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6-3:そして檻の中へ

「あの、王子様。僭越せんえつながら申し上げたいことがあります」

「なんだ。言ってみろ」

「何故、私がけもの用のおりに閉じ込められているのでしょうか」

「……おりに閉じ込められる理由に心当たりは無いか?」


「6歳の頃、自宅で土砂崩れに巻き込まれて生き埋めにされた時、瓦礫の隙間から手を伸ばして救助に来た方の足首を掴んでしまい、絶叫させてしまった件でしょうか」


 あれも一時期ニュースになった。

 崩れてから二日後の救出で奇跡の生還とか言われた。

 いきなり瓦礫の隙間から手を出して足首を掴んだのは、子供心だ。

 ちょっと反省してる。


「……瓦礫の中から手が出てきていきなり掴まれたら驚くだろうな。トラウマ級のびっくりだ。まず、人間だとは思わん。でも、今回の件はそれじゃない」


「でしたら、23歳の時に、会社の忘年会の席で【背後】を警戒せずに【失言】をしそうになった同期の男をとっさにビール瓶で殴った件でしょうか」


 相手は田中だ。

 コワモテの専務が背後に居るのに気づかず【あの●ゲ】とか言いそうになったので、とっさに殴って止めた。


 特定の条件を満たす男性に対して【ハ●】は絶対に言っちゃいけない。

 【デ●】と違って、自分の努力じゃ改善できないところなんだから、相手を深く傷付ける。

 サラリーマン社会なら左遷に値する暴挙だ。


 気遣いのつもりだったが、忘年会に救急車を呼ぶ事態になり部署で滅茶苦茶怒られた。

 でも、田中には感謝された。

 田中が本社に技術職として残れたのは私のおかげだ。


「……宴会の席で躊躇ちゅうちょなく瓶で人を殴るとか、若いむすめのすることとは思えん。本当に男をドン引きさせることばかりしてたんだな。だが、それでもない」


 でも、今回はニュアンス的には近いんですよ王子様。

 

「えー、いきなり【万能の拳】でテーブルを粉砕して、食後の歓談タイムを台無しにした件でしょうか」

「それだ」


 王子の発言に危険なものを感じたので、とっさに【万能の拳】をテーブルに撃ち込んだら、テーブルが爆散してダイニングが滅茶苦茶に。

 ナスターシャが何処からともなくけもの用のおりを持ってきたので、王子に捕獲されて収監されてしまった。


 ナスターシャは何食わぬ顔で部屋を片付けている。

 ここはナスターシャの自宅でしたね。

 家具壊してごめんなさい。散らかしてごめんなさい。


「えー、王子様。他人に対してどのような思いを抱くかは、当人の自由であります。でも、しかし、その思いを言葉にして口に出すのであれば、それはもう当人の自由の範疇を超越します」

「何が言いたいんだ」

「口に出してしまった言葉というのは取り返しがつきません。いかなる結果を招こうとも、その責任を負う義務が発生してしまいます。これは重大なことですよ」

「それは私も理解しているぞ。だから王族の一員として常に言動には注意している」


 その発言自体が既に【失言】だ。このアホ王子。

 さっきナスターシャ嬢のことを【大切な研究成果】とか言おうとしたよね。

 私が同席しているあの場での、その発言の結果がどういう物になるか分かってるか?


 専務をハ●と言おうとした田中は、そのせいで頭頂部に四針分の●ゲが出来た。言霊っていうのはそのぐらい恐いんだ。

 【被●届】出されなくて本当に良かった。


「フレディ様。マリア様。申し訳ありませんが、私はそろそろ休ませていただきます」

 一通りの片付けが終わったナスターシャ嬢が一言。

 なんか顔が赤い。


「そうか。食後は冷却が必要だったな。済まないが今晩はここに宿泊させてもらうぞ」

「ええ、かまいませんわ。あ、でもマリア様にはお伝えしておくことが」

 そう言って私が入っているおりの前でしゃがむ彼女。

 内緒話かな。


「私、どうしても仕留めたい【獲物】がありますの」

「はぁ」

 山のヌシとかかな。彼女なら【熊】にも勝てるかも。


「最高に美味しくなった瞬間に仕留めて、私の一部にするのを心待ちにしていますの」

「え、えー、そうなんですか」

 仕留める時を待っているということか。


「本当に、美味しそうになってきました。その日は近いですわ」

 仕留める時は近いということかな。


「【捕食者】は食べる以外で殺生はしないものですが、例外はありますの」

 やっぱり話が飛ぶなぁ。このむすめ


「【獲物】を【横取り】する相手には、容赦しないものですわ」

 朗らかな笑顔。でも、目は、笑っていない。


「ではまた明日」


 彼女はスーッと立ち去って行った。

 あの冷却プールに行くんだろう。



 おりの鍵はナスターシャ嬢が持っていた。

 王子様と一つ屋根の下。鉄格子の隙間から入れてもらった毛布にくるまっておりの中で一夜を明かした。

 

