防ぐために国境線を厳しく監視しているとのこと。また、鳥による病原体の持ち込みを防ぐため、国境沿いで石炭を派手に燃やし続けることで鳥の接近を防いでいるとか。
会議参加者より、ローンチ村の祖先にあたるローカス大帝国軍人がどうやって生き延びたのかという疑問が出たので、それについてはローンチ村に残る記録や言い伝え等から検証することが決まった。
「発光信号と、手紙風船による連絡手段は確立した。より高効率な情報伝達手段も【研究室】で製作中だ。ローカス大帝国側としては、もうそっとしておいてほしいとのことなので、相互の連絡手段さえ維持できれば問題ない状況になっている。西側については以上だ」
アホ王子が報告を総括。
「リーセス国との交渉については、我から話そう」
アホの総本山、国王陛下が立ち上がって発言。
そういえば、リーセス国との交渉は国王陛下に丸投げしたんだっけ。
【結界生成装置】の残骸は既に引き渡して、彼等に貸し出している村にて保管中。リーセス国本土との連絡手段も確立しており、こちらも侵略の脅威は無くなった。
リーセス国軍上陸部隊は病原体の本国への持ち帰りを避けるため、当面はこちらに残りつつ、その感染症の調査を行うとのこと。
【結界生成装置】の【欠陥】やその運用経緯については、お互いに【国家機密】にすることで話がついたとか。所謂、【黒歴史】というやつだ。
【結界生成装置】の破壊による他国からの侵略の脅威は無くなった。
【聖女】の仕事は一件落着。
これで私は自分のやるべきことに集中できるというもの。
…………
私は【研究室】住み込みの管理人として、建屋隅の四畳半の小部屋で生活している。部屋にあるのは着替えを入れた衣装ケースと、多めの布団とクッション。そして、チビの私の全身が映る姿見が2面。
どれも、こちらに入居する時にアホ王子に用意してもらったものだ。
【研究室】建屋内には理科室のような設備を持つ【室内実験室】があり、そこには冷蔵庫もある。だから自炊はそこで出来る。
日没後、王城で行われた会議から帰って自室で【日課】をこなしてから、楽しみにしていたイベントのため【室内実験室】に向かう。
終業時間後で誰も居なくなった【研究室】建屋内。その【室内実験室】で、冷蔵庫に入れておいた【ケーキ】のようなものを部屋の中央の実験台の上に置く。
そして、研究室職員に買ってきてもらった蝋燭を用意。短く切った細いものが44本だ。
ケーキの上に蝋燭を43本刺す。そして、部屋の隅にある電気コンロで1本の蝋燭に火をつける。
それを使って、ケーキの上に立てた蝋燭に次々点火。
火が付いた蝋燭が増えるごとに、何となくテンションが上がる。
あと1本。
ジリリリリリリリリリン
ジリリリリリリリリリン
ジリリリリリリリリリン
…………
「マリア。室内実験室は火気厳禁って、知ってるよな」
「ごめんなさい」
「普段は研究室職員のルール違反の指導をしているマリアが、一体何でこんなことをしたんだ?」
「えー、一人で誕生日パーティをしようと思いまして……」
「それで、室内で【火災報知器】が作動するほどの焚火をしたのか?」
「えーとですね。こちらではケーキに年齢分の蝋燭を立てるとか、そういう習慣は無いのでしょうか……」
「あるにはあるが、それだけの炎で【火災報知器】が作動するわけが……」
蝋燭で
警報鳴らした
誕生日
チーーーーーーン
小さい蝋燭でも、44本も束ねたらそれなりの炎になってしまう。
それで【火災報知器】を作動させてしまい、アホ王子と、近隣に住む【研究室】メンバーと、王城のメイドであるメイとミナが駆けつけてきた。
そして、【研究室】の【火元責任者】であるアホ王子に【厳重注意】を受けてしょんぼりする私。
「……ま、まぁ、悪意の無い過失と言うことで、不問にしよう」
寛大な処置をありがとうございます王子様。
「それよりも、誕生日なんだな。44歳の誕生日なんだな。せっかく集まったんだ。皆で祝おう」
「いえー!」
えっ?
「メイ、ミナ、すぐできる分でいいから、軽食と酒を頼む」
「「らじゃー!」」
えっ? えっ?
「試運転班! せっかくだ。西の国境に持っていく予定のアレの試運転をしよう」
「イエッサー!」
えーっ?
何かと【宴会】をしたがる彼等。
瞬く間に44歳の誕生日パーティがセッティングされた。
「マリア、44歳 誕生日おめでとう!」
その後、ローカス大帝国との情報交換用に開発した【超大型立体伝言投影装置】が起動し、王城上空に巨大な光のメッセージが映し出された。
【祝・聖女マリア 44歳】
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
ケーキの上に年齢分の蝋燭を立てるのは、子供の時だけにしましょう。
アラフォーになってまでそれをすると、ケーキが全焼します。
そして、ちょっと昔の話になるけれど、3億5千万年程前に、地球上で植物が頑張りすぎて大気中の炭酸ガスを枯渇させてしまったことがありまして。植物絶滅。それを餌にしていた動物絶滅。温室効果低減で地球寒冷化。ガチ氷河期になりました。
最近の話になるけど、産業革命以前。地球上の炭酸ガス濃度は、氷河期直前に近いぐらいまで下がっていました。だから、人類が石炭や石油を掘り出してガンガン燃やしたのは、地球生命にとってはグッジョブだったともいえるらしい。
ちなみに、炭酸ガス濃度が過去最高とか言ってる人は嘘つきです。4億年前には今の10倍以上はありました。大半の植物は今の濃度でも窒息気味。1.5倍~2倍ぐらいが適した濃度。炭酸ガス濃度上がると、世界中で豊作になります。
普通の人間は今の2.5倍ぐらいまでなら大丈夫。上がったら上がったで順応の余地はあるかと。