 扱いはひどいが、文句は言わない。

 多分、ここではコレが一番生存率が高い就寝方法だ。

 いろんな意味で。


 朝になって戻ってきた彼女におりから出してもらったら、3人で朝食。でも、ナスターシャはコーヒーを飲むだけで食べない。

 【生体核融合】をエネルギー源にしている彼女は、今は週に1回ぐらい肉を食べれば良いらしい。


「ナスターシャ。最近の農作物の育ちが異常に良いのはどう思う?」

 そういえば、畑が異常っていう話をしてたっけ。


「確実に育ちが良くなっていますわ。【燃焼ガス栽培】を試した時の状況に似てるかと」

「【燃焼ガス栽培】?」

「フレディ様が考案した植物生育加速技術です。密閉した畑の中で物を燃やして【燃焼ガス】で満たしてやると、植物の生育が5倍くらいに加速されましたわ」

 もしかして、昨日見たビニールハウス的なモノはそれ用の施設か。


「なんとなく理屈は分かるけど、そこに人が入るのはすごく危ないのでは……?」

「確かに、不作を解決するために研究して加速栽培には成功したけど、ナスターシャ以外の人間が中に入れないから、実用化ができなかったんだ」

 そうか。彼女は呼吸が不要だからそういうこともできるのか。


「私の推測ですが、ここ数週間で空気の組成が変わったのではないかと」

「ナスターシャは何故そう思うんだ?」

「水の味が変わりました。私は普段水中に居るのでよくわかりますわ」


 そういえば確かに、こっち来た当初は水が不味いと思ったけど、最近はそうでもなくなった。慣れただけじゃなくて実際に何か変わっていたのか。


「……確かにあり得るな。ローカス大帝国が国境沿いで大量の石炭を燃やし続けている。そして、こっちは風下側だ。その影響かもしれん」


 大気組成を変えるほどの焚火たきびってどんなだよ。


 炭酸ガス削減を頑張ってた前の世界でそれやったら顰蹙ひんしゅくモノだ。

 でも、そのせいで豊作になるのは何となくわかる。

 炭酸ガス濃度が高いほうが植物の生育には有利だ。


 あれ? だったら何で前の世界で炭酸ガス削減しようとしてたんだっけ?

 まぁそれはいいや。


…………


 帰路の【移動車】車内にて。

 運転しながらアホ王子に気になったことを確認。


「王子様。彼女に渡した狩猟用の機材って何なんです?」


「あぁ、マリアも見たのか? 【狩猟用小型光線銃】だ。ナスターシャは使いこなしていただろう」

「えぇ、彼女は大切に持っていましたよ」

「動く標的に当てるのは難しいものだが、ナスターシャならできると信じていた」

「ちなみにですが、あれは水没しても大丈夫な物でしょうか」

「いや、電気仕掛けだから水没したら壊れてしまう」


 暴発ぼうはつの危険は無いか。

 だったらいいや。見なかったことにしよう。


「マリアも欲しいのか?」

「【聖女(覇国軍師)】を極めるために、一挺いっちょう欲しいですね」

「うーん。マリアには渡せないなぁ」


「あと、ナスターシャの所に私を連れてきた理由は何なんです?」

「ナスターシャは普段から【女友達】を欲しがっていてな、女性の知り合いができたら必ず紹介してほしいと常に言われていたんだ」

「……紹介した他の女性達は、ナスターシャの事をどう言ってました?」

「皆、ナスターシャは素晴らしい女性だと絶賛していた。私も鼻が高いよ。マリアはどう思う?」

 

 理解した。ここは、【命を守る言動】一択だ。


「えぇ、私も、ナスターシャは素晴らしい女性だと思います」

「そうか。マリアもそう思うか。そうだろう。そうだろう。ナスターシャは最高なんだ」


「ちなみに、彼女は王子様にとって何なんです?」

「ナスターシャは私の【最高傑作】だ」


 【最高傑作】ですかそうですか。


 私はあのむすめに関してはもう何も言えません。

 造り出した自覚があるなら、ちゃんと果たしてくださいね。


 【製造物責任】

●オマケ解説●


 作った装置を引き渡すなら、その使い方をちゃんと説明するのも【製造物責任】。それを怠ると取り返しのつかない事態を招いてしまいます。


 そして、創り出した物が役割を終えるまで続くのも【製造物責任】。取り返しのつかない事態にならないように、しっかり【責任】を取っていただきたいものです。


 ちなみに【燃焼ガス栽培】。

 換気が難しい冬場のビニールハウスなどで実際に行われる技術です。もちろん、普通の人間が窒息するほどまで濃度上げたりはしませんが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まりあさんの過去が少しずつ紐解かれていくところ、面白いですね。 以前、私の同僚が、突然上司のものまねを本人の目の前でやったのを見て、全員ドン引きした記憶を思い出しました。(笑) 心の広い上…
